上 下
88 / 190

第八十七話 ハンカチ

しおりを挟む
「それについては謝る必要はなくてよ? それより、最初にちゃんと相談してほしかったですわ。まぁ、今はそんなこと話してる場合じゃありませんし、この話はあとでにしましょう。それより、ドロシーたちを救うことを第一に考えなければいけませんわね」

 エラリィは顔を上げると、もう一度頭を下げた。

「お嬢様、すみませんでした。ありがとうございます!」

 それに続いて、エラリィの後ろに立っていたヴァンとクレイグも頭を下げる。

「謝らなくても大丈夫ですわ、貴男たちも辛かったでしょう? とにかく、頭を上げてちょうだい。それにわたくし貴男たちに聞きたいことがありますの」

 三人は素早く頭を上げると、エラリィが答える。

「なんでしょう? 私どもでわかることなら何でもお答えします」

「では最初から、一連のことをかいつまんで説明してちょうだい」

 エラリィは頷くと説明し始めた。その内容は、おおよそでアルメリアが調べて予測していたことと合致していた。

 山賊が一番最初にモリスの家に押し入った理由は、農園関係者で子どものいる家を探すためだったらしい。なぜエラリィたちにそれがわかったかというと、モリスは自警団の団長を勤めており町民の名簿を持っている。モリスの家に強盗に入った山賊たちは、金目のものに目もくれずその名簿のみ盗んでいったのだ。その後は農園の子どもがいる家庭ばかりピンポイントで山賊に襲われ、子どもや妻が次々に誘拐されることになったのだ。おそらく山賊たちは、その名簿をもとにあたりをつけて農園関係者の家に押し入ったに違いなかった。

 エラリィたちは、子どもや妻が誘拐されたときに『誰にも言うな、誰かに言えば子どもたちの命はない』と脅されたそうだ。どうしたものかと途方に暮れていると、向こうから要求があったそうだ。
 だが、その要求の内容は、アルメリアが思っていた発酵塩レモンのレシピではなく、クンシラン家や檸檬農園やアンジーファウンデーションすべての情報だった。流石にそれは簡単なことではない、難しい、少し時間がかかると話し、引き延ばしをして現在に至っていた。

 そもそも、重要で大切な情報は全てアルメリアの頭の中にある。それ以外の情報も、細分化された組織に少しずつわけて保管されている。農園の従業員から、クンシラン家やアンジーファウンデーションの全ての情報を引き出すのは不可能だったろう。

 全て話し終えると付け加えるように、エラリィは言った。

「それと、私たちも信用して良いのか判断に困っているのですが、山賊の中に我々に協力を申し出ている者がいるのです」

 アルメリアは予想もしなかった話に驚き、にわかには信じられないと思ったが黙って話を聞くことにした。
 エラリィ曰く、その山賊は物資受け渡しのさいにメモを渡してきたそうだ。字が読めるものにそのメモの内容を確認してもらうと、他の山賊とグループで動いていたため、無理やり犯行に加担させられている。穏便に人質を開放したいのでなにか方法が思いついたら、協力すると書いてあったそうだ。

「確かに、すぐには信用できませんわね。でも、山賊たちがそんな手の込んだことをする理由もありませんわよね」

「そうなんですよ。向こうもそんなに騒ぎを大きくしたくないでしょうし」

「その彼の名前はわかっていますの?」

「メモにはイーデンと書名がありました」

 名前までわかっているのならアウルスに確認すれば、どんな兵士だったのかわかるかもしれなかった。

「わかりましたわ、少し調べてみますわ」

 もし本当に協力してくれるのなら、だいぶ有利になるだろう。だがこれが罠ならば、全てが台無しになってしまうため慎重に対応せねばならないだろう。

 そして、肝心なことを訊きそびれたことに気づき、質問した。

「聞き忘れていましたわ、受け渡しの場所と時間はいつ決まりますの?」

「それは毎回受け渡しのときに、向こうが次回の受け渡し場所と時間を指定してくるんです」

 受け渡しは一日に一回ないし、二日に一回のペースである。それだけ間が開いていれば、なんとかこちらの準備も整うだろう。

 更に詳しく受け渡し場所を訊くと、三か所ほど受け渡しをしている場所があり日によってランダムで場所が決まるとのことだった。アルメリアは持参していた自作の地図でその三か所を確認すると、後日アウルスとどの場所が地理的にこちらが優位に動けるかを話し合うことにした。

「どの場所で人質奪還作戦を決行するかこれから決めますわ。作戦内容と場所が決まったら貴男たちにも報告しますわね」

「私たちは、毎日受け渡し場所をお嬢様に報告したほうがよろしいでしょうか?」

「いいえ、あまり変な動きをすると相手に怪しまれてしまうかもしれませんわ。日中報告することは避けましょう」

 そう言うと、エラリィは困惑した。

「ではどうやって受け渡し場所を伝えれば……」

 アルメリアは微笑むと答えた。

わたくしが指定した場所に受け渡し場所が決まったら、農園の看板にこれを結んでおいてちょうだい」

 そう言って自分のハンカチを差し出した。エラリィはそれを受け取ると驚いた顔をした。

「お嬢様、こんな高級そうなハンカチをそんなことに使ってしまってよろしいのですか?」

 アルメリアはにっこり微笑むと言った。

「かまいませんわ。それわたくしが節約のためにいらないシーツで作った、再利用のハンカチですもの」

 そう言うと、その場にいた全員がハンカチを見つめたあと一斉に笑った。






 アウルスとの連絡手段がなかったため、アルメリアは向こうから訪ねてくるのを待つしかなかった。人質のこともあり、焦る気持ちもあったがどうすることもできなかった。
 だが、アウルスはそう待つことなく訪ねてきてくれた。アルメリアがアウルスの待つ部屋へ入ると、先日会ったときと同じようにソファにゆったり座りアルメリアを待っていた。

「君のことだ、領民との調整は上手くいったとは思うが」

 アルメリアの姿を見ると、アウルスは挨拶抜きに開口一番にそう言った。

「はい、彼らとは信頼関係がありますから」

 アルメリアはそう言って苦笑した。これは素直に相談してもらえなかったことに対する、皮肉が込められていた。アウルスは困ったような顔をしたあと微笑む。

「そう言ってやるな。彼らも、君に迷惑をかけたくなかったのだろう」

 そう言って、ソファから立ち上がりアルメリアの前にくると、慰めるようにアルメリアの頭を軽くぽんぽんと撫でた。そして、手を取りソファまでエスコートした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈 
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢は死んでも治らない?! やり直しの機会を得た悪役令嬢はそれでも変わる気なし! しかもみんななぜか勘違いしてくれてチョロイw

高岩唯丑
恋愛
 ヴィオラ・グリムは贅沢三昧わがまま三昧をする、貴族令嬢だった。そして、領主の座を受け継いだ後は、さらにひどくなり、財政が傾いてもなお領民に重税を課してつなぎとめ、生活を変えようとはしなかった。  そしてついに、我慢できなくなった領民が、グリム家の遠縁であるオースティに頼り、革命が起こってしまう。これまで周りの人間を愚物と見下し、人を大事にしてこなかったヴィオラは、抵抗しようにも共に戦ってくれる者がおらず、捕まってしまい処刑されてしまうのだった。  処刑されたはずだった。しかしヴィオラが目を覚ますと、過去に戻ってきていた。そして、懲りずに贅沢をする日々。しかし、ふと処刑された時の事を思い出し、このままではまた処刑されてしまうと気づく。  考え抜いたヴィオラは、やはり贅沢はやめられないし、変わるのも嫌だった。残された手段はいくら贅沢をしても傾かない盤石な領地作りだけだった。  ヴィオラが最初に手を付けたのは社会階級の固定の撤廃だった。領地に限らず、この国ではいくら頑張っても庶民は庶民のままだ。それを撤廃すれば、領民を味方にできると考えた。  その手始めとして、スラム街の適当な人間を近衛の騎士にしてそれを証明とし、領民に公約をしようと考え、スラム街へと向かうのだった。

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...