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第百二十八話 やることがたくさん

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「アルメリア、会いたかった」

 帰ってきたグレンはアルメリアの顔を見て開口一番そう言った。

「お父様、先日ツルスでお会いしたばかりですわ」

「そうだが、私たちは一緒にいる時間が短すぎる。会ったときに気持ちをちゃんと伝えておきたいのだ」

 その横でアジュガも目に涙を浮かべて頷く。

「お母様も、貴女に会いたかったわ」

 そう言うと、アジュガはアルメリアを抱きしめた。

 アルメリアは、グレンたちが今後ずっと城下にとどまるのかと思っていたが、ムスカリの誕生会が終わればまたすぐにツルスへ戻るとのことだった。

「ツルスの気候がお母様に合っているようなんだ。だからできればあちらでもう少し過ごしたい」

 そう言うと、アジュガが少し恥ずかしそうに言う。

「お母様は一人でツルスで過ごしても良いってお父様に言ったのですけれど、お父様ったらお母様を一人にできないって……」

 アジュガが頬を染めて俯くと、グレンが心配そうな顔でアジュガにむかって言う。

「当たり前だ、しかもお前は体調が悪いのだぞ? 一人になどできるものか」

 そう言うと二人は見つめ合った。

 アルメリアは、昔から仲睦まじい両親が大好きだったのでそれを微笑ましく見守る。
 グレンはそんなアルメリアの視線に気づくと、咳払いをして真面目な顔で言った。

「アルメリア、お前が領地をしっかり組織化してくれたお陰で領地を頻回に見て回る必要がなくなった。春になったら、アジュガと共に領地を見て回ってくる予定だから、お前は城下にいて問題ないぞ」

「お父様、ありがとうございます。お父様がしっかり領地を回ってくださるのなら、安心ですわ」

 そしてグレンは、意味ありげな顔でアルメリアに聞く。

「ところでアルメリア、お前はムスカリ殿下の誕生会に誰と出席するつもりだ?」

 きっとグレンは、ムスカリがアルメリアをエスコートして出席すると予想して、期待しているのだろう。そう思うと、アルメリアは申し訳ない気持ちになった。

「まだ、決まってませんの。殿下はクインシー男爵令嬢と出席なさるようですわ」

 先手を打ってアルメリアはそう言ったが、グレンは顔色一つ変えなかった。

「そうか、まぁゆっくり相手を選べばいい。お前ならば相手に困らないだろうし、なんならいなくても……」

 その横からアジュガがグレンを肘でつつく。

「あなた、余計なことを言う必要はありませんわ。アルメリア、貴女は気にしなくていいのよ」

 そう言うと、アジュガはグレンの肘をつかんで自室へ引っ張って行った。

 アルメリアは内心なにか引っ掛かるものを感じたが、それがなんなのかわからず不思議に思いながら、自室へ向かって行く両親の背中を見つめた。

 しばらくして、アンジートランスポートの人間から、イーデンは無事にローズクリーン貿易に潜入したと連絡があった。

 イーデンにはローズクリーンに潜入した直後は、身の危険を感じた時以外しばらく連絡をとるなと言ってある。

 入ったばかりで怪しい行動をとれば、当然疑われることになる。なので、信用を勝ち取りある程度自由に動けるようになってから連絡を取るように申し付けた。

 なので、代理でアンジートランスポートの乗組員が連絡をしてきたのだ。

 雇ってもらえて、本人からの連絡がないという状況は、とりあえず第一関門突破といったところだろう。

 アルメリアは一安心したところで、ムスカリの誕生日プレゼントのキットの開発を始めることにした。

 以前世話になった時計職人のジムを執務室へ呼ぶと、時計の手作りキットが作れないか打診する。するとそれまで愛想笑いを浮かべて話を聞いていたジムが、真剣な顔で言った。

「お嬢様、時計というのはお嬢様が思うより精巧な者なのです。それを説明書一つで作れるようにするなんて、無茶です」

 アルメリアももちろんそれはわかっている。

「ジム、落ち着いてちょうだい。時計がそう簡単にできるものだとはわたくしも思っておりませんわ。当然、すべての行程を素人で組み立てるのは難しいと思いますの」

 ジムは、怪訝な顔をする。

「じゃあなんですか? 組み立てるときにはそばについて、難しい箇所だけ私が代わりに組み立てるとでも?」

「それも違いますわ。ものつくりは一人で黙々とやるものですもの。そうではなくて、難しいところはあらかじめ作ってしまっておいて、部品の一つとしてキットに入れておけば良いんですわ」

 そう言われて、ジムは、はっとした顔をすると、笑顔で答える。

「あぁ、そうか。なるほど、そうすればあとは本当に組み立てるだけになりますね」

 アルメリアは頷くと、笑顔でジムに質問する。

「これは王太子殿下の誕生日に献上する物ですわ。あと一ヶ月しかありませんけれど、貴男ならできますわよね?」

「王太子殿下に……? は、はい。もちろんでございます。私が王太子殿下に献上するものを作る……」

「そうですわ、もちろん時計の文字盤には貴男の工房の名前を刻んでちょうだい。それと裏には『アンジーより』と刻んでもらえるかしら?」

「もちろんです! ですが、ちょっと字が苦手なもんで綴りを教えてもらえないでしょうか。それと、説明書ってのはちょっと作れないかも知れません」

 微笑むとアルメリアは答える。

「大丈夫ですわ、それはわたくしが書きますから、ジムは物ができしだいこちらにいらしてわたくしにキットの説明をしてくださるかしら?」

「わかりました、そういうことなら。これから急いで製作に取りかかりますね」

「いつも突然お願いしてごめんなさいね」

 アルメリアがそう言うと、ジムは楽しそうに笑った。

「いえ、お嬢様はいつも面白い依頼をしてくださるから、こちらとしてもやりがいがあって楽しいですよ。それでは失礼します」

 これでなんとかムスカリの誕生日に間に合うだろう。
 アルメリアはほっとしながら、今度は久しぶりに共用のドローイング・ルームに連れていってもらえるようリアムにお願いの手紙を書いた。

 リアムはすぐに快諾の返事を書いてよこした。アルメリアは、行きたい日時を伝えるとその日に備えた。
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