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第百十四話 ヘンリーのお屋敷

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 酒場をあとにすると、アウルスはアルメリアに言った。

「やはり、君は凄いな」

「なにがですの?」

 すると、アウルスは苦笑する。

「水軍が手を焼いていた相手を、同じテーブルに引っ張り出すことに成功したじゃないか」

 アルメリアは困ったような顔をした。

「あれは、たまたまヘンリーとわたくしが知り合いだったからですわ。運が良かったんです」

「いや、海賊と知り合いなのがそもそも凄いことだと思うが。それに運も実力のうちと言うだろう」

 そんなことを話ながら屋敷へもどると、アルメリアは早速アドニスにヘンリーの件で手紙を書いた。
 ツルスから船でアドニスのいるマシュケ港まで、二日はかかる距離である。返事がくるのはしばらくまたねばならないだろう。

 その間にアウルスに港を案内して回る予定でいるが、アウルス自身も何かしら目的があってここへ来ているはずなので、そんなにずっと一緒にいることにはならないだろう。

 ヘンリーに届ける蜂蜜を選びながら、そんなことを考えていると、ペルシックが部屋へ入ってきた。

「お嬢様、ヘンリーと名乗るものから使者がきておりまして、話があるので屋敷までいらしてほしいと言っております」

 今日の昼間に会ったときに話した砂糖のことだろうか? そう思いながら返事をする。

「ヘンリーが? 変ね昼間も会っていますのに」

 彼は面倒なことが嫌いだ。なので、なにかあれば昼間会ったときに話したはずである。
 そう考えたとき、ひとつだけ思い当たることがあった。それはアウルスの存在だ。
 彼は帝国をあまり良くは思っていないようだったので、帝国の特使の前では話したくないような、大切な話があるのかもしれなかった。

 アルメリアは、リカオンを伴ってヘンリーの屋敷へ向かうことにした。

「お嬢様、大丈夫なのですか? そんな怪しい人物の元へ行くなんて。罠で、さらわれるようなことになったらどうするのです?」

 リカオンが不安そうにそう言うので、アルメリアは苦笑しながら答える。

「彼らは義賊よ、信頼の上に成り立っていますわ。貴族令嬢、それもこんな小娘一人を卑怯な手を使ってなにかしたとあれば、自分の顔に泥を塗ることになるでしょう? そうすれば今までの信用が失墜することになりますわ。だから大丈夫だと思いますの」

 そう言って返すと、リカオンは納得したがまだ不満がある、と言うような複雑な表情をして黙ってしまった。だが、しばらくすると気を取り直したように微笑んだ。

「それにしても、お嬢様がこれほど顔が広いとは驚きでした。お会いした頃から、ずっとお側にいさせていただいていますが、お嬢様のことをわかっているようでいてその実、僕はお嬢様のことをなにも知らなかったのだと実感します」

 そう言って、リカオンは眩しそうにアルメリアを見つめる。

「リカオンてば、どうしたんですの? らしくないですわ。もっと不満を言うかと思ってましたのに」

「お嬢様が僕に対して抱いている印象は、そんな感じなのですね?」

 そこで言葉を切ると、リカオンは少し考え込んだ。そして、しばらくしてやっと口を開く。

「これは今までの、自分の行いが招いた結果ですね。そんな印象をなくすために、これからもっと精進致します」

「なに言ってますの、最近の貴男はとても頑張ってますわ。でなければ今日みたいな大切な局面に、貴男を同席させたりしませんわ」

 すると、リカオンは悲しそうに微笑んで答えた。

「そうだと良いのですが……。お褒め下さったことは素直に受け入れることとします」

「そうですわよ、いつもの自信に満ちたリカオンの方がわたくしも好きですわ」

 そう言ったところで、前方から声がかかる。

「アルメリアお嬢様ですか?」

 声をかけてきたのは、どこかの貴族の執事のような出で立ちの紳士だった。

「失礼、貴男はどなたでしょうか?」

 リカオンがアルメリアを背後に隠しながらその紳士にそう尋ねた。

 すると、その紳士は慌てて頭を下げる。

「名乗りもせずお声掛けし、大変失礼致しました。わたくしモーガン様のお屋敷で執事をしているエドワードと申します。アルメリアお嬢様が、モーガン様にとってとても大切なお客様とお聞きして、お迎えに上がりました」

 驚いてふたりは思わず顔を見合わせた。そんなふたりをよそに、エドワードと名乗る執事は満面の笑みを見せた。

「お嬢様、屋敷までこのエドワードがご案内致します。こちらです」

 そう言って持っているランプで足元を照らす。

 しばらく砂利道を進むと、石畳の舗装された道に出た。そして、そこには大きな門扉があった。
 エドワードが門番に合図すると、その門扉が開かれる。
 以前、手紙でヘンリーにツルスに移住する許可を求められたが、こんなにも大きな屋敷を所有しているとは知らなかった。
 案内されるまま、屋敷内のエントランスまで行くと、昼間酒場で平服をきていたヘンリーが正装して待っていた。

「わざわざ屋敷まで来てもらって、申し訳ないな。昼間は帝国の特使様をお連れだったんでね」

 そう言うと、アルメリアの横に立っているリカオンに目をとめる。

「お嬢ちゃん、その若造は?」

「彼はわたくしの……」

 仲間と言おうとしたが、そこにリカオンがかぶせて言った。

「従者のリカオンと申します」

「リカオン?!」

 思わずアルメリアは、リカオンの横顔を責めるように見つめる。だが、そんなアルメリアを無視して、リカオンとヘンリーはしばらく見つめ合う。

「従者か。ってことは、あんたはただの使用人か?」

 その言葉にアルメリアは、素早く反応する。

「ヘンリーも、なにを仰ってますの?! そんなわけ……」

「いえ、僕はお嬢様を尊敬し、忠誠を誓っている身です。そんな金銭で成立するような、浅い関係ではありません」

 アルメリアは驚き過ぎて、言葉を失っていた。

 すると、ヘンリーはニヤリと笑って、そんなアルメリアを見る。

「お嬢ちゃん、あんたもてるなぁ」

 アルメリアは慌てて答える。

「ヘンリー、違いますの。リカオン、貴男もなにを言ってますの? ヘンリー、リカオンはわたくしの大切な仲間であって、従者ではありませんわ。本気になさらないで下さいませ」

 リカオンはそんなアルメリアを見て苦笑し、ヘンリーに答える。

「お嬢様はこう言ってますが、今のところ従者なのは事実です。それに貴男の仰る通り、お嬢様を慕い言い寄る輩はたえません」

 ヘンリーは声を出して笑った。

「そんなこったろうと思ったよ。当然だろうな。あんたも苦労するな」

「えぇ、本当に」

「まぁこんなところで立ち話もなんだ、食事を用意している。ほら、こっちだ」

 そう言って歩き出すヘンリーの後ろにふたりは続いた。
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