悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー

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第七十五話 裁判

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 リカオンは寝不足で疲労困憊のはずなのだが、気分は妙に高揚していた。頭の中が冴え渡り、全てがクリアに見え、敵がどんなに卑怯な手を使ってこようと勝てるような気持ちになっていた。

 証拠を裁判所へ持ち込み、静かに座って開廷を待っている間、審問官がにやにやしながらこちらを見ていたが、そんな挑発は完全に無視した。

 裁判が始まると、両手を後ろ手に縛られたオルブライト子爵が裁判所に連れてこられた。オルブライト子爵はたった一日しか拘束されていないにも関わらず、随分と頬が痩けたように見えた。目は虚ろで身だしなみも整えられていない。一見しただけで、どのような扱いを受けているかがわかった。

 リカオンは握っていた拳に力を込めた。

 オルブライト子爵は裁判官の前に連れて来られると、中央に立たされる。そして審問官によって罪状が読み上げられると、彼らは次々に偽物の証拠を提出してきた。

 審問官はまずオルブライト教区の教会から押収したとされる台帳を取り出した。そして、ここ数ヶ月の教会本部からオルブライト教区へ支援された金額、それとオルブライト教区孤児院で受け取られたとされている金額を読み上げ、それが違っていることを指摘した。
 しかもその差額と、オルブライト子爵とブロン司教が運営しているという非営利団体に流れている金額が同じであること。
 そもそも、その非営利団体の実態はないということを証明する書類。今までも、その団体を利用して、詐欺を働いてきた証拠書類など、どれをとっても嘘ばかりの出鱈目の書かれた、でっち上げの証拠書類を並べ立てていた。

 それが終わると次に、弁護側の証拠提出を言われた。それにリカオンが返事をすると、そのときになってオルブライト子爵はリカオンが来ていることに気がついたらしく、さっと顔を上げてリカオンを驚きの眼差しで見つめた。
 リカオンは素知らぬ顔で立ち上がると、台車ごと台帳を持って前に出た。先ほど審問官が言っていた支援金のあった日付を全てメモしていたので、台帳を開いてその金額を読み上げる。

 すると、背後から野次が飛んだ。

「その証拠は偽物だ! だいたいそんなもの何処から持ってきたって言うんだ!」

 リカオンは野次の聞こえた方向を振り返り、微笑んだ。

「この台帳が偽物と言うなら、その証明をお願いいたします。それとそれを言うなら貴男方が先ほど提出した書類が本物であるという証明もお願いします。まぁ、この台帳が偽物だと言うのなら、ここに書かれている教区全てが横領をしているかもしれませんねぇ。調べてもらいましょう」

 そう言うと、裁判官へ向き直る。

「そういうことで、この台帳はとても怪しい台帳らしいので、台帳に載っている教区を全部読み上げさせていただきます」

 そうやって理不尽な難癖に、リカオンも負けじとわざと理不尽な難癖をつけて返した。
 そもそもこの台帳を本物だと証明するなど簡単なことだった。教会本部の実印や教区の実印、それに筆跡などなど見比べても本物だとすぐわかるだろう。だが、正直読み上げられては困る内容もあるはずだ。

 裁判官は慌てて読み上げようとするリカオンを止めた。 

「オルブライト子爵令息、わかった。それが本物だと認めよう」

 審問官たちは納得いかない顔をしていたが、今日の裁判官を勤めることになったフィルブライト教区の司教は、この台帳が本物だとわかったようだった。
 読み上げられては困るから、本物だと認めた上でリカオンを止めるしかなかったのだろう。

 次にリカオンは、審問官たちが怪しげな団体と断じたオルブライト子爵とブロン司教の運営する団体『ひまわり』についての役割と、領地にどれだけこの団体が貢献しているかを説明した。そして国王陛下にもお墨付きをもらい、その行いを評価されているという証明書類を読み上げ提出した。
 この団体については、どこからどう見ても真っ当な団体で国も少なからず介入しているため、証明も容易かった。

 だが、ここでも野次が飛ぶ。

「その団体は架空の団体だ! そんな団体はない!! その書類そのものが偽物だ。私たちが調べたことが真実だ」

 リカオンは呆れはて、面倒くさいと思いつつも反論するため振り返った。すると、入口からムスカリが歩いてくるのが見えた。
 まさか、と思い驚愕の表情をして見ていると、その表情を見た者たちも振り返り、リカオンの視線の先に目をやる。
 そして、ムスカリの存在に気づくと口をつぐんだ。気がつけばその場にいた全員がムスカリの存在に気づき、法廷内は静まり返った。
 全員の注目を受けながらムスカリは裁判所の真ん中を、後ろに手をくんで余裕の表情でゆっくりと歩く。そして、リカオンの横を通り過ぎると裁判官の前に立ち、軽く片手を上げ微笑む。

「やぁ、大変なことになっているようだね」

 その場にいたすべての人間が、その一言で我に返り一斉に腰を低くし、頭を下げた。それを見てムスカリは笑顔で周囲を見渡す。

「そんなにかしこまらなくていい。頭を上げてかまわない」

 裁判官は頭を上げると、恐る恐るムスカリに訊く。

「殿下、今日はどのようなご用件でこちらにいらせられたのでしょうか?」

「なに、私が関わっている団体について、嫌疑がかかったというのでね。『ひまわり』というのだが、君は知っているか?」

 先ほどの威勢はどこへやら、審問官たちは震えだし、懇願するような眼差しで裁判官を見つめた。裁判官は一瞬その審問官をちらりと見て小さく首を振ると、証拠として提出されていた書類をムスカリに渡した。
 ムスカリはそれを横にいた者に渡し読み上げさせる。そうして内容を聞き終わると、声を出して笑った。

「この審問官の提出した証拠とやらは秀逸だ。王国が関わりをもっている団体について、よくもこんなことが書けたものだと感心するな。この裁判のことはよく分からないが、この証拠に関しては王国に関わりがあるので見過ごせない。本当にこの団体が架空のもので、悪事に利用されていたとなると、国がそれに関わっていたことになる。精査せねばなるまい。裁判が終わったあとに提出された証拠書類すべてと、この裁判に関わった審問官たちは、ひとり残らず私が預からせてもらおう。改めてすべて調べなければならないからな」

 そこですかさずリカオンが手を上げる。

「なんだ? 言ってみろ」

 頭を下げると、リカオンは口を開いた。

「恐れ多くも申し上げます。書類すべてと申されますと、こちらにある四年分の教会本部の出入台帳も含まれてしまいますが、いかがなさいますか?」

 ムスカリはニヤリと笑う。

「もちろんそれも預からせてもらおう」

 そう言うと、ムスカリは顔面蒼白になった裁判官の方へ向き直り、机の上の書類を軽く指でトントンと叩いた。

「で、この裁判はいつ終わるかな? 私は急いでいるんだが?」

「は、はい、被告人は証拠不十分で釈放します。これにて、へ、閉廷と致します!」

 裁判官がそう宣言すると、出廷していた審問官たちは、一斉に入ってきた兵士に取り押さえられ連行されていった。

 去り際に、ムスカリはリカオンの肩に手を置くと耳打ちした。

「国が運営に関わっている『ひまわり』について、報告してくれたのはアルメリアだ。アルメリアに感謝するといい。まぁ、私も便乗して奴らの見られたくない書類を手に入れることができたのだから、お前と立場はそう変わらないな」

 そう言うと微笑んで去っていった。
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