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第八十一話 前世の知識

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 そんなことを考えていると、隣に座っていたリカオンがアルメリアに尋ねる。

「『うーつこう』とは一体なんでしょう?」

 アルメリアははっとして、リカオンに向き直る。

「ごめんなさい、説明不足でしたわね。ウーツ鋼とはネリネ国で作られている腐食に強い特殊な鋼のことですわ。別名ダマスカス鋼とも言いますの。ネリネ国では、その昔ダマスカスという国から来た匠からこの鋼の作り方を教わり、現在まで伝わったと言われておりますわ。ほらリカオン、見えるかしら? この金属をよくみると独特な縞模様がありますでしょ? これこそウーツ鋼の特徴ですわ。この縞模様からみてとれるように、何層にも金属を重ねて作られていますから、ある程度強度もありますわ」

 そう言ってリカオンに見せると、ブロン司教にも見せた。

「なるほど、だからこんなに頑丈なのですな」

 アルメリアは頷いた。

「この箱を壊すのは容易なことではないかもしれませんわね。無理して箱を焼き切れば、中身も失いかねませんし」

 そう言ってため息をつくと、続けて言った。

「箱の中身を見たければ、鍵を探すしかないようですわね。それにしてもウーツ鋼は武器などを作るのに適した鋼ですのに、箱を作るなんて本当に驚きですわ」

 ブロン司教は驚いた顔でアルメリアを見つめた。

「素晴らしいですな、そんな知識もお持ちとは。貴女のことを色々知れば知るほど、貴女と言う人がわからなくなりますな。本当に不思議な方だ」

 その意見に、リカオンとルーファスが大きく頷いた。

 アルメリアは自分の知識が豊富なのは、前世の記憶を持っているからであって、そんなに凄いことでもなんでもないのに。と、少し後ろめたい気持ちになった。

 なんとなく身の置き所がなかったので、話題を変えることにした。

「あの、ブロン司教に会ったときに、お話ししようと思っていたことがありますの」

「なんですかな?」

「以前ルフスから、こちらの経営が難しいという話を少し聞きましたわ。それで少し形を変えた支援を申し出たのですけれど」

 そこまで言うと、ブロン司教は思い出したように頷いて言った。

「その件なのですが、とてもありがたい話だと思っております。しかし、私たちとお嬢さんが公に関わりを持つことは、現状望ましくないでしょう。ですから、これらのことが解決したら改めてお願いしたい」

 アルメリアは納得した。以前ルーファスにこの提案をしてから、一切なんの返事もなくどうしたものかと思っていたが、それならば仕方がないと思った。

「そういうことでしたのね? そうですわね、箱をこちらで預かるのですもの、わたくしが関わっているとわかれば、彼らがクンシラン家を調べ始めてもおかしくはないですわね」

 ブロン司教頷きルーファスを見てから、アルメリアに視線を戻す。

「すでに貴女のところへルーファスが顔を出していることは、奴らも知っていることでしょう。王太子殿下と繋がりがあるので、容易に手出しができないだけで調べてはいるはずですから、お気をつけて下さい」

「わかりましたわ」

 確かにその通りである。それに教皇の側にはダチュラがいる。彼女が同じく転生者ならば、アルメリアについて調べているに違いなかった。そう考えたときアルメリアは、もう一つ大切なことをブロン司教に聞かなければならないことに気づいた。

「それと最後にあと一つお聞きしたいことがありますの。ブロン司教はダチュラをご存知でしょうか?」

 すると、ブロン司教は眉寝に皺を寄せた。

「あのご令嬢のことなら、よく知っております。まずは寄付金や己の色香を使って教会関係者たちに取り入ると、あっという間に本部に入り込み、スカビオサに近づき裏でなにやら画策しているようです。しかし、スカビオサとご令嬢は仲睦まじくしているように見えて、お互いに信用していないような、そんな動きがありますな。お互いがお互いを利用している、そんな関係なのでしょう。それに最初は国王に取り入ろうとしていたようですが、それが無理だとわかると最近では王太子殿下に接触をしているようすな。時々二人で会っているようです」

「お二人はお付き合いされていると思いますか?」

 すると、ブロン司教は微笑んだ。

「お嬢さん、王太子殿下とあのご令嬢が婚約してしまわないか心配ですかな?」

「いいえ、その逆です。ダチュラがとても素晴らしいご令嬢ならば、是非彼女と婚約して欲しいと思っていたのです。ですが、方々からダチュラの良くない噂を聞いて少し不安になってきたところですわ。でも、他にも素敵な婚約者候補は何人もいらっしゃるから、大丈夫だとは思いますけれど」

 ブロン司教は不思議そうにアルメリアに尋ねる。

「お嬢さんは、殿下との婚約に興味がないのですかな?」

「えぇ、わたくしは妃には向いてませんわ」

 そう言って笑った。すると、ブロン司教はリカオンの顔をちらりと見るとなんとも複雑な顔をした。

「そうですか、なぜそのように思われるのかわかりませんが、本人にその意思がないのなら仕方がないことでしょうな」

 そう言うと、もう一度箱をアルメリアの方へ差し出した。

「とても厄介なお願いだとは承知しております。ですが、私どもがこの箱を預かるよりも、お嬢さんが預かってくださった方が、より安全にこの箱の保管ができると思うのです。そういったわけで、お預かりいただけるとこちらとしては助かるのですが」

 一連の話を聞き、この箱の中に重要な証拠があるのだとしたら、自分が預かっておいた方が良いだろうとアルメリアは思った。

「わかりましたわ、お引き受けします。それに、とにかく鍵を探さないといけませんわね」

「そうですな、しかし奴も箱を取られたことでかなり警戒しているでしょう。動くとするならば、しばらく様子をみて警戒が緩んだころがよろしいでしょう」

 こうしてブロン司教から箱を預かることになったアルメリアは、今後はなにか情報や証拠を手に入れたときにだけお互い接触するように取り決めた。リスクはなるべく少なくした方がよいからだ。そうしてこの日はブロン司教と話をしたあと、子どもたちと過ごし孤児院を後にした。

 帰り道を馬車まで歩く間、リカオンにヒフラへ行くことを伝えた。

「いつからですか? もちろん僕もお供させていただきます」

 アルメリアは首を振った。

「これは仕事ではなく私用で行くのですもの、わざわざリカオンも行く必要はありませんわ」

 そう言われリカオンは不満そうに首を振る。

「いいえ、そういうわけにはいきません。それに僕自身がお嬢様と一緒にいたいのです」

 そう言って真っ直ぐアルメリアを見つめた。アルメリアは戸惑いながらも答える。

「リカオン、向こうに行く期間は二週間になるか、一か月になるかわかりませんわ。できれば貴男には残ってもらって、こちらでなにか不穏な動きがないか探っていて欲しいんですの。リカオンお願いよ、こんなこと貴男にしか頼めませんわ」

 すると、リカオンは少し不機嫌そうに言った。

「お嬢様、その言い方はずるいです。そんな言われかたをしたら、僕は断れないじゃないですか」

 そう言って、少し無言になったあと口を開いた。

「そのかわり、お嬢様にお変わりがないか必ず手紙を下さい」

「わかりましたわ、約束します。リカオン、ありがとう」

 リカオンはアルメリアに忠誠を誓っている。なので、ついてきたがる気持ちも理解できた。だが、今回は自分の私用で出掛けるのに、リカオンを連れ回すのは流石に気が引けた。それにせっかくオルブライト子爵とのわだかまりが解けたのだから、二人がゆっくり話をする時間を設けるのも悪くないのではないかと思った。

 こうしてなんとかリカオンに納得してもらうと数日後、静養名目で馬車に揺られ久しぶりにヒフラの別荘へ向かった。
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