悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー

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第八十話 謎の箱

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 アルメリアは正直がっかりした。あれだけ一生懸命探していたシルやルクなどの孤児院の子どもたちの記録が、すべて処分されてしまっているかもしれないのだ。

「では孤児院の子どもたちの記録は処分され、二度と手に入れることはできないかもしれませんのね」

 落胆の気持ちを隠せず、アルメリアがそう言うとブロン司教は首を振った。

「いえ、私はそうは思っておりません。なぜなら奴の性格からして、貴族たちを揺するのではないかと思うからです。そのためにも、詳細な記録を残す必要がありますから、書類の処分はしないでしょうな。それに私がそう思う理由もあります。里子に出された子どもが消息不明になると、教会本部より支援金が入ると言いましたね?」

 アルメリアは頷く。その支援金こそが売買の証拠である。アルメリアが頷くのを確認するとブロン司教は話を続ける。

「するとその後、必ず定期的に同じ金額の寄付を教会本部にする貴族が現れることに気づいたからです。おそらくその定期的に寄付をした貴族が子どもたちを買い、奴らに強請られていた貴族なのでしょう」

 アルメリアは気分が悪くなり、口元をてで覆うと吐き気をこらえた。慌ててリカオンが、アルメリアの背中を優しくさする。

「お嬢様、大丈夫ですか? 今日はこの辺で話をやめてもらいますか?」

「大丈夫ですわ、話をちゃんと聞いておきたいんですの」

 そう言って、深呼吸をすると自分を落ち着かせる。

「ブロン司教、ごめんなさい。もう大丈夫ですわ。話を続けてくださるかしら?」

「お嬢さん、無理をしてはいけません。今日はこのぐらいにしておきましょう」

 気を遣い、そう言ってくれたがアルメリアは数日後にはフヒラへ向かわなければならない。できれば今日話を聞いておきたかった。

「本当に大丈夫ですわ。わたくしも話の続きが気になりますし。お願いします」

 そう言ってブロン司教をじっと見つめた。

「わかりました、貴女がそう言うなら続きを話しましょう」

 ブロン司教は微笑むと、真剣な表情になり話の続きを再開した。

「その頃、我々は貴女たちがこの前発見したあの地下道を見つけました。それで何度か書類保管庫に忍びこんだのですが、これと言って決め手になるような証拠をみつけることはできませんでした。子どもたちの里子関係の書類は、あそこには保管されていなかったのです。そこで教会本部に仕事にかこつけて足繁く通い、それらしい物が保管されている場所を探しました。すると、奴がとても厳重に管理している物があるのに気づきました。それがその箱なのです」

 アルメリアは驚いて箱を見つめた。

「そのようなものを、どうやって?」

 思わず問うと、ブロン司教は笑いながら言った。

「なに、奴から箱を奪うのは簡単でしたよ。ちょっとしたハニートラップを仕掛けてやったのです。スカビオサの奴は女にだらしないところがありましてね、よく気に入った女性を教会本部に連れ込んでいました。そして、気に入った女性を呼ぶときには、誰にも見られぬように人払いをするのです。私たちはそれをを利用しました。ティムが信頼できる女性に頼みこんで奴に近づいてもらい、奴が人払いをして彼女を連れ込んだときに、眠くなる飲み物を飲ませてその隙に頂いてやったのです」

 そう言うと満面の笑みを作った。

「ですが、スカビオサも黙ってそのまま手をこまねくような奴ではありません。すぐにその女性の仕業だと気づき、女性のことを調べあげたようです。そしてティムとその女性が繋がっていることを知ると、そこから我々が裏で糸を引いていたのではないかと当たりをつけたのでしょう」

 こんな朗らかな司教が、まさかそんな大胆なことをやってのけたとは信じられなかった。にこにこと微笑んでいるブロン司教の顔を驚きで見つめているうちに、先日の冤罪事件とこの箱の関係性に気づいた。

「では司教は教皇がこの箱を取り戻すために、あの冤罪事件をでっちあげたとお考えですの?」

 ブロン司教は頷く。

「あのような適当な理由をでっちあげてまで我々を捕らえるとは、奴も随分と慌てていたのでしょう。ですが奴らの本当の目的は我々を捕らえることではなく、私の教会やティムの邸宅内にあるはずの箱を正々堂々と探し、取り戻すことだったので捕らえるための罪状などなんでもよかったのでしょうな」

 そう言うと、一旦話をやめアルメリアをじっと見つめた。アルメリアはどうしたのだろうかと思いながらブロン司教を見つめ返す。するとブロン司教は申し訳なさそうに言った。

「私はお嬢さんに、一つ謝らなければならないことがあるのです」

 アルメリアはなんのことだかさっぱりわからず、目の前の箱を見て思いついたことを口にした。

「危険なものを何も説明せず、わたくしに預けたことですの? でも箱を勝手に持ち出したのはわたくしですわ」

 それを聞いて、ブロン司教はゆっくりと首を振る。

「いいえ、違うのです。チューベローズを、奴を調べ始めたとき、一番最初に疑った貴族はクンシラン公爵のことでした。そしてお嬢さんのことも調べあげました」

 アルメリアは自分自身も少しの間両親を疑っていたことがあったことや、もし自分がブロン司教の立場ならば、絶対にクンシラン家を疑っただろうと思うと責められなかった。

「いいえ、それは当然のことですわ。わたくしでもそうします」

「ありがとう。そう言っていただけるとこちらも胸のつかえが取れます」

 頭を下げると、ブロン司教は微笑んだ。

「私はクンシラン家を調べているうちに、お嬢さんが信頼できる人物だと確信しました。そして、貴女が私設で孤児院を建てたときには、もしや貴女も教会の孤児院に対して、同じ疑念を抱いているのではないかと思ったのです。ですが貴女は教会内部の人間である私と違い、なかなか教会には手が出せないようにも見えました。ティムと私は相談し、我々になにかあったときに貴女に全て託すつもりでリカオンを預けることにしました。貴女ならリカオンを通して私どもが集めた証拠を、上手く利用することができると思ったのです。それに中立派で影響力のある公爵家の令嬢であり、王太子殿下の覚えも良い貴女の元ならリカオンは安全ですから、預けるのにも躊躇はありませんでした」

 そんな思惑があったとは知らず、リカオンをただのムスカリと教会の間者とずっと思っていた。本人がムスカリの間者であることを認めてからは、少し見方も変わったし、今に至ってはとても信頼のできる仲間だと思っている。

 ふと、隣に座るリカオンを見るとこちらに気づいて微笑んだ。落ち着いている様子なので、リカオンはブロン司教が話したことを、すべてオルブライト子爵から聞いて知っていたのだろう。

 ブロン司教は話を続ける。

「そういったことで、奴が血相変えて血眼になって探すほど大切な物がこの箱に入っているのはわかりました。ですが問題なのは、どんな鍵師にたのでも鍵を開けることができなかったことです。それにとても特殊な金属でできていて、壊そうにもびくともしませんでした」

 アルメリアはそう言われて、改めて箱を見つめそして今更ながらその金属に独特な縞模様があることに気づいた。

「これ、きっとウーツ鋼ですわ」

 ゲームの中でダチュラが鍛治師たちとウーツ鋼を輸入するイベントがあり、アルメリアはそれを覚えていた。そう考えたとき、この箱はダチュラが用意したものではないかと思った。
 以前ダチュラを調べたときに、彼女もまた転生者ではないかと考えたことがあったが、そうだと仮定すればウーツ鋼を手に入れ、隠したいものを隠す箱に使うという発想にいたったのも頷ける。
 でもなぜ教皇がこの箱を持っているのか、考えてもその理由がわからなかった。もしかすると、教皇がダチュラにこういった箱が欲しいと要求し、それをダチュラが準備したのかもしれない。
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