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第五十話 することがない
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その日屋敷に戻ると、フィルブライト公爵から使いの者が来ており、今後はアルメリアのところへ迎えの馬車をよこすので、それで毎日フィルブライト邸まで来て欲しいとのことだった。伝言がなくともアルメリアは通うつもりでいたため、この申し出は大変ありがたいものだった。
これから数ヶ月はフィルブライト公爵家に通い、ルーカスの状態をチェックし問題のある症状がないか確認せねばならない。とはいえ、特に問題のあるような症状さえでなければずっとアルメリアがルーカスについている必要はなく、必要とあらば指示をだすだけである。それならば日中のアルメリアの仕事自体には大きな支障はなさそうだった。
更にアルメリアは取り急ぎ牽引装置を作るために、領内でも腕のある時計職人を探しいつでも呼べるようにペルシックに言っておいた。この機会に作っておけば、今後同じようなことが誰かに起きたときに使うことができるので、クンシラン家にとっても損な話ではなかった。このさい、そう言った医療技術部門を作ることも検討することにした。
それから数日、アルメリアはフィルブライト家へ通った。公爵の伝言通り日中はフィルブライト家の馬車がアルメリアの行く先々で待機しており、こちらの都合の良い時間に通うことができた。
ルーカスは初の数日は痛みが強く熱もあり、薬草を使い食事以外の時間は寝て過ごしていることが多かった。そのため、アルメリアはアルから報告を受け状態を観察し、時々アルの治療に関する相談を受ける以外は、問題がなければそのまま帰るという日々の繰り返しだった。
そんな日々の中、ペルシックから腕利きの時計職人を見つけることができたとの報告を受け、さっそくその時計職人のジムを呼びだした。
「その装置なら作るのはそう難しくないと思います。ですがなにぶん私は時計職人なんで、仕掛けは設計できましても部品は腕の立つ家具職人か誰かと話し合わないと無理かもしれません」
ジムはかぶっていたハンチング帽を胸元で握りしめ、緊張した面持ちでそう答えた。
「それはわかってますわ、まずジムには設計図を作ってもらいたいんですの。部品のことはそれから話を詰めましょう。とりあえずフィルブライト家に今から一緒に向かうことは可能かしら?」
「そりゃ、もちろんかまいません。私も実際にどのように使うのか見てみないといけませんから」
アルメリアはさっそく緊張しきりのジムを連れ、フィルブライト家に向かった。そして、実際にルーカスが現在使っている簡易的な牽引装置を見せながら、どのような装置なのか、どのような仕掛けにしたいのか説明した。ジムは興味深げに話を聞き、じっくりとその装置を見ると意を決したように言った。
「任せておいて下さい。お嬢様の期待にそったものを必ずお作りします」
「ありがとうジム。よろしくお願いしますわね」
そう言うとジムは、目を輝かせて落ち着かない様子になった。どうしたのかと思って見ていると、照れ笑いをして言った。
「すみません、すぐにでも作業に取り掛かりたいので工房に戻ってよろしいでしょうか?」
アルメリアが笑顔で頷くと、ジムは深々と頭を下げハンチング帽をかぶり、勢いよく部屋を出ていった。あの様子なら期待できそうだとアルメリアは思った。
アルメリアは改めてルーカスの状態を観察すると、アルに適切な処置のアドバイスをした。ルーカスは熱が下がってきていたが、痛みのせいか食べ物が食べられないとのことで、とにかく水分を取るよう促した。そして、痛みを取るためのアルコールは固く禁じた。アルコールは治療の妨げになるが、痛み止めがないこの世界にあってはアルコールを使用するのがポピュラーな治療法となっていた。だが当然脱水作用もあるアルコールを摂取しても、良いことなどひとつもない。
今できる治療法は対処法になるが栄養と水分をしっかりとること、そして引き続き無理はせずパッションフラワーを使用し痛みを抑えることだけである。それに加え、足を引っ張っている部位の皮膚の観察などもしなければならないので、そんな事細かなアドバイスもした。
そして、ルーカスに声をかける。
「おはようルーカス。今日のお加減はどうですか?」
ルーカスは眩しそうに目を細めると、しばらくぼんやりしたのち笑顔で答える。
「おはよう、アルメリア。今、目の前に天使が見えるんだが、これは幻覚かな?」
二人は微笑みあうと、先にルーカスが口を開く。
「貴女が言った通りパッションフラワーを飲んでいるから、なんとかもちこたえているよ。あと、動けないのも辛いかな。まぁ、トイレに行く手間が省けていいけどね」
冗談を言って笑っていったが、額には汗がにじみ顔色も悪かった。
「ルーカス、炎症が収まってくれば少しは体調も良くなると思いますわ。左足はなんともありませんから、寝たままなら動かしてもよいですわよ。とにかく薬草で極力痛みを抑えて、右足は動かさないこと。それとお食事と水分はしっかり取って下さいね」
ルーカスは力なく微笑む。
「そのようだね、とにかく薬草を飲んで大人しくするしかなさそうだな……」
そう言うと薬草の効果か、すっと眠りに落ちた。アルメリアは小声でアルに話しかける。
「とりあえずは今のところ悪化してはいないようですので、私もう帰りますわね」
そう言うと、フィルブライト家を後にした。
フィルブライト家を出てそのまま登城したが、いつもより遅い時間の登城たったため、回廊で兵士たちの演習が始まってしまっていた。仕方なく見回りは午後にずらすことにして、暇をもて余したアルメリアは手作り中の絵本に取り掛かることにした。
実は初めて孤児院へ行ったときに、本が一冊もなかったことをアルメリアはずっと気にしていた。そこで子どもたちのためになにかできないかと思い、絵本を作ることにしたのだ。職人に作らせてもよかったが、それはなにか違うような気がして自分の手作りにこだわった。ちゃんとしたものでなくても良いから、アンジーとして子どもたちにプレゼントを贈りたかったのだ。
子どもたちは字が読めない。そこでまず手始めに文字の本を作ることにした。一文字一文字、字の形とそれを発音するときの口の形を絵でしるし、字が読めなくとも学べるように心がけた。
まだ三文字しか仕上がっていなかったが、焦らずゆっくり作ることにしていた。今日はやっと四文字目に取りかかれる。そう思いながら、下書きをしているとドアがノックされ、返事を待たずに扉が開いた。顔を上げずに、アルメリアはその来訪者に向かって話しかける。
「今日は午後まで特になんの予定もありませんわ。リカオンもゆっくりしていてかまいませんわよ?」
だが、返事がないため顔を上げて来訪者を見ると、そこにムスカリが立っていた。
これから数ヶ月はフィルブライト公爵家に通い、ルーカスの状態をチェックし問題のある症状がないか確認せねばならない。とはいえ、特に問題のあるような症状さえでなければずっとアルメリアがルーカスについている必要はなく、必要とあらば指示をだすだけである。それならば日中のアルメリアの仕事自体には大きな支障はなさそうだった。
更にアルメリアは取り急ぎ牽引装置を作るために、領内でも腕のある時計職人を探しいつでも呼べるようにペルシックに言っておいた。この機会に作っておけば、今後同じようなことが誰かに起きたときに使うことができるので、クンシラン家にとっても損な話ではなかった。このさい、そう言った医療技術部門を作ることも検討することにした。
それから数日、アルメリアはフィルブライト家へ通った。公爵の伝言通り日中はフィルブライト家の馬車がアルメリアの行く先々で待機しており、こちらの都合の良い時間に通うことができた。
ルーカスは初の数日は痛みが強く熱もあり、薬草を使い食事以外の時間は寝て過ごしていることが多かった。そのため、アルメリアはアルから報告を受け状態を観察し、時々アルの治療に関する相談を受ける以外は、問題がなければそのまま帰るという日々の繰り返しだった。
そんな日々の中、ペルシックから腕利きの時計職人を見つけることができたとの報告を受け、さっそくその時計職人のジムを呼びだした。
「その装置なら作るのはそう難しくないと思います。ですがなにぶん私は時計職人なんで、仕掛けは設計できましても部品は腕の立つ家具職人か誰かと話し合わないと無理かもしれません」
ジムはかぶっていたハンチング帽を胸元で握りしめ、緊張した面持ちでそう答えた。
「それはわかってますわ、まずジムには設計図を作ってもらいたいんですの。部品のことはそれから話を詰めましょう。とりあえずフィルブライト家に今から一緒に向かうことは可能かしら?」
「そりゃ、もちろんかまいません。私も実際にどのように使うのか見てみないといけませんから」
アルメリアはさっそく緊張しきりのジムを連れ、フィルブライト家に向かった。そして、実際にルーカスが現在使っている簡易的な牽引装置を見せながら、どのような装置なのか、どのような仕掛けにしたいのか説明した。ジムは興味深げに話を聞き、じっくりとその装置を見ると意を決したように言った。
「任せておいて下さい。お嬢様の期待にそったものを必ずお作りします」
「ありがとうジム。よろしくお願いしますわね」
そう言うとジムは、目を輝かせて落ち着かない様子になった。どうしたのかと思って見ていると、照れ笑いをして言った。
「すみません、すぐにでも作業に取り掛かりたいので工房に戻ってよろしいでしょうか?」
アルメリアが笑顔で頷くと、ジムは深々と頭を下げハンチング帽をかぶり、勢いよく部屋を出ていった。あの様子なら期待できそうだとアルメリアは思った。
アルメリアは改めてルーカスの状態を観察すると、アルに適切な処置のアドバイスをした。ルーカスは熱が下がってきていたが、痛みのせいか食べ物が食べられないとのことで、とにかく水分を取るよう促した。そして、痛みを取るためのアルコールは固く禁じた。アルコールは治療の妨げになるが、痛み止めがないこの世界にあってはアルコールを使用するのがポピュラーな治療法となっていた。だが当然脱水作用もあるアルコールを摂取しても、良いことなどひとつもない。
今できる治療法は対処法になるが栄養と水分をしっかりとること、そして引き続き無理はせずパッションフラワーを使用し痛みを抑えることだけである。それに加え、足を引っ張っている部位の皮膚の観察などもしなければならないので、そんな事細かなアドバイスもした。
そして、ルーカスに声をかける。
「おはようルーカス。今日のお加減はどうですか?」
ルーカスは眩しそうに目を細めると、しばらくぼんやりしたのち笑顔で答える。
「おはよう、アルメリア。今、目の前に天使が見えるんだが、これは幻覚かな?」
二人は微笑みあうと、先にルーカスが口を開く。
「貴女が言った通りパッションフラワーを飲んでいるから、なんとかもちこたえているよ。あと、動けないのも辛いかな。まぁ、トイレに行く手間が省けていいけどね」
冗談を言って笑っていったが、額には汗がにじみ顔色も悪かった。
「ルーカス、炎症が収まってくれば少しは体調も良くなると思いますわ。左足はなんともありませんから、寝たままなら動かしてもよいですわよ。とにかく薬草で極力痛みを抑えて、右足は動かさないこと。それとお食事と水分はしっかり取って下さいね」
ルーカスは力なく微笑む。
「そのようだね、とにかく薬草を飲んで大人しくするしかなさそうだな……」
そう言うと薬草の効果か、すっと眠りに落ちた。アルメリアは小声でアルに話しかける。
「とりあえずは今のところ悪化してはいないようですので、私もう帰りますわね」
そう言うと、フィルブライト家を後にした。
フィルブライト家を出てそのまま登城したが、いつもより遅い時間の登城たったため、回廊で兵士たちの演習が始まってしまっていた。仕方なく見回りは午後にずらすことにして、暇をもて余したアルメリアは手作り中の絵本に取り掛かることにした。
実は初めて孤児院へ行ったときに、本が一冊もなかったことをアルメリアはずっと気にしていた。そこで子どもたちのためになにかできないかと思い、絵本を作ることにしたのだ。職人に作らせてもよかったが、それはなにか違うような気がして自分の手作りにこだわった。ちゃんとしたものでなくても良いから、アンジーとして子どもたちにプレゼントを贈りたかったのだ。
子どもたちは字が読めない。そこでまず手始めに文字の本を作ることにした。一文字一文字、字の形とそれを発音するときの口の形を絵でしるし、字が読めなくとも学べるように心がけた。
まだ三文字しか仕上がっていなかったが、焦らずゆっくり作ることにしていた。今日はやっと四文字目に取りかかれる。そう思いながら、下書きをしているとドアがノックされ、返事を待たずに扉が開いた。顔を上げずに、アルメリアはその来訪者に向かって話しかける。
「今日は午後まで特になんの予定もありませんわ。リカオンもゆっくりしていてかまいませんわよ?」
だが、返事がないため顔を上げて来訪者を見ると、そこにムスカリが立っていた。
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