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第六十二話 それぞれの思惑

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 するとリアムが口を開いた。

「ならばいっそのこと、檸檬農園をロベリア国最大の産業とし、輸出に力を注力するのも手かと思います。すでに現在ロベリア産のレモンと言えば、それだけで十分に人気と信用がありますから、国の方でもバックアップすればもっと利益が出るのではないかと思います」

 そう言うと、リアムもアルメリアに向き直る。

「もちろん、クンシラン家に報酬が入る仕組みにします」

 とてもありがたい提案ではあったものの、アルメリアには他の考えがあった。

「リアム、わたくしの農園を後押ししてくださってとても嬉しいですわ。でもわたくしにも考えがありますの」

 そう言ってムスカリを見ると、ムスカリは無言で頷いて発言を促した。それを受けアルメリアは意見を述べる。

「檸檬農園を作るときに水源確保に苦労しました。檸檬の栽培には大量の水を必要としますから、水源の確保は必須です。幸いクンシラン領には水源の確保できそうな地層がありましたから、井戸を掘って事なきを得ました。でも水源を確保できない土地はどうするのか、という課題が出てきますわ」

 そこでリアムが口を挟む。

「では、檸檬農園を拡大するというのは無理、ということですか?」

 アルメリアは首を振った。

「そうすると水源の確保できない領地は、どんなに土地が豊かでも他の産業を選択しなければならなくなりますわ」

 その場にいるアルメリア以外の全員が首をかしげる。そんな中アルメリアは、以前オルブライト領の孤児院へ行ったとき、孤児院裏手に豊富なわき水があったのを思い出していた。

「リカオン、確かオルブライト領は水源が豊富でしたわよね?」

 リカオンは不意をつかれ、驚いた様子で頷く。

「確かに、僕の領地はマチネシ連峰がありますから、その雪解け水で水源には困りませんが、だからといって他の領地へ水源を譲ってしまったら、オルブライト領での農耕ができなくなってしまいますから、お譲りすることはできません」

 アルメリアは首を振る。

「リカオン、水源も立派な資源ですわ。それを他の領地へ送り、使用料をもらうことによってオルブライト領は生計を立てればよろしいと思いますの。それと、全ての領地で檸檬の栽培をしてしまうと、干ばつのときに備蓄が足りずに食糧不足になる恐れがありますわ。ですから、ある程度農耕を残して置かなければいけませんわね」

「水源の使用料ですか? 思いもよりませんでしたよ、水源に価値があるなんて。流石お嬢様です、考えることが違いますね」

 リカオンはそう言って苦笑した。

 この時点でアルメリアは気づいたことがあった。それはあまりにもお金を稼ぎすぎて、周囲から金にがめつい令嬢と思われているきらいがあることだ。複雑な心境になりながらもアルメリアは話を続ける。

「要するにその土地に適した物を作ること、どの領地も必ず自給自足できる作物の生産とその備蓄をすること。日照りが続いても水源を確保できる大規模な水路の確保、これらが最優先ですわ」

 黙って話を聞いていたムスカリは、アルメリアに微笑むと口を開いた。

「わかった、それらを考慮して考えておこう。それらを成し遂げるには、数年、数十年を要するだろうな」

 そう言うと気を取り直したように言った。

「さてそれはさておき、このメンツが揃ったところで、少し話したいことがある。半年後の私の誕生日のことだ」

 その場にいたアルメリア以外の全員がさっと顔を上げてムスカリを見た。アルメリアは婚約者候補であり、ここまでムスカリがアルメリアに執着している今、誕生会でムスカリが伴うのはアルメリアに間違いなかった。
 それをここで改めて宣言するつもりなのだろうと、各々がかまえた瞬間、アルメリアが微笑んで軽く挙手した。
 ムスカリはアルメリアに向き直ると、優しく問いかける。

「アルメリア、どうした? 何か心配ごとか?」

「いいえ、殿下。恐れなから申し上げます。殿下のお誕生会なのですが、わたくしは麻疹にかかってしまって出席できそうにありません。本当に残念です」

 今度はその場にいるアルメリア以外の全員が一斉にアルメリアを見た。誰よりもムスカリが一番驚いていた。
 アルメリアはムスカリの誕生会に出席する気はなく、最初から麻疹で欠席する予定だった。だからこそ、こうして先にムスカリに伝えておけば、アルメリアに贈るためのドレスを用意する手間も省けるというものだろう。
 それに、ムスカリは今ここにはいないことになっている。こんなことを言われても文句は言えないはずだと、そう踏んでいた。
 しばらくみなが沈黙する中、ムスカリが突然声を出して笑い出した。そして、それをなんとか抑えると言った。

「なるほどそうきたか。君は本当に素晴らしいな。それならそれでこちらも考えがある。問題ない」

 そう言ってムスカリは不適に微笑んだ。アルメリアはそれを見て自分は迂闊だったかもしれない。と、今しがたの自分の発言を後悔した。
 だが、気を取り直してムスカリに忠告することにした。

「他のご令嬢たちも、殿下のお誕生会をとても楽しみにされています。特にフィルブライト公爵令嬢やパウエル侯爵令嬢、それにスペンサー伯爵令嬢も。政治的にも他のご令嬢とご一緒されることは、悪いことではありません」

 そう言ってリアムとアドニスの顔を見た。二人は頷いて見せた。

 ムスカリが誕生した前後、貴族たちは将来のお妃候補にとこぞって子供を作った。その結果、ムスカリと同年代の令息や令嬢はたくさんいる。大勢の令嬢たちが期待に胸を膨らませているのを考えると、申し訳ない気持ちがしていた。
 それにアルメリアが婚約者候補だとしても、自分の誕生会に誰を伴うかは本人に決める権利がある。誰を伴っても問題はないはずだ。
 ムスカリは少し考え頷くと答えた。

「確かにその通りだ。考慮しよう」

 そう言って微笑んだ。ムスカリから見えない角度にいたリカオンが、アルメリアに視線を送ると小さく首を振っていた。恐らくムスカリからは、逃げられないと言いたいのだろう。
 だが、ムスカリの誕生会までは半年もある。この先どうなるかは、ムスカリにもわからないだろう。なにかしら心境の変化があるかもしれない。

 そのときリアムが、なにかを思い出したかのように言った。

「殿下、発言してもよろしいでしょうか?」

 ムスカリはつまらなそうに答える。

「私はここにいない、いちいち許可を得るな」

 それを聞いてリアムは軽く頷くと、アルメリアに向かって言った。

「アルメリア、参謀が近々正式に君に相談を申し入れてくると思います。そのときは、私もご一緒させて頂くかもしれません。フィルブライト公爵令息の治療が忙しいようでしたら、こちらは時間を調節しますので教えて下さい」         

「わかりましたわ。ルーカスの治療は今のところ、これ以上わたくしにできることはありませんから、かまいませんわ」

 と、そんな話をしていると、時間はあっという間に過ぎ気づけば午後の三時を回っていた。アドニスがムスカリに言う。

「もうそろそろ戻らないと不味いのでは?」

「そうだな、これ以上ここに居てはアルメリアも迷惑だろう。今日はここまでだ」

 そう言って立ち上がる。するとその場にいる全員が立ち上がり、この日のお茶会は解散となった。
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