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第百二十二話 守るものたち

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「ノーコメントです。殿下もお嬢様の前でそれをお話になるなんて、悪趣味ですよ」

 ムスカリは楽しそうに笑った。

「いや、お前がすました顔をしていたからな。思わずからかいたくなった。さて、本題に戻そう」

 そう言ってアルメリアに向き直る。

「君は他にもなにか知っていそうだが、それはその乗組員を調べればわかるのかな?」

 リカオンに向いていた矛先がアルメリアに変わり、突然ムスカリに鋭い質問をされたアルメリアは慌てて笑ってごまかした。




 イーデンがアルメリアの城下の屋敷を訪問してきたのは、それから二日後のことだった。

「お嬢様の命により参じました。手紙には詳しいことはありませんでしたが、自警団についてなにか不備がありましたでしょうか?」

 アルメリアの前に来るなり、イーデンは片膝をつき手を胸に当ててそう言った。
 このスタイルはロベリアで見たことがないので、きっと帝国軍のスタイルなのかもしれない。そう思いながらアルメリアはそのまま話をする。

「自警団についての貴男の働きは期待以上で、わたくしとても評価してますの。そこを見込んで、手の空いている貴男に違うことを頼みたくて呼んだんですわ。とりあえず立って、ソファに座って話しましょう」

 改めてソファに座ると、本題に入る。

「イーデンは潜入捜査をしたことがありまして?」

「潜入、ですか? あるにはありますが、それに特化した訓練をしたわけではありませんから、人に教えるとか訓練をするようなことは……」

 アルメリアは首を振ってイーデンを制した。

「そうではありませんの、貴男にはもっと重要な任務についていただきたいんですの。ローズクリーンという貿易組織をご存知?」

「いえ、そう言ったことにはうとくて」

「イーデンは元帝国軍なんですもの、知らなくて当然ですわよね。でも知らなくてもこの任務に支障はありませんから、大丈夫ですわ」

 イーデンは少しほっとした顔をした。それを確認すると、アルメリアは話を続ける。

「任務っていいますのはね、イーデンにその貿易組織に入って、ローズクリーンの裏にいる組織との繋がりをつかんで欲しいんですの。もちろん潜入するためのお膳立てはこちらでしますわ」

 イーデンはしばらく考えてから、アルメリアに質問した。

「私は一度帝国を裏切っている人間です。お嬢様はそんな私を信用してしまってもよろしいのですか?」

「もちろんですわ。それに、貴男がわたくしを裏切って得なことはありませんでしょう?」

 アルメリアはイーデンを信用していた。なぜなら、あのアウルスが引き渡しのときに潔白が証明されたと言ったからだ。こんなに身元の保証されている人物はいないだろう。

「わかりました、お受けします。信用していただけるのなら、必ず成果を出したいと思います」

「イーデン、ありがとう」

「ですが、私のような者をその組織は雇うでしょうか?」

「もちろんですわ。彼らはとても帝国に興味があるみたいですの。だから、食いついて来ると思いますわ」

 そう言って微笑んだ。



 アルメリアは帝国にも関わることなので、ことと場合によっては帝国にも協力してもらえないか、アウルスに相談することにした。

「港町で、君がそんなことに関わっていたとはね」

 城内のアルメリアの執務室で、ソファに腰かけお茶を一口飲むとアウルスはそう言って苦笑し、ティーカップをテーブルに置くと真面目な顔になった。

「君を止めることはできないのはわかっている。だが、自身の身の安全を第一に考えて行動して欲しいのだが」

「もちろんですわ」

「本当にそうして欲しい。いつでも守れる場所にいられればよいが、そうもいかないからね」

 アウルスはそう言うと、じっとアルメリアを見つめ、真意を確かめるように瞳の奥を見つめた。アルメリアはその真剣な眼差しに、鼓動が早くなるのを感じ思わず俯く。

「本当に気を付けますわ」

「本当に?」

「はい、本当ですわ」

「絶対に?」

「絶対にですわ」

「うん、ならいい」

 そして、アウルスは手を伸ばしアルメリアの髪を耳にかけると、優しく微笑んだ。その手が少し首筋に触れ、アルメリアはなんだかくすぐったいような恥ずかしいような気持ちになった。

「んっ! うん!!」

 リカオンが大きく咳払いをしたので、二人とも思わずはっとした。
 そして、アウルスは気を取り直したように言った。

「ところで、ローズクリーンが帝国のことを知りたがるとは驚きだ。君のことだからもう知っていると思うが、ローズクリーンはチューベローズと繋がっているという噂があるしね」

 その事は隠して話していたが、アウルスには隠す必要がなかったと、アルメリアは心の中で失笑した。

「アズルに隠す必要はありませんでしたわね。そうなんですの。でもあくまでも噂の域で、まだ尻尾はつかめていませんけれど」

「なるほど、それでイーデンを潜入させるわけか。わかった、そういうことならこちらも協力する。ローズクリーンにも興味があるしね。イーデンは優秀だから、君の役に立てると思う。それにしても、チューベローズは本当に危険な組織だから油断ならない」

「どういうことですの?」

 そう尋ねると、アウルスはソファに深く腰掛け、窓の外をしばらく見つめたあとアルメリアに向き直って言った。

「君を怯えさせたくなくて言っていなかったんだが、やはり言っておいた方がいいだろうね。先日ツルスで捕らえた脱走兵のレオという男の話をイーデンから聞いているか?」

「確か、元帝国軍のリーダーだったと聞いてますわ」

「そうだ。彼は最初、謎の組織を偽ったものからの依頼であの件を請け負ったのだが、その実チューベローズからの依頼だった。ここまでは君も知っているね?」

「えぇ、イーデンから聞きましたわ」

「レオは頭の切れる男でね、チューベローズがこの依頼をしたと証明する決定的な証拠を手に入れていた。それは教会本部から出された指示書で、騎士団の人間を装って近付き君を誘きだし誘拐しろという内容だった」

「ではツルスでのあれは……」

 あの事件は、自分を誘き出すためだけに仕掛けられたものだったのだ。そう気づきアルメリアは言葉を失う。

「驚かせたくなくて、言わずに君を守ろうと思っていたが、やはり君自身が気をつけてくれなければ、守りようがないからね」

 このときアルメリアは、もう一つ気づいたことがあった。

「もしかしてアズル、貴男がロベリアに来た理由は……」

「そう、君を守るため、そして、チューベローズを調べるために来た。ムスカリはもちろん最初からこの事を知っている。サンスベリアには先日ツルスで話したところだ」

「そうだったんですのね、それを知らないとはいえ、わたくし危なっかしいことをしていまったかもしれませんわ。申し訳ありませんでした」

 アウルスは苦笑する。

「君は自分が狙われているなど、知りようがなかったのだから仕方がないよ」
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