悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー

文字の大きさ
上 下
90 / 190

第八十九話 開始の狼煙

しおりを挟む
 場所が決まると、作戦の内容の詳細をアウルスと話し合った。背後に川があると言っても、川が浅かったり川幅が狭ければ渡って逃げられてしまうことも考えられるので、走って渡れないような場所を地図上で確認しアウルスに伝えた。すると、アウルスはしばらく無言で地図を見つめたあと、さっと顔を上げアルメリアを見つめる。

「一つお願いがあるのだが」

「はい、どんなことでしょうか?」

 少し躊躇ったあとアウルスは言った。

「この地図を貸してほしい。君の領地のことが細かに書かれているから、帝国に渡したくないだろうが、今回の作戦で効果的に兵士を配置するためにこの地図は必要不可欠だ」

 アルメリアは悩んだ。今は友好的だが、彼がこの国を滅ぼすと決めれば友好関係などなんの意味もなさない。この地図をおおいに有効利用して、国境沿いのこの領地から攻め込んでくるに違いなかった。
 すると、その様子を見ていたアウルスは苦笑する。

「君が悩むのも当然だろう。ではほんの一部分、必要な範囲のみ書き写させて貰えないだろうか?」

 相手は皇帝である。どうしても渡せと言われれば断れなかったので、この妥協案は正直有り難かった。

「わかりましたわ、どうぞ書き写してくださいませ。お気遣いいただいて有り難う御座います」

「いや、こちらも配慮が足りなかった、申し訳ない。さて、この作戦で一番重要なのは、監禁場所の監視を引き離すことだろう」

 アルメリアは、それに関して一つ考えていたことがあった。

「それに関してなのですが、イーデンが監禁場所の見張り役のときに、受け渡し場所が川の近くになるようにメモで指示しますわ。本当にイーデンが味方ならば、これで監禁場所の監視を実質二人にできますもの」

「アンジー、その方法はイーデンが裏切らなければこちらが有利になるが、もしも罠だとすれば、奴らが全員で監禁場所で待ち伏せするかもしれない。それに、奴らの真の目的が君の誘拐だとしたらどうする?」

 微笑んで返すと、アルメリアは言った。

「わかっております。ですから、受け渡し場所に山賊が現れ彼らを捕らえたところで、狼煙を上げ合図をして欲しいのです。わたくしたちは、その合図があってから動き始めますわ」

「なるほど、それでイーデンが本当にこちらの味方なのかそうでないのかの確認もできるということか」

 頷きアルメリアは苦笑する。

「リスクのある方法なのはわかっております。ですが、もし作戦が失敗したとしても、彼らの目的を探る手がかりにはなりますでしょう?」

「確かに。それにこの方法ならば、成功したときに奴らのうち誰か一人でも生け捕りにできるだろう。奴らには聞きたいことがあるから、我々もその方が有り難い」

 そう言われ、アルメリアはアウルスが山賊の殲滅作戦を立てていたのだろうと気づいた。あまりにもアウルスが紳士的で忘れてしまいがちだが、彼が冷酷と噂されている皇帝であることを忘れてはならないと、改めて自身に言い聞かせた。

「農園の者には受け渡し場所が川の近くに決まったときに、ハンカチで合図するように話してますの」

「そうだな、奴らは農園の人間が怪しい動きをしていないか、時々監視しているようだと報告を受けている。それぐらい、慎重に動いた方がよいだろうな」

 アルメリアは、内心農園の人間は山賊に監視されているだろうとは思っていたので、最初からそのつもりで動いていたが、そうしておいてよかったと改めてほっとした。そして、嘘がつけないエドガーには何も知らせずにいたエラリィたちの判断は、間違っていなかった。

 アルメリアはアウルスに訊いた。

「何時に受け渡しなのかは、ハンカチの合図があってからそれとなく農園の者から訊きますわ。それで、アズルにはどうやって連絡申し上げればよろしいでしょうか?」

「今日は伝書鳩を連れてきた、君に預ける。これでいつでも連絡が取れるだろう」

「はい、そうですね。これで準備が整いましたわね」

 居場所を自分に知らせるつもりはないのだと思いながら、アルメリアは微笑んで返した。





 焦る気持ちを抱えつつ、普段通りに過ごしそのときを待った。そして数日後、早朝いつものように見回りをすると農園の看板にハンカチが結び付けられているのが目に入った。アルメリアは焦りを顔に出さないようにしながら、農園に入ると自然な形でエラリィに話しかける。

「おはようエラリィ。忙しいところごめんなさいね、教えてほしいことがありますの。明日の檸檬の出荷は何時なのかわかるかしら?」

 エラリィは緊張した顔をしており、笑顔を作るも若干引きつっていた。

「はい、明日は早朝の五時となっています」

「そうですのね、わかりましたわ」

 勤めて笑顔を作ると、アルメリアは優しくエラリィの背中を擦ってその場を後にした。

 こうして受け渡し時間を聞くと、アルメリアはあらかじめアウルスから渡されていた伝書鳩に『早朝五時』と書いたメモを持たせて空に放った。
 飛び立つ鳩を目で追いながら、ここまで来たら後戻りはできない、あとはみんなを信じて作戦を決行するのみだ。と、心のなかで呟いた。


 作戦に備え、アルメリアは早めに休んだ。興奮して眠れないと思っていたが、暗闇で目をつぶっていれば自然と眠りに落ちていた。
 頼んでいた通り、三時にメイドに起こされるとアルメリアは孤児院へ行くときと同じような格好をした。
 緊張してお腹は空いていなかったが軽く食事を取ると、暗闇の中監禁場所へ向かうことにした。

 屋敷から監禁場所へは、アルメリアの足で三十分はかかる。迷って遅れたりでもすれば、この作戦のすべてが台無しになるだろう。アルメリアは早めに屋敷を出ることにした。

 目的地につくと、狼煙が上がるまで近くの茂みに身を潜めた。変な行動を取って山賊に怪しまれてしまえば、全てが徒労に終わることになるため、行動には細心の注意を払った。
 全くと言って良いほど、なんの気配も感じないがこの周辺には帝国兵が潜伏しているはずだ。彼らを信じて、後は狼煙が上がるのを静かに待つ。

 五時を過ぎ、アルメリアはより緊張しながら息を潜めていると、フクロウの鳴き声だけが森に響いていた。呼吸を整え空を見上げる。と、受け渡し場所の方向に狼煙が上がっているのが確認できた。

 アルメリアは意を決して茂みから飛び出すと、監禁場所で見張りをしている山賊の目の前に立ちはだかった。

「貴男たちがエラリィの娘を誘拐したんですね! 早く返してください!!」

「なんだ? お前」

 するとその後ろからもう一人山賊が現れる。

「おい。どうした、なんなんだ」

 アルメリアには誰がイーデンなのかわからない。なのでもう一人の山賊が出てくるまでその場で粘る必要があった。

「なんだ? ではありません。今ならまだ貴男たちを許すように父のエドガーに話してあげます。父は農園長をしていますから、かなり権限があるんですよ! 理解したら直ちに人質を開放してください!」

 二人の山賊は、顔を見合わせにやりと笑った。馬鹿な娘だとでも思ったのだろう。そして、アルメリアに向き直ると微笑んだ。

「お嬢さん、貴女はとても勇気のある女性のようだ。貴女と話をすれば、我々のリーダーの気が変わるかもしれない。是非リーダーに会ってもらえるだろうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

処理中です...