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第百四十八話 娘
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アルメリアは首を振って俯く。
「いいえ、私こそ本当にごめんなさい」
するとリアムは悲しげに微笑んだ。
「いいのです。私は決して君を諦めた訳ではありませんから。私は君が生きている限りずっとそばで見守り続けます」
アルメリアはその台詞に驚き、リアムを見上げた。
「リアム、いけませんわ。きっと素敵なご令嬢が……」
「君は酷い人ですね、そんなことを言うのですか? 思うだけでも許してはくださらないのですか?」
「違いますわ、私はリアムには幸せになって欲しいだけですわ」
するとリアムは微笑んで答える。
「ならば、君を好きでいさせてください」
どう答えたらよいかわからず、アルメリアは頷くしかなかった。
「良かった、ではこれからもよろしくお願いいたします。それと、こんなことを言うのは我が儘かもしれませんが、今後も普段通りに接してくださると嬉しいです」
リアムはそう言うと、アルメリアの手の甲にキスをした。
「さて、そろそろ戻らないとリカオンがここまで探しに来るかもしれません。戻りましょう」
アルメリアは、リアムのエスコートで執務室へ戻った。
有難いことに、アルメリアにゆっくり物事を考えている時間はあまりない。なので、恋愛ごとについてあれこれ考えずに執務に集中した。
正直に言えば、今はなにも考えずに執務に没頭していたかったのだ。
いつものように朝の見回りから戻り、屋敷の執務室へ入ると、机の上に置いてある報告書を手に取った。
一番上にイーデンからの報告書が置かれているのに気づき、アルメリアは慌てて目を通す。
内容はローズクリーンにお金を出資している為に視察をしているという名目で、イーデンに話を聞きに来るダチュラに、皇帝の偽情報を流すことによって、うまく取り入ることができたとのことだった。そしてついに『城下に来て、私の下で働いて欲しい』と打診があり、それを受けたと書かれている。
それを読んで気づいたことは『やはり、イーデンはただ者ではない』ということだった。最初からそれを狙って潜入してもらっていたものの、まさかこんなにうまくいくとは思っておらず、アルメリアは拍子抜けするほどであった。
彼は何者なのだろう? それに、ダチュラという女性が聡いのか間抜けなのかいまいちよくわからないと思いつつ、だからこそ油断ならない相手なのだと思うことにした。
なんとなく、イーデンについてはアウルスに報告しなければならないような気がしたアルメリアは、アウルスにもこの報告書の内容を伝えることにした。
先日のムスカリとの婚約が決まったあの日から二人きりで会うことはなく、アブセンティに時々顔を出すアウルスと少し言葉をかわしただけだった。
この報告書の内容を伝えた方が良いのはわかっていても、どうしても二人きりで会うのは気が重かった。
そう思ったアルメリアはこの報告書を直接アウルスに届けさせることにして、ペルシックを呼んだ。
「爺、この報告書をアウルスに届けてもらえるかしら」
するとペルシックは首を振った。
「お嬢様、失礼を承知で申し上げます。その報告書は大切な内容が書かれております。ご自身でアウルス様へお届けし、今後のこともご相談なさった方がよろしいかと存じます」
アルメリアはペルシックに自分の気持ちを見透かされているような気がした。
『逃げていないで、ちゃんと向き合いなさい』
そう言われた気がしたのだ。
しばらく考え苦笑しながら答える。
「わかりましたわ、ありがとう爺。これは自分で届けますわね」
アルメリアは差し出したイーデンの報告書を引っ込めると続けて言った。
「では、アズルに城内の私の執務室へ来るように伝えてもらえるかしら?」
「承知いたしました」
ペルシックは頭を下げると執務室を出ていった。
アルメリアは自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫ですわアルメリア、みんな今がどれだけ正念場なのかわかってますもの。大切なことに集中しましょう」
そう言ってなんとか自分を落ち着かせると、城内へ出かける準備をした。
城内へ着くと、珍しくリカオンの出迎えがなかったので他の使用人の案内で執務室へ向かった。その途中、アウルスが部下らしき人物と会話しているところへ遭遇した。
アズルは私の執務室へ向かう途中なのかもしれない。
そう思い声をかけようとした瞬間、二人の会話の中に『娘』という単語が出てきたので、思わず立ち止まり柱の影に身を隠した。
「本当に愛らしくてしょうがない。シェフレラもよく頑張って娘を生んでくれたものだ」
「はい、本当にお嬢様は素晴らしい方だと思います」
背後でその台詞を聞いていたアルメリアは、思わず息を呑んだ。
今のはどういうことなのだろう? なにかの聞き間違えであって欲しい。
アルメリアの心臓は体が揺れるほど強く脈打った。そのまま隠れて二人の様子を窺うが、アウルスは他の部下から報告を受け会話を中断させてしまった。
アズルはシェフレラはただの幼馴染みだと言っていた。けれど、今の会話からは自分の娘の話をしているように聞こえた。
だが、皇帝が結婚したという話は聞いていない。ということは、やはりシェフレラはアズルの側室かなにかなのだろうか?
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「アルメリア、こんなところで立ち止まってどうされたのですか?」
振り向くとアドニスが立っていた。
「なんでもありませんわ」
アルメリアが見つめていた方向へ視線を向けると、アドニスは言った。
「帝国の特使の方がいらしているんですね。城内にいらっしゃるなんて、珍しいですね」
アルメリアもアウルスに視線を戻す。
「そう……ですわね」
するとアドニスは満面の笑みを浮かべた。
「彼は本当はグロサリオの皇帝なのでしょう? こんなところで油を売っていてよいのでしょうか」
その言葉にアルメリアは驚いてアドニスの顔を見上げた。アドニスは笑みを崩さぬまま言った。
「以前特使の方にお会いしたときに、不自然なことがありましたので調べたんですよ。ですがなにもわかりませんでした」
「どういうことですの? ではアドニスはアズルが皇帝だとどうやって……」
「知ったのか? ですよね。実は驚くほど彼の情報が手に入らなかったので、直接殿下に質問致しました」
「いいえ、私こそ本当にごめんなさい」
するとリアムは悲しげに微笑んだ。
「いいのです。私は決して君を諦めた訳ではありませんから。私は君が生きている限りずっとそばで見守り続けます」
アルメリアはその台詞に驚き、リアムを見上げた。
「リアム、いけませんわ。きっと素敵なご令嬢が……」
「君は酷い人ですね、そんなことを言うのですか? 思うだけでも許してはくださらないのですか?」
「違いますわ、私はリアムには幸せになって欲しいだけですわ」
するとリアムは微笑んで答える。
「ならば、君を好きでいさせてください」
どう答えたらよいかわからず、アルメリアは頷くしかなかった。
「良かった、ではこれからもよろしくお願いいたします。それと、こんなことを言うのは我が儘かもしれませんが、今後も普段通りに接してくださると嬉しいです」
リアムはそう言うと、アルメリアの手の甲にキスをした。
「さて、そろそろ戻らないとリカオンがここまで探しに来るかもしれません。戻りましょう」
アルメリアは、リアムのエスコートで執務室へ戻った。
有難いことに、アルメリアにゆっくり物事を考えている時間はあまりない。なので、恋愛ごとについてあれこれ考えずに執務に集中した。
正直に言えば、今はなにも考えずに執務に没頭していたかったのだ。
いつものように朝の見回りから戻り、屋敷の執務室へ入ると、机の上に置いてある報告書を手に取った。
一番上にイーデンからの報告書が置かれているのに気づき、アルメリアは慌てて目を通す。
内容はローズクリーンにお金を出資している為に視察をしているという名目で、イーデンに話を聞きに来るダチュラに、皇帝の偽情報を流すことによって、うまく取り入ることができたとのことだった。そしてついに『城下に来て、私の下で働いて欲しい』と打診があり、それを受けたと書かれている。
それを読んで気づいたことは『やはり、イーデンはただ者ではない』ということだった。最初からそれを狙って潜入してもらっていたものの、まさかこんなにうまくいくとは思っておらず、アルメリアは拍子抜けするほどであった。
彼は何者なのだろう? それに、ダチュラという女性が聡いのか間抜けなのかいまいちよくわからないと思いつつ、だからこそ油断ならない相手なのだと思うことにした。
なんとなく、イーデンについてはアウルスに報告しなければならないような気がしたアルメリアは、アウルスにもこの報告書の内容を伝えることにした。
先日のムスカリとの婚約が決まったあの日から二人きりで会うことはなく、アブセンティに時々顔を出すアウルスと少し言葉をかわしただけだった。
この報告書の内容を伝えた方が良いのはわかっていても、どうしても二人きりで会うのは気が重かった。
そう思ったアルメリアはこの報告書を直接アウルスに届けさせることにして、ペルシックを呼んだ。
「爺、この報告書をアウルスに届けてもらえるかしら」
するとペルシックは首を振った。
「お嬢様、失礼を承知で申し上げます。その報告書は大切な内容が書かれております。ご自身でアウルス様へお届けし、今後のこともご相談なさった方がよろしいかと存じます」
アルメリアはペルシックに自分の気持ちを見透かされているような気がした。
『逃げていないで、ちゃんと向き合いなさい』
そう言われた気がしたのだ。
しばらく考え苦笑しながら答える。
「わかりましたわ、ありがとう爺。これは自分で届けますわね」
アルメリアは差し出したイーデンの報告書を引っ込めると続けて言った。
「では、アズルに城内の私の執務室へ来るように伝えてもらえるかしら?」
「承知いたしました」
ペルシックは頭を下げると執務室を出ていった。
アルメリアは自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫ですわアルメリア、みんな今がどれだけ正念場なのかわかってますもの。大切なことに集中しましょう」
そう言ってなんとか自分を落ち着かせると、城内へ出かける準備をした。
城内へ着くと、珍しくリカオンの出迎えがなかったので他の使用人の案内で執務室へ向かった。その途中、アウルスが部下らしき人物と会話しているところへ遭遇した。
アズルは私の執務室へ向かう途中なのかもしれない。
そう思い声をかけようとした瞬間、二人の会話の中に『娘』という単語が出てきたので、思わず立ち止まり柱の影に身を隠した。
「本当に愛らしくてしょうがない。シェフレラもよく頑張って娘を生んでくれたものだ」
「はい、本当にお嬢様は素晴らしい方だと思います」
背後でその台詞を聞いていたアルメリアは、思わず息を呑んだ。
今のはどういうことなのだろう? なにかの聞き間違えであって欲しい。
アルメリアの心臓は体が揺れるほど強く脈打った。そのまま隠れて二人の様子を窺うが、アウルスは他の部下から報告を受け会話を中断させてしまった。
アズルはシェフレラはただの幼馴染みだと言っていた。けれど、今の会話からは自分の娘の話をしているように聞こえた。
だが、皇帝が結婚したという話は聞いていない。ということは、やはりシェフレラはアズルの側室かなにかなのだろうか?
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「アルメリア、こんなところで立ち止まってどうされたのですか?」
振り向くとアドニスが立っていた。
「なんでもありませんわ」
アルメリアが見つめていた方向へ視線を向けると、アドニスは言った。
「帝国の特使の方がいらしているんですね。城内にいらっしゃるなんて、珍しいですね」
アルメリアもアウルスに視線を戻す。
「そう……ですわね」
するとアドニスは満面の笑みを浮かべた。
「彼は本当はグロサリオの皇帝なのでしょう? こんなところで油を売っていてよいのでしょうか」
その言葉にアルメリアは驚いてアドニスの顔を見上げた。アドニスは笑みを崩さぬまま言った。
「以前特使の方にお会いしたときに、不自然なことがありましたので調べたんですよ。ですがなにもわかりませんでした」
「どういうことですの? ではアドニスはアズルが皇帝だとどうやって……」
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