上 下
73 / 190

第七十二話 アルメリアはわかってない

しおりを挟む
 そう言うと、ルーファスが素早く椅子を引いてくれたのでそこに座る。それを見てリカオンは明らかに不満そうな顔をしながら、アルメリアの隣に座った。
 アルメリアはその不満そうな顔をみて、リカオンがいつもの調子に戻ったと少し安心した。だが席につくなりリカオンは予想外のことを口にした。

「助祭、今は椅子を引くことを貴男に譲りましたが、本来アルメリアのサポートは僕の仕事です。あまり余計なことをされると困ります」

 思わず驚いてリカオンの顔を凝視すると、リカオンはそんなアルメリアに気づき微笑んで返した。

「貴女のサポートをするのは僕の努めです。当然でしょう?」

 リカオンの完璧主義は知っていたが、ここまでだったかしら? と驚いていると、リカオンはアルメリアの方へ体を向け、椅子の背もたれを掴んで身を乗り出し顔を近づけると言った。

「そうですよね? それがアルメリアをサポートする、僕の特権ですよね?」

 顔をそむけたいが、背もたれを掴むリカオンの腕に阻まれて横も向けず。近い! 近い! 近いですわ! と、心の中で叫びつつ懸命に仰け反るも、もう少しで唇が接触しそうだった。焦っていると、ルーファスが二人の間に両腕を入れてリカオンを引き離した。

「今は大切な話し合いの場です。リカオンの気持ちは分からなくありませんが、こういったことは正々堂々とやるべきことでしょう」

 ルーファスはアルメリアを手で庇いながら、リカオンを見下ろした。リカオンはわかりやすい作り笑いをルーファスに向ける。

「以前は自分もやっていたこととはいえ、いざこうやって自分が邪魔をされると、こんなにも腹が立つとは思いもよりませんでしたよ。まぁ、助祭が仰ることも一理ありますね。今はその言葉に従いますよ。父のこともなんとかしなければいけませんし」

 そう言って、リカオンは居住まいを正した。アルメリアはなにがなんだかといった感じで、まったく話について行けずにルーファスとリカオンの顔を交互に見た。するとルーファスが微笑んで言った。

「私も、貴女をお守りしますから安心して下さいね」

 アルメリアは意味がわからないままとにかく頷く。するとリカオンが振り向いて苦笑した。

「助祭様、アルメリアは意味がわかっていませんよ」

「それでも、お守りする気持ちにはかわりありませんから」

 二人はしばらく見つめ合うと、ルーファスはため息をついたあとアルメリアたちの向かいに座った。

「教会本部の設計図を、わざわざ写して下さってありごとうございました。かなり精巧に写し書きされていて驚きましたよ」

 ルーファスはアルメリアの写し書の設計図をテーブルに広げ、手のひらでそれを撫でると、嬉しそうに話しだした。

「やはりあの地下の洞窟は、教会本部へ繋がっているようですね」

「それは本当ですの?」

 ルーファスは大きく頷く。

「見てください。この地下の洞窟と繋がっているように書き足された部屋。これこそ三百年前に賊に人質が拘束されたという部屋なんです。そして今はこの部屋、なんの部屋になっているかわかりますか?」  

 アルメリアはもしやと思い、設計図から顔を上げると言った。

「書類保管庫ですの?!」

「その通りです。実はアルメリアと地下の洞窟の話をしていたときに、人質たちが閉じ込められていた場所が、現在書類保管庫になっていることは気づいていました。ですが、変に期待させてはいけないと思って黙っていたのです。すみません」

 申し訳無さそうにルーファスは頭を下げると、話を続ける。 

「それと、孤児院側の通路が残されていたということは、教会本部の通路も残されているのではないかと思うのです」

 横からリカオンが難しい顔をして口を挟んだ。

「でも今までその通路は発見されなかったのでしょう? もう通路は埋められているのかもしれませんよ」

 ルーファスは微笑む。

「一瞬私もそれは考えたのですが、教会本部はここ数百年外装の修復しかしていないのです。アルメリアが登城している間に、確認のため調べてみたのでそれは確かです。なので孤児院側の通路と同様に、そこにあるけれど、気づかれずに忘れ去られている。と、思った方が良いのではないでしょうか」

 リカオンが答える。

「だとしたら、その通路の上に物さえ載せられていなければ侵入は可能ですね」

 それを受けてアルメリアは首を振った。

「書類保管庫ですわよね? 書類が数年分保管されているならば、重いもので塞がれている可能生が高いですわ。書類棚とか、そうだとしたら下から押し開けるのは難しくなりますわね」

 ルーファスは一生懸命何かを思い出そうとしていた。おそらく、書類保管庫の内部の様子を思い出そうとしてくれているのだろう。

「たぶんですが、覚えている限りでは書類保管庫にはそんなに重たい棚はなかったと思います。それには理由があります。かなり昔の話になりますが、他の教会で、図書室として利用し本棚をたくさん並べていた部屋の床が、少し窪んでしまったことがあるのです。それで調べた結果、重いものを置きすぎた、と判断されたんですよ。それ以来重いもの、特に書類や本関係を置く棚の軽量化が図られ、そんなに重くならないように、調節して物を置くようになったのですよ」

「そうなんですのね、だから孤児院の地下倉庫もとても広いのに、空間を開けて物が置かれていたんですのね?」

「そうです。教会関係者は全員が教会本部であの積み方を習っているので、それが癖になってしまっているんですよね。地下倉庫は床が落ちることはないのに……、いや違う。そうか、地下倉庫の下には洞窟があるから、床が落ちることも考えられるのですね。昔の人は、地下に洞窟があると知っていたから、あんなに余裕のある積み方をするように、我々にも言い残していたのかもしれませんね」

 ルーファスは頷いて一人納得をしている。

 とにかく、教会本部につながっている可能性が少しでもあるならば、中へ行くしかない。三人ともそんな気持ちだった。特に他の二人は知らないことだが、アルメリアはこのままだとオルブライト子爵が亡くなってしまうこともわかっていたので、特に焦る気持ちが強かった。

 その日の夜は、まず行けるところまで行って探索するだけにして、明日の夜侵入することにした。どうせ入る場所は洞窟内なので、入るのは夜でも昼でも変わりなかったが、問題なのは洞窟内に危険な生物やトラップがあるかもしれないことだった。

 ところが、その日の夕方に信じられない知らせが届いた。明日の朝一番にオルブライト子爵の裁判をするという知らせだった。無罪を証明したければ、証拠を明日の裁判のときに提出しなければならなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです

みゅー
恋愛
ヴィヴィアンは自分が転生していることに気づくと同時に、前世でもっとも最推しであった婚約者のカーランが死んでしまうことを思い出す。  自分を愛してはくれない、そんな王子でもヴィヴィアンにとって命をかけてでも助けたい相手だった。  それからヴィヴィアンの体を張り命懸でカーランを守る日々が始まった。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

【完結】異世界で婚約者生活!冷徹王子の婚約者に入れ替わり人生をお願いされました

樹結理(きゆり)
恋愛
ある時目覚めたら真っ白な空間にお姫様みたいな少女と二人きりだった。彼女は冷徹王子と呼ばれる第一王子の婚約者。ずっと我慢してたけど私は婚約したくない!違う人生を歩みたい!どうか、私と人生交換して!と懇願されてしまった。 私の人生も大したことないけど良いの?今の生活に未練がある訳でもないけど、でもなぁ、と渋っていたら泣いて頼まれて断るに断れない。仕方ないなぁ、少しだけね、と人生交換することに! 見知らぬ国で魔術とか魔獣とか、これって異世界!?早まった!? お嬢様と入れ替わり婚約者生活!こうなったら好きなことやってやろうじゃないの! あちこち好きなことやってると、何故か周りのイケメンたちに絡まれる!さらには普段見向きもしなかった冷徹王子まで!? 果たしてバレずに婚約者として過ごせるのか!?元の世界に戻るのはいつ!? 異世界婚約者生活が始まります! ※2024.10 改稿中。 ◎こちらの作品は小説家になろう・カクヨムでも投稿しています

令嬢戦士と召喚獣〈1〉 〜 ワケあり侯爵令嬢ですがうっかり蛇の使い魔を召喚したところ王子に求婚される羽目になりました 〜

Elin
ファンタジー
【24/4/24 更新再開しました。】 人と召喚獣が共生して生きる国《神国アルゴン》。ブラッドリー侯爵家の令嬢ライラは婿探しのため引き籠もり生活を脱して成人の儀式へと臨む。 私の召喚獣は猫かしら? それともウサギ?モルモット? いいえ、蛇です。 しかもこの蛇、しゃべるんですが......。 前代未聞のしゃべる蛇に神殿は大パニック。しかも外で巨大キメラまで出現してもう大混乱。運良くその場にいた第二王子の活躍で事態は一旦収まるものの、後日蛇が強力なスキルの使い手だと判明したことをきっかけに引き籠もり令嬢の日常は一変する。 恋愛ありバトルあり、そして蛇あり。 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズの序章、始まりはじまり。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズ 第一巻(完結済) シリーズ序章 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/415807748 第二巻(連載中) ※毎日更新 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/627853636 ※R15作品ですが、一巻は導入巻となるためライトです。二巻以降で恋愛、バトル共に描写が増えます。少年少女漫画を超える表現はしませんが、苦手な方は閲覧お控えください。 ※恋愛ファンタジーですがバトル要素も強く、ヒロイン自身も戦いそれなりに負傷します。一般的な令嬢作品とは異なりますためご注意ください。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...