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第百五十一話 オプティミスト

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 アウルスと話したことで、少し余裕をもって考えることが出きるようになったアルメリアは、安心して自分の横領の偽書類を作ることができた。

 横領の内容は、貿易をするさい帝国に一定の税金を納めなければならないのだが、ルリユアイランドに輸出したことをなかったことにして、払うはずの税金を二人で懐に入れてしまっているということにした。

 アルメリアは貿易があったことをなかったようにアウルスに指示しているメモや、取引が中止になったよう改竄された書類を作成した。あとはその書類をアウルスに届け、サインをもらい本物らしく仕上げるだけとなり、書類はペルシック直々にアウルスの元へ届けるように指示した。

 そんな下準備をしていると、ほどなくしてイーデンが城下へくることが知らされ、こんなにも早く呼ばれることを不思議に思ったのだった。






 そんなある日、アルメリアがいつもの見回りをしていると、ついにダチュラと遭遇することとなった。

 城内の兵士やすれ違う貴族たちと挨拶を交わしていると、目の前で人波がモーゼの十戒の如く二つに別れた。何事かと前方を注視していると、令嬢が数人の貴族令息と歩いているのが見えた。

 城内で令嬢に出くわすなんて珍しいと思いながら見ていると、前世で何度もみたヒロインの顔をそこに認めた。

「貴男、本当に気が利かないですわね。そういうことはわたくしが言う前にやっておきなさいよ」

「お嬢様、申し訳ありません」

 そんなやり取りが耳に入り、アルメリアはあまりのことに驚いてその場に固まってしまった。

 侍らせている貴族令息の中にはどう見てもダチュラより爵位が上のものもいたが、おとなしくダチュラに従えているように見えた。

 そのまま見つめていると、向こうもアルメリアに気がついたようでこちらに目を止めると、真っ直ぐにアルメリアに向かって歩いてきた。そして目の前で立ち止まり、アルメリアを指差す。

「もしかして、貴女アルメリア?!」

 するとすぐさまリカオンが間に入って、アルメリアを背後に隠した。

「君は失礼な令嬢だね。礼儀を知らないのか?」

 するとダチュラは突然上目遣いになった。

「オルブライト子爵令息、誤解ですわぁ。あの、わたくしまだ社交界に不馴れですのぉ」

 するとダチュラの背後にいる貴族の一人が言った。

「そういうわけでね、オルブライト子爵令息。お嬢様のことは大目にみてやってはくれまいか?」

 それを受けてダチュラは目をうるうるさせながら答える。

「そうなんですわぁ。でも、オルブライト子爵令息がぁ、どんなに私に失礼なことを言っても、私は許します……わぁ~」

 アルメリアもそうだが、リカオンもダチュラがなにを言っているのか理解できずに無言になった。
 それを肯定と受け取ったのか、ダチュラはもじもじしながら話を続ける。

「どんなに嫌な仕事でもそうやって真面目になさるなんて、本当にオルブライト子爵令息は立派です。それに……そうやって私のことを注意してくれるなんて、嬉しい! それは、相手のことを好きじゃないとできないことですものぉ。私のこと好きなんですわねぇ」

 そう言ってじっとりとリカオンを見つめる。リカオンは困惑気味にダチュラを見つめると言った。

「はぁ? どうしたらそのように解釈できるのですか?」

「ふふっ、わかってます。リカオンはそういうキャラですものね、そう言うんじゃないかと思ってた」

 ダチュラはそう言うと、リカオンの後ろにいるアルメリアを見て鼻で笑った。
 リカオンはダチュラがアルメリアを見たのに気がついて、更に自分の体で隠した。

「僕のお嬢様を、そのような目で見るのをお止めいただきたい」

 するとダチュラはどう解釈したのか今度はリカオンを憐憫の眼差しで見た。

「わかりますわぁ~、アルメリアったらそのドレスとっても地味だものぉ。そんな令嬢の世話をするなんて、屈辱的で隠したくもなりますよねぇ。でも大丈夫。いずれときがきたらリカオンは私の世話係にしてあげます」

 とんでもないダチュラの発言に、ダチュラの後ろにいる貴族たちが慌ててダチュラの腕を取ると言った。

「お嬢様、もう行かなくては教皇が呼んでいらしたではないですか」

 ダチュラは貴族を見上げると、不機嫌そうに答える。

「なんですの? 触らないでちょうだい、失礼ね!」

「いいえ、行きましょう。それに私たちはお嬢様が他の令息と親しげにされているのを見るのが、とてもつらいのです」

 その貴族がそう言うと、周囲の貴族も同意するように頷いた。
 それを見てダチュラは気分がよくなったのか、微笑むとこちらを見て言った。

「高慢などこかの令嬢と違って、私はみんなに好かれちゃうから本当に困っちゃう………ますわ~」

「そうですお嬢様、さぁ、早く行きましょう」

 そうして貴族に連れられて去っていった。そのときダチュラが侍らせていた数人の貴族がこちらに深々と頭を下げた。

 リカオンはため息混じりに言った。

「上手く扱っているようですが、彼らも本当に大変ですね」

 アルメリアは思わず苦笑した。


 まだ見回りが終わっていなかったので、そのまま見回りに戻り話の続きは執務室へ戻ってからすることにした。

 そうして執務室へ戻ると、リカオンはアルメリアが外套を脱ぐのを手伝い、それを使用人へ渡しながら言った。

「ところであの令嬢の、あの言葉遣いはなんでしょう」

『あの令嬢』とはダチュラのことだろう。

「たぶんですけれど……、前世の物語の中で、リカオンが社交界に不馴れなダチュラに嫌味を言うシーンがありますの。でもどんなに嫌味を言われてもダチュラは怒らずに健気に頑張るんですわ。それでいつも明るくて前向きに頑張るダチュラに、リカオンが惹かれていくという流れで……」

 リカオンは深くため息をついた。

「それを再現したい、ということですか?」

「おそらくはそうなのだと思いますわ」

 アルメリアがそう答えると、リカオンは少し考えてから言った。

「わかりました、では期待どおり再現して差し上げることにしましょう。ところで、あの令嬢が言っていた『いずれときがきたら』とは一体どういうことなのでしょう? お嬢様は、なにかわかりますか?」

「おそらくはわたくしが物語の通りに婚約破棄されて断罪されると確信しているのではないかしら? 物語ではダチュラがその後殿下と婚約することになってましたもの、その後のことではないかしら?」

 その返答にリカオンは心底呆れた顔をした。
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