上 下
156 / 190

第百五十四話 本来の目的

しおりを挟む
 アルメリア、あと少しですわ。シルに会うため、これ以上シルのような不幸な子どもたちを増やさないために貴女は頑張ってきたんでしょう? しっかりなさい。本来の目的を見失ってはいけませんわ。

 そう自分に言い聞かせると深呼吸し、残りのお茶を飲み干した。

 そのとき、首にかけていた鍵がドレスの内側に引っ掛かり、紐が首を擦った。

「痛っ! もう、これいつも引っ掛かってしまいますのよね」

 そう言って、ドレスの内側に引っ掛かかった鍵を外していると、不意にあの箱の中に入っている書類全てに目を通していないことを思い出した。

 先日書類を読んだときは、ルクが死んでしまっているという事実に動揺してしまい、呆然として続きに目を通す余裕などなかったが、重要な情報が書かれている可能性が高く、すぐにでも読んだほうがよいだろうと思った。
 アルメリアは今日の執務を終えたら、すぐに屋敷に戻り書類の確認をすることにした。




 幾分スッキリした面持ちで執務室へ戻ると、リカオンが出迎える。

「お気を煩わせてしまった僕が言うのもなんですけど、先程よりはお嬢様の顔色がよくなったように思います」

「ありがとう、とりあえず落ち着きましたわ。今日の残りの執務に集中しますわね」

 アルメリアは笑顔でそう答えた。

 屋敷に戻るとアルメリアはすぐに海の間へ向かい、箱を取り出すと鍵を開けた。そして、箱の中の書類を手に取り読んでいなかった残りの書類に目を通す。

 書類にはルキウスが孤児院から逃げたとき『宝石』のデポに関する書類が持ち出され、その書類を取り戻そうと手を尽くしたが見つからずロストしてしまったと報告されていた。
 そのため早急に『宝石』を『ヨベルのボワ』から『ヨベルのネ』のデポへ移し、『ヨベルのボア』のデポから速やかに撤収することが指示されている。

 アルメリアは貿易を少し勉強していたこともあり、デポと言う言葉が一時保管する倉庫を指していることはわかったが『ヨベルのボワ』も『ヨベルのネ』もなんのことだかさっぱりわからなかった。

 だが、そうして文面から『宝石』とは子どもたちのことであり、その子どもたちを何処かへ移動させるよう指示していることだけは理解ができた。

『ヨベル』とはもしかしたら教会の専門用語なのかもしれない。と思い、アルメリアはまずはルーファスに相談しようとしたが、ルーファスは現在ダチュラと接触している。
 ルーファスを何度も呼び出せば、アルメリアと繋がりがあることが知られる恐れもあり、それは悪手だと考えた。
 なので、まずは教会派閥であるリカオンに明日この言葉を知らないか聞いてみることにして、その書類と箱を隠し金庫へ戻した。





 翌朝、城内の執務室でリカオンに尋ねた。

「『ヨベル』ですか? さぁ、僕にもちょっとわかりかねます。僕は教会派と言っても、ご存知の通り父とはあまり良好な関係ではありませんでしたので、教会にも熱心には通っていませんでしたから。役に立てなくて申し訳ありません」

「そうなんですのね、仕方ありませんわ」

 そう答えると、誰にたずねればよいか考え、もう一人教会派閥の人間に知り合いがいたことを思い出す。しかも彼に会いに行っても誰にも怪しまれることはない。

「リカオン、ルーカスに会いたいからスパルタカスに連絡を取ってもらえるかしら? わたくしがいつもの見回りのついでに兵舎に寄るとから、その時間に合わせてもらえると助かりますわ」

「なるほど、フィルブライト公爵令息ならばなにかわかるかもしれませんね、わかりました。連絡して予定を調整いたします」

 そう答えると、リカオンは一礼して執務室を出ていった。

 昨日の今日なので、アルメリアはリカオンにどう接すればよいか戸惑っていたが、さほど変わりなく接してくれているので、少しほっとした。

 そうして気を取り直すとその日の執務に取りかかった。





 スパルタカスから、自分は護衛があるので会えないが、ルーカスに伝えておくのでいつでも訪ねてきてください。と返事があり次の日兵舎へ寄ることにした。

 兵舎へ着くと、見張りをしていたカーマインがアルメリアを見つけてすぐに挨拶をした。

「お嬢様、おはようございます。今日こちらにいらっしゃることは統括から伺っております。部屋を用意しておりますので、こちらにどうぞ」

「ありがとうカーマイン。部屋まで用意してくれましたのね? 食堂でもよかったですのに」

 そう言うアルメリアを案内しながら、カーマインはわずかに振り向きアルメリアに笑顔で言う。

「これぐらいのことは当然のことです。それに食堂にお通ししたら、それこそ兵舎にいる兵士全てが食堂に押し掛けて、話どころではなくなってしまいますよ」

「それも楽しいかもしれませんわよ」

 そう答えると、横にいたリカオンが口を挟む。

「お嬢様、カーマインの言っていることは冗談ではありませんよ。ご自身が、兵士たちからも愛されている存在だということをお忘れなく」

わたくしが愛される存在だなんて、そんなことは……」

 そう言ってリカオンを見ると、リカオンが真剣な眼差しでじっとアルメリアを見つめてくるので、思わず黙った。
 そこでカーマインが言う。

「いえ、オルブライト子爵令息の仰ることは本当なんですよ」

 アルメリアはどう返せばよいかわからず、話題を変えることにした。

「ところで、ルーカスは元気にやっているかしら」

「はい。奴を統括が引き抜いてきたと聞いたときには、そんなこと言ってコネで入ったんじゃねぇのかって思ってたんですが、剣術も体術もみるみる上達して、こいつぁただ者じゃねぇってなりましてね。みんなも驚いてますよ。それにしても、統括だけじゃなくお嬢様とも知り合いとはねぇ、あいつは何者なんです?」

「以前わたくしがお世話になった方の、ご子息でらっしゃるの。スパルタカスとも知り合いとは知りませんでしたけれど」

 これは、スパルタカスとも相談して決めたルーカスの設定だった。

「そうなんですか、お嬢様とも知り合いとはねぇ。それにしても統括はよくルーカスの素質を見抜いたもんです」

 そう言って笑った。

 カーマインは、こういった他人を評価するときに世辞を言うような人間ではない。ルーカスは本当に周囲から一定の評価を受けているようだった。

 部屋で椅子に腰掛けルーカスが呼ばれてくるのを待った。

「お久しぶりです。わざわざここまでお越しいただいてありがとう御座います」

 日に焼けてたくましくなったルーカスは、少し前まで歩くこともままならなかったあの頃とだいぶ雰囲気が違っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです

みゅー
恋愛
ヴィヴィアンは自分が転生していることに気づくと同時に、前世でもっとも最推しであった婚約者のカーランが死んでしまうことを思い出す。  自分を愛してはくれない、そんな王子でもヴィヴィアンにとって命をかけてでも助けたい相手だった。  それからヴィヴィアンの体を張り命懸でカーランを守る日々が始まった。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

【完結】異世界で婚約者生活!冷徹王子の婚約者に入れ替わり人生をお願いされました

樹結理(きゆり)
恋愛
ある時目覚めたら真っ白な空間にお姫様みたいな少女と二人きりだった。彼女は冷徹王子と呼ばれる第一王子の婚約者。ずっと我慢してたけど私は婚約したくない!違う人生を歩みたい!どうか、私と人生交換して!と懇願されてしまった。 私の人生も大したことないけど良いの?今の生活に未練がある訳でもないけど、でもなぁ、と渋っていたら泣いて頼まれて断るに断れない。仕方ないなぁ、少しだけね、と人生交換することに! 見知らぬ国で魔術とか魔獣とか、これって異世界!?早まった!? お嬢様と入れ替わり婚約者生活!こうなったら好きなことやってやろうじゃないの! あちこち好きなことやってると、何故か周りのイケメンたちに絡まれる!さらには普段見向きもしなかった冷徹王子まで!? 果たしてバレずに婚約者として過ごせるのか!?元の世界に戻るのはいつ!? 異世界婚約者生活が始まります! ※2024.10 改稿中。 ◎こちらの作品は小説家になろう・カクヨムでも投稿しています

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

令嬢戦士と召喚獣〈1〉 〜 ワケあり侯爵令嬢ですがうっかり蛇の使い魔を召喚したところ王子に求婚される羽目になりました 〜

Elin
ファンタジー
【24/4/24 更新再開しました。】 人と召喚獣が共生して生きる国《神国アルゴン》。ブラッドリー侯爵家の令嬢ライラは婿探しのため引き籠もり生活を脱して成人の儀式へと臨む。 私の召喚獣は猫かしら? それともウサギ?モルモット? いいえ、蛇です。 しかもこの蛇、しゃべるんですが......。 前代未聞のしゃべる蛇に神殿は大パニック。しかも外で巨大キメラまで出現してもう大混乱。運良くその場にいた第二王子の活躍で事態は一旦収まるものの、後日蛇が強力なスキルの使い手だと判明したことをきっかけに引き籠もり令嬢の日常は一変する。 恋愛ありバトルあり、そして蛇あり。 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズの序章、始まりはじまり。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズ 第一巻(完結済) シリーズ序章 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/415807748 第二巻(連載中) ※毎日更新 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/627853636 ※R15作品ですが、一巻は導入巻となるためライトです。二巻以降で恋愛、バトル共に描写が増えます。少年少女漫画を超える表現はしませんが、苦手な方は閲覧お控えください。 ※恋愛ファンタジーですがバトル要素も強く、ヒロイン自身も戦いそれなりに負傷します。一般的な令嬢作品とは異なりますためご注意ください。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...