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第八十九話 開始の狼煙
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場所が決まると、作戦の内容の詳細をアウルスと話し合った。背後に川があると言っても、川が浅かったり川幅が狭ければ渡って逃げられてしまうことも考えられるので、走って渡れないような場所を地図上で確認しアウルスに伝えた。すると、アウルスはしばらく無言で地図を見つめたあと、さっと顔を上げアルメリアを見つめる。
「一つお願いがあるのだが」
「はい、どんなことでしょうか?」
少し躊躇ったあとアウルスは言った。
「この地図を貸してほしい。君の領地のことが細かに書かれているから、帝国に渡したくないだろうが、今回の作戦で効果的に兵士を配置するためにこの地図は必要不可欠だ」
アルメリアは悩んだ。今は友好的だが、彼がこの国を滅ぼすと決めれば友好関係などなんの意味もなさない。この地図をおおいに有効利用して、国境沿いのこの領地から攻め込んでくるに違いなかった。
すると、その様子を見ていたアウルスは苦笑する。
「君が悩むのも当然だろう。ではほんの一部分、必要な範囲のみ書き写させて貰えないだろうか?」
相手は皇帝である。どうしても渡せと言われれば断れなかったので、この妥協案は正直有り難かった。
「わかりましたわ、どうぞ書き写してくださいませ。お気遣いいただいて有り難う御座います」
「いや、こちらも配慮が足りなかった、申し訳ない。さて、この作戦で一番重要なのは、監禁場所の監視を引き離すことだろう」
アルメリアは、それに関して一つ考えていたことがあった。
「それに関してなのですが、イーデンが監禁場所の見張り役のときに、受け渡し場所が川の近くになるようにメモで指示しますわ。本当にイーデンが味方ならば、これで監禁場所の監視を実質二人にできますもの」
「アンジー、その方法はイーデンが裏切らなければこちらが有利になるが、もしも罠だとすれば、奴らが全員で監禁場所で待ち伏せするかもしれない。それに、奴らの真の目的が君の誘拐だとしたらどうする?」
微笑んで返すと、アルメリアは言った。
「わかっております。ですから、受け渡し場所に山賊が現れ彼らを捕らえたところで、狼煙を上げ合図をして欲しいのです。私たちは、その合図があってから動き始めますわ」
「なるほど、それでイーデンが本当にこちらの味方なのかそうでないのかの確認もできるということか」
頷きアルメリアは苦笑する。
「リスクのある方法なのはわかっております。ですが、もし作戦が失敗したとしても、彼らの目的を探る手がかりにはなりますでしょう?」
「確かに。それにこの方法ならば、成功したときに奴らのうち誰か一人でも生け捕りにできるだろう。奴らには聞きたいことがあるから、我々もその方が有り難い」
そう言われ、アルメリアはアウルスが山賊の殲滅作戦を立てていたのだろうと気づいた。あまりにもアウルスが紳士的で忘れてしまいがちだが、彼が冷酷と噂されている皇帝であることを忘れてはならないと、改めて自身に言い聞かせた。
「農園の者には受け渡し場所が川の近くに決まったときに、ハンカチで合図するように話してますの」
「そうだな、奴らは農園の人間が怪しい動きをしていないか、時々監視しているようだと報告を受けている。それぐらい、慎重に動いた方がよいだろうな」
アルメリアは、内心農園の人間は山賊に監視されているだろうとは思っていたので、最初からそのつもりで動いていたが、そうしておいてよかったと改めてほっとした。そして、嘘がつけないエドガーには何も知らせずにいたエラリィたちの判断は、間違っていなかった。
アルメリアはアウルスに訊いた。
「何時に受け渡しなのかは、ハンカチの合図があってからそれとなく農園の者から訊きますわ。それで、アズルにはどうやって連絡申し上げればよろしいでしょうか?」
「今日は伝書鳩を連れてきた、君に預ける。これでいつでも連絡が取れるだろう」
「はい、そうですね。これで準備が整いましたわね」
居場所を自分に知らせるつもりはないのだと思いながら、アルメリアは微笑んで返した。
焦る気持ちを抱えつつ、普段通りに過ごしそのときを待った。そして数日後、早朝いつものように見回りをすると農園の看板にハンカチが結び付けられているのが目に入った。アルメリアは焦りを顔に出さないようにしながら、農園に入ると自然な形でエラリィに話しかける。
「おはようエラリィ。忙しいところごめんなさいね、教えてほしいことがありますの。明日の檸檬の出荷は何時なのかわかるかしら?」
エラリィは緊張した顔をしており、笑顔を作るも若干引きつっていた。
「はい、明日は早朝の五時となっています」
「そうですのね、わかりましたわ」
勤めて笑顔を作ると、アルメリアは優しくエラリィの背中を擦ってその場を後にした。
こうして受け渡し時間を聞くと、アルメリアはあらかじめアウルスから渡されていた伝書鳩に『早朝五時』と書いたメモを持たせて空に放った。
飛び立つ鳩を目で追いながら、ここまで来たら後戻りはできない、あとはみんなを信じて作戦を決行するのみだ。と、心のなかで呟いた。
作戦に備え、アルメリアは早めに休んだ。興奮して眠れないと思っていたが、暗闇で目をつぶっていれば自然と眠りに落ちていた。
頼んでいた通り、三時にメイドに起こされるとアルメリアは孤児院へ行くときと同じような格好をした。
緊張してお腹は空いていなかったが軽く食事を取ると、暗闇の中監禁場所へ向かうことにした。
屋敷から監禁場所へは、アルメリアの足で三十分はかかる。迷って遅れたりでもすれば、この作戦のすべてが台無しになるだろう。アルメリアは早めに屋敷を出ることにした。
目的地につくと、狼煙が上がるまで近くの茂みに身を潜めた。変な行動を取って山賊に怪しまれてしまえば、全てが徒労に終わることになるため、行動には細心の注意を払った。
全くと言って良いほど、なんの気配も感じないがこの周辺には帝国兵が潜伏しているはずだ。彼らを信じて、後は狼煙が上がるのを静かに待つ。
五時を過ぎ、アルメリアはより緊張しながら息を潜めていると、フクロウの鳴き声だけが森に響いていた。呼吸を整え空を見上げる。と、受け渡し場所の方向に狼煙が上がっているのが確認できた。
アルメリアは意を決して茂みから飛び出すと、監禁場所で見張りをしている山賊の目の前に立ちはだかった。
「貴男たちがエラリィの娘を誘拐したんですね! 早く返してください!!」
「なんだ? お前」
するとその後ろからもう一人山賊が現れる。
「おい。どうした、なんなんだ」
アルメリアには誰がイーデンなのかわからない。なのでもう一人の山賊が出てくるまでその場で粘る必要があった。
「なんだ? ではありません。今ならまだ貴男たちを許すように父のエドガーに話してあげます。父は農園長をしていますから、かなり権限があるんですよ! 理解したら直ちに人質を開放してください!」
二人の山賊は、顔を見合わせにやりと笑った。馬鹿な娘だとでも思ったのだろう。そして、アルメリアに向き直ると微笑んだ。
「お嬢さん、貴女はとても勇気のある女性のようだ。貴女と話をすれば、我々のリーダーの気が変わるかもしれない。是非リーダーに会ってもらえるだろうか」
「一つお願いがあるのだが」
「はい、どんなことでしょうか?」
少し躊躇ったあとアウルスは言った。
「この地図を貸してほしい。君の領地のことが細かに書かれているから、帝国に渡したくないだろうが、今回の作戦で効果的に兵士を配置するためにこの地図は必要不可欠だ」
アルメリアは悩んだ。今は友好的だが、彼がこの国を滅ぼすと決めれば友好関係などなんの意味もなさない。この地図をおおいに有効利用して、国境沿いのこの領地から攻め込んでくるに違いなかった。
すると、その様子を見ていたアウルスは苦笑する。
「君が悩むのも当然だろう。ではほんの一部分、必要な範囲のみ書き写させて貰えないだろうか?」
相手は皇帝である。どうしても渡せと言われれば断れなかったので、この妥協案は正直有り難かった。
「わかりましたわ、どうぞ書き写してくださいませ。お気遣いいただいて有り難う御座います」
「いや、こちらも配慮が足りなかった、申し訳ない。さて、この作戦で一番重要なのは、監禁場所の監視を引き離すことだろう」
アルメリアは、それに関して一つ考えていたことがあった。
「それに関してなのですが、イーデンが監禁場所の見張り役のときに、受け渡し場所が川の近くになるようにメモで指示しますわ。本当にイーデンが味方ならば、これで監禁場所の監視を実質二人にできますもの」
「アンジー、その方法はイーデンが裏切らなければこちらが有利になるが、もしも罠だとすれば、奴らが全員で監禁場所で待ち伏せするかもしれない。それに、奴らの真の目的が君の誘拐だとしたらどうする?」
微笑んで返すと、アルメリアは言った。
「わかっております。ですから、受け渡し場所に山賊が現れ彼らを捕らえたところで、狼煙を上げ合図をして欲しいのです。私たちは、その合図があってから動き始めますわ」
「なるほど、それでイーデンが本当にこちらの味方なのかそうでないのかの確認もできるということか」
頷きアルメリアは苦笑する。
「リスクのある方法なのはわかっております。ですが、もし作戦が失敗したとしても、彼らの目的を探る手がかりにはなりますでしょう?」
「確かに。それにこの方法ならば、成功したときに奴らのうち誰か一人でも生け捕りにできるだろう。奴らには聞きたいことがあるから、我々もその方が有り難い」
そう言われ、アルメリアはアウルスが山賊の殲滅作戦を立てていたのだろうと気づいた。あまりにもアウルスが紳士的で忘れてしまいがちだが、彼が冷酷と噂されている皇帝であることを忘れてはならないと、改めて自身に言い聞かせた。
「農園の者には受け渡し場所が川の近くに決まったときに、ハンカチで合図するように話してますの」
「そうだな、奴らは農園の人間が怪しい動きをしていないか、時々監視しているようだと報告を受けている。それぐらい、慎重に動いた方がよいだろうな」
アルメリアは、内心農園の人間は山賊に監視されているだろうとは思っていたので、最初からそのつもりで動いていたが、そうしておいてよかったと改めてほっとした。そして、嘘がつけないエドガーには何も知らせずにいたエラリィたちの判断は、間違っていなかった。
アルメリアはアウルスに訊いた。
「何時に受け渡しなのかは、ハンカチの合図があってからそれとなく農園の者から訊きますわ。それで、アズルにはどうやって連絡申し上げればよろしいでしょうか?」
「今日は伝書鳩を連れてきた、君に預ける。これでいつでも連絡が取れるだろう」
「はい、そうですね。これで準備が整いましたわね」
居場所を自分に知らせるつもりはないのだと思いながら、アルメリアは微笑んで返した。
焦る気持ちを抱えつつ、普段通りに過ごしそのときを待った。そして数日後、早朝いつものように見回りをすると農園の看板にハンカチが結び付けられているのが目に入った。アルメリアは焦りを顔に出さないようにしながら、農園に入ると自然な形でエラリィに話しかける。
「おはようエラリィ。忙しいところごめんなさいね、教えてほしいことがありますの。明日の檸檬の出荷は何時なのかわかるかしら?」
エラリィは緊張した顔をしており、笑顔を作るも若干引きつっていた。
「はい、明日は早朝の五時となっています」
「そうですのね、わかりましたわ」
勤めて笑顔を作ると、アルメリアは優しくエラリィの背中を擦ってその場を後にした。
こうして受け渡し時間を聞くと、アルメリアはあらかじめアウルスから渡されていた伝書鳩に『早朝五時』と書いたメモを持たせて空に放った。
飛び立つ鳩を目で追いながら、ここまで来たら後戻りはできない、あとはみんなを信じて作戦を決行するのみだ。と、心のなかで呟いた。
作戦に備え、アルメリアは早めに休んだ。興奮して眠れないと思っていたが、暗闇で目をつぶっていれば自然と眠りに落ちていた。
頼んでいた通り、三時にメイドに起こされるとアルメリアは孤児院へ行くときと同じような格好をした。
緊張してお腹は空いていなかったが軽く食事を取ると、暗闇の中監禁場所へ向かうことにした。
屋敷から監禁場所へは、アルメリアの足で三十分はかかる。迷って遅れたりでもすれば、この作戦のすべてが台無しになるだろう。アルメリアは早めに屋敷を出ることにした。
目的地につくと、狼煙が上がるまで近くの茂みに身を潜めた。変な行動を取って山賊に怪しまれてしまえば、全てが徒労に終わることになるため、行動には細心の注意を払った。
全くと言って良いほど、なんの気配も感じないがこの周辺には帝国兵が潜伏しているはずだ。彼らを信じて、後は狼煙が上がるのを静かに待つ。
五時を過ぎ、アルメリアはより緊張しながら息を潜めていると、フクロウの鳴き声だけが森に響いていた。呼吸を整え空を見上げる。と、受け渡し場所の方向に狼煙が上がっているのが確認できた。
アルメリアは意を決して茂みから飛び出すと、監禁場所で見張りをしている山賊の目の前に立ちはだかった。
「貴男たちがエラリィの娘を誘拐したんですね! 早く返してください!!」
「なんだ? お前」
するとその後ろからもう一人山賊が現れる。
「おい。どうした、なんなんだ」
アルメリアには誰がイーデンなのかわからない。なのでもう一人の山賊が出てくるまでその場で粘る必要があった。
「なんだ? ではありません。今ならまだ貴男たちを許すように父のエドガーに話してあげます。父は農園長をしていますから、かなり権限があるんですよ! 理解したら直ちに人質を開放してください!」
二人の山賊は、顔を見合わせにやりと笑った。馬鹿な娘だとでも思ったのだろう。そして、アルメリアに向き直ると微笑んだ。
「お嬢さん、貴女はとても勇気のある女性のようだ。貴女と話をすれば、我々のリーダーの気が変わるかもしれない。是非リーダーに会ってもらえるだろうか」
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