上 下
151 / 190

第百四十九話 迷走

しおりを挟む
 アルメリアは驚いてアドニスに向き直った。

「殿下はお話になられたのですか?」

 アドニスはゆっくり首を振った。

「いいえ、はっきりとは申し上げませんでした。けれど、なんとなく遠回しに。そして今、貴女のその反応で確信いたしました」

 アルメリアはアウルスのことで動揺していたとはいえやってしまったと思い、自分の迂闊さを呪った。

「貴女を騙すようなことをして、申し訳ありませんでした。ですが、ただの帝国の特使が公爵令嬢とお友達だからといってこんなに大きな顔をできるのもおかしな話ですから、いずれはリアムたちも感づくでしょう」

「そう言われれば、そうかもしれませんわね」

 するとアドニスは改めてアルメリアを見つめる。

「ところで、これからどちらへ行かれるところなのですか?」

 そう聞かれてはっとする。本来ならアウルスにイーデンの報告書を今渡してしまった方がよいのだろうが、少し気持ちの整理をしてからでないとまともにアウルスと話せる気分ではなかった。

「えっと、執務室へ行くところですわ」

 そう言って作り笑顔を見せた。

「では、執務室まで送りましょう」

 アドニスが手を差し出したので、アルメリアはその手をつかんだ。

 執務室へ着いたところで、アルメリアはアドニスをお茶に誘った。今は誰かと話をしていたい気分だった。

「かまいませんよ、貴女からお茶のお誘いを受けるなんて光栄です」

 そう言ってアドニスは、喜んで誘いを受けてくれた。アルメリアはヘンリーがどうしているのか尋ねるつもりでいたが、アドニスがお茶を一口飲んだあと皇帝の話題を持ち出した。

「先ほど皇帝を見ていて思い出したのですが……帝国の婚姻の条件をご存じですか?」

「婚姻の条件ですの? それは他国の王女などの位の高い人物なのではありませんの?」

 アルメリアの知る歴史の中で、帝国の皇帝一族は他国の女王や王子と婚姻することによってより一層その地位を磐石としていた。

 だが、アドニスは首を振った。

「実は今まではなんの条件もなかったそうですよ、意外ですよね」

「では、今までは皇帝自ら国のことを考えて婚姻相手を選んでいたということですわね」

 あの大国を統治するという責任があるのだから、それは当然ともいえた。

「はい。ですが今の皇帝からは条件が付け加えられたそうですよ。貴族か王族、皇族の血筋に連なる女性に限るという条件です。というのも、歴代の皇帝たちが無位のものと婚姻を交わすと、必ずと言ってよいほど争いの火種を生んできたからだそうです」

「知りませんでしたわ。そうなんですのね」

 そこで不意にアウルスの弟のルキウスも暗殺されていたことを思い出し、続けていった。

「そういえば、アズルのときも少し継承問題があったようですわね」

「そのようですね。現皇帝の母君はもとは使用人だったそうなのです。そんな経緯で先代の皇帝陛下も色々な考えがあったのでしょう。当時第二皇子の死は暗殺の噂もあったようですしね」

 アルメリアは胸が締め付けられた。

 そこへリカオンが部屋に入ってくると、不機嫌そうに言った。

「お嬢様失礼いたします。おはようござ……」

 そこまで言うと、アドニスに目を止め無言になった。アドニスはリカオンを見ると微笑んで答える。

「私のことはかまわない、アルメリアに何か報告があるのだろう?」

 リカオンがアルメリアを見たので、アルメリアは、答える。

「リカオン、報告してちょうだい。なんですの?」

「十一時ごろに帝国の特使の方がこちらに訪問されるそうですがいかがなさいますか?」

「わかりましたわ、了承したと伝えてもらえるかしら?」

「承知しました」

 その報告に反応してアドニスが言った。

「そうなのですか、では私はこれで失礼させていただきます。また今度お時間のあるときにゆっくり話したいこともありますし、こちらからお誘い致しますね」

「アドニス慌ただしくてごめんなさい」

「いえ、愛する女性に少しの時間でもお茶に誘われて嫌がるわけがありません。とても楽しい時間でした。では、いずれまた」

 そう言ってアドニスはアルメリアの手をとり、指先にキスをすると部屋を去っていった。

 愛する……?

 そう疑問符を浮かべながらその背中を見送っていると、横でリカオンが呟く。

「アドニスは本当に言うことがキザったらしいんですよね……」

 そして、改まってアルメリアに向き直る。

「お嬢様、今のうちに報告書に目を通してしまった方がよろしいのでは?」

「そう……ですわね、ありがとうリカオン」

 アルメリアはそう言うと机に戻り報告書を手に取った。だが、先ほどのアウルスの娘の件が引っ掛かり、報告書を呼んでいても報告書の文字を追うだけで内容がまったく頭に入ってこなかった。

 そのとき、サイドテーブルにそっとお茶が置かれた。

「お嬢様、まったく仕事に集中できていないようにお見受け致します。暖かいお茶を飲んで、頭をスッキリさせてはどうでしょうか?」

 リカオンだった。

「ありがとう。そうね、そうさせてもらいますわ」

 するとリカオンはアルメリアに優しく微笑んだ。

「では、なにかあれば呼んでください」

 そう言って部屋を出ていった。

 リカオンにもわかってしまうほど自分は動揺していたのかと思いながら、とりあえず考えをまとめるためにお茶を口にした。

 アズルは嘘をついているのだろうか? 

 アルメリアはどうしてもあのアウルスが、そんな不誠実なことをするとは思えなかった。

 もしも、アズルになにかしらの理由があって今の状況になっているのだとしたら、きっといつかは正直に話してくれるはず。

 そう考えなおす。

 でも、その真実がわたくしにとって残酷なものだったら……?

 そんなとめどもないことを考えていて、不意に以前アウルスがシェフレラについて『会ったら驚く』と言っていたことを思い出した。

 もしかして、それはこういうこと? 
 シェフレラは自分の子を生んでくれた女性と言うこと?  
 いいえ、まって、アズルはそんな人間ではありませんわ。

 そこまで考えて、堂々巡りなことに気づき思わず失笑した。
 本人に直接尋ねようかとも考えたが、アウルス本人が今この話をしないと言うことは『今は話すべきときではない』との判断なのだろう。
 アルメリアはそう自分に言い聞かせると、ティーカップに残っていたお茶を飲み干して呟いた。

「とにかく感情的になりすぎなんですわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです

みゅー
恋愛
ヴィヴィアンは自分が転生していることに気づくと同時に、前世でもっとも最推しであった婚約者のカーランが死んでしまうことを思い出す。  自分を愛してはくれない、そんな王子でもヴィヴィアンにとって命をかけてでも助けたい相手だった。  それからヴィヴィアンの体を張り命懸でカーランを守る日々が始まった。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

令嬢戦士と召喚獣〈1〉 〜 ワケあり侯爵令嬢ですがうっかり蛇の使い魔を召喚したところ王子に求婚される羽目になりました 〜

Elin
ファンタジー
【24/4/24 更新再開しました。】 人と召喚獣が共生して生きる国《神国アルゴン》。ブラッドリー侯爵家の令嬢ライラは婿探しのため引き籠もり生活を脱して成人の儀式へと臨む。 私の召喚獣は猫かしら? それともウサギ?モルモット? いいえ、蛇です。 しかもこの蛇、しゃべるんですが......。 前代未聞のしゃべる蛇に神殿は大パニック。しかも外で巨大キメラまで出現してもう大混乱。運良くその場にいた第二王子の活躍で事態は一旦収まるものの、後日蛇が強力なスキルの使い手だと判明したことをきっかけに引き籠もり令嬢の日常は一変する。 恋愛ありバトルあり、そして蛇あり。 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズの序章、始まりはじまり。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズ 第一巻(完結済) シリーズ序章 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/415807748 第二巻(連載中) ※毎日更新 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/627853636 ※R15作品ですが、一巻は導入巻となるためライトです。二巻以降で恋愛、バトル共に描写が増えます。少年少女漫画を超える表現はしませんが、苦手な方は閲覧お控えください。 ※恋愛ファンタジーですがバトル要素も強く、ヒロイン自身も戦いそれなりに負傷します。一般的な令嬢作品とは異なりますためご注意ください。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...