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第七十六話 忠誠の誓い

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 オルブライト子爵が釈放されたとの嬉しい一報が届いたのは、午前中のことだった。報告をまっていたアルメリアは自分のことのように喜び、その喜びをルーファスと分かち合った。ブロン司教も程なく釈放されたと報告を受けて、ルーファスは慌てて教会へ戻っていった。
 リカオンは今日、親子でゆっくり過ごすのだろう。そう思いながら、アルメリアは昨日から寝ていなかったのと、ほっとしたのもあり急に睡魔に襲われたので、日は高かったが少し横になることにした。

 ふと目が覚めると窓から西日が差し込んでおり、少し寝すぎてしまったかもしれないと思いながらベッドを出ると、メイドに手伝ってもらいながら着替えて身だしなみを整えた。すると、そのときペルシックがドアをノックした。

「爺、なんですの?」

「はい、実はオルブライト子爵令息が先ほどお見えになっておりまして」

 そう言われ、驚いて動きを止めるとドアの方を向く。

「リカオンが?」

「はい、さようでございます」

 こんな時間に訪問してくるとはただ事ではない。なんの用事だろうと思いつつ、リカオンを待たせている部屋へ向かった。

「リカオン」

 ソファに腰かけているリカオンに背後から声をかけると、彼は素早く立ち上がりこちらを向いて一礼した。

「どうしましたの?」

「はい、アルメリアには今までの無礼のお詫びと、今日の裁判で殿下を動かしてくれたことのお礼をしに来ました」

 あんまりにも改まった態度だったので、アルメリアは驚きながら答える。

「そんなこと気にしなくていいですわ。それにリカオンは今まで通りでいてくれないと、わたくしも調子がおかしくなりそうですわ。だから、そんなこと気にする必要はなくてよ? それより、殿下を動かしたってなんのことですの?」

「『ひまわり』のことを、殿下に報告したのはアルメリアでしょう? 殿下からはそう聞きましたが?」

 アルメリアは大きく頷く。

「あのことですのね? わたくしが動かしたわけではありませんわ。だってわたくしは、審問官がこんな証拠書類を提出しておりますが、ご存知でしょうか? と、ただ殿下にご忠告申し上げただけですもの」

 リカオンはゆっくり首を振った。

「それでも、審問官たちの支離滅裂な猛攻にさらされることなく、裁判を終えることができたのは、アルメリアが殿下にその報告をしてくれていたお陰です」

 そう言って改まると、深々と頭を下げた。アルメリアはそれを制した。

「リカオン、やめてちょうだい。そんなことする必要はないんですのよ?」

 そう言うと、窓の外を見る。

「ところで、今日は風が気持ちよさそうですわ。テラスにでも出ましょうか」

 なんとなく、リカオンがそれ以外にも話したいことがあるのではないかと思い、話しやすいように外へ誘った。リカオンは無言で頷くとアルメリアの後ろに続いた。テラスに出ると、空は茜色に染まっていた。

「夕焼けが美しいですわね」

 そう言って沈んでゆく夕日を見つめた。するとリカオンが意を決したように口を開いた。

「孤児院で渡された手紙ですが、あれは両親からのものでした。あの手紙のお陰で父とのわだかまりも解けて、今日は屋敷に戻ってから父とじっくり話し合いをしたんです。義母だと思っていた父の後妻は、僕の本当の母親でした。そして、ブロン司教の妹でもありました。それに両親はお互いを深く愛し、僕を大切に思っていてくれていたことがわかったんです」

 アルメリアは静かに聞いていた。リカオンは続けて淡々と話す。

「そんなことも知らず、僕は今まで本当に浅はかでした」

 そう言うと、リカオンも夕日を見つめる。アルメリアは今度はそんなリカオンの横顔を見つめた。

「でも、それに気づけたんですもの、良かったですわ」

 アルメリアは心からそう言った。オルブライト子爵の死を回避でき、更にはリカオンとオルブライト子爵とのわだかまりがなくなったのだから、これはアルメリアにとっても大金星だった。思わず微笑んでいると、リカオンも振り向きこちらを見て微笑み返した。

「今回のことがなければ、僕は父と和解できないまま父を失っていたかもしれません。そして、今回のことで大きく学んだことがあります。それは後悔しない生き方をすること、後悔しないように素直になること」

 アルメリアは、眩しそうに夕日に視線をもどすと答える。

「確かに、後悔しないように生きることも大切ですけれど、過去の自分の行いをすべて許し、今の自分を受け入れること。そうすることによって、後悔しない生き方をする。わたくしはそれでもいいと思いますわ。過去があって今の自分がいるんですもの、間違いなんて一つもありませんわ」

「アルメリア、その通りです。色々ありましたけれど、そのどれもがすべて僕には必要なことだったのでしょう。それと、これからの僕の人生に必要な存在を知ることもできました」

 リカオンはアルメリアをじっと見つめる。アルメリアはどうしたのかと思い、そんなリカオンを見つめ返す。するとリカオンはいつにもまして真面目な顔で言った。

「僕には、生涯貴女という存在が必要です。一生お側にいさせてください。貴女に忠誠を」

 アルメリアは慌てて返事をする。

「リカオン、そんな必要ありませんわ。そんなことをしなくても、リカオンが信頼できる人だと知っていますから」

 そう言って断ったが、リカオンは引く様子もなくずっと無言でアルメリアを見つめる。ついにアルメリアは根負けして、こくりと頷いた。
 するとリカオンはアルメリアの前に素早く跪き、左手を取ると誓いを口にした。

「私は貴女に礼儀を欠くことなく、誠実にそして謙虚に、決して裏切ることなく、欺くことなく貴女を守る盾となり、貴女の敵を討つ矛となる。リカオン・リ・オルブライトここに生涯アルメリア・ディ・クンシランに忠誠の誓いを宣誓いたします」

 そして最後に、アルメリアの左手の薬指にキスをし、立ち上がると微笑んだ。

「お嬢様、僕はこれで失礼致します。明日からも、よろしくお願いします」

 そう言って、今度はアルメリアの手の甲にキスをすると、呆気にとられているアルメリアを置いて、去っていった。


 次の日、いつものように屋敷に迎えにきたリカオンは、普段と変わった様子がなかったので、アルメリアはなんとなくほっとした。

 登城すると、一連のオルブライト子爵の裁判や、審問官の大捕物のことは城内ではさほど騒ぎになっておらず、まるで何事もなかったかのようだった。
 少しは騒ぎになっているかと思っていたアルメリアは、拍子抜けすることとなった。

「そんなものですよ、自分たちに関係ないことにはみな無関心です。僕らにも多少後ろ暗いことがあるので、騒がれなくて良かったじゃないですか」

 と、これはリカオンの弁である。城内の執務室で、それもそうかもしれない、と考えぼんやりしているアルメリアの顔をリカオンは覗き込む。

「他人のことであんなにも本気で心配するのは、誰かさんぐらいですよ」

 そう言って笑った。アルメリアは、そんなのは当たり前のことだと思いながら答える。

「大切な人のことなら、心配して手助けするのは当然ですわ」

 アルメリアが言い放ってリカオンの顔をみると、リカオンは少し戸惑ったような、照れたような顔で口元を押さえる。そして

「天然の人たらしはこれだから……」

 と、呟いた。
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