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第四十五話 ムスカリの罠

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 このときになってやっとアルメリアは、自分が嵌められたのだと気づいた。このお茶会はお妃候補を選ぶものではない。最初からアルメリアをお妃候補としてみなに知らしめるためのお茶会だったのだ。テイラー侯爵令嬢がお茶をかけたのは計算違いだったようだが、メイドがお茶をかけたのはアルメリアを着替えさせるための作戦だったのだろう。
 そしてプレゼントされたドレスを着て登場したアルメリアは、王太子殿下のエスコートで王妃の横に座る。完璧な演出だ。ここまですれば発表はしていなくともアルメリアが婚約者候補の筆頭だと誰でも思うだろう。

 しかもこうなっては、アルメリアが堂々とお茶会に遅刻し、それを王妃が咎めなかったことも裏目に出ることになった。末席に座り王妃から声もかけられずに終わっていれば、遅刻したことによって嫌われた令嬢という扱いになったはず。だがこのように特別扱いを受けては、アルメリアが無礼を働いても王妃が許すぐらい王妃とアルメリアが親しい間柄である。と公言した形になってしまったからだ。

 アルメリアは沈む気持ちを顔にださぬよう、作り笑顔を顔に貼り付けた。ムスカリはそんなアルメリアの変化に気づいたようで優しく囁いた。

「どうした、アルメリア。緊張しているのか? 大丈夫、心配するようなことはなにもない」

 とんでもないことでございます殿下! 心配する要素しかございません! と、叫びそうになるのをぐっとこらえる。婚約の話が公のものであれば、遠回しにやんわり断ることもできるだろうが、こういったやり方をされては断ることもできない。
 アルメリアは居住まいを正すと、静かに深呼吸し気分を落ち着かせ周囲を見回す。すると、招待された令嬢たちの嫉妬の眼差しがアルメリアに注がれており、とりわけフィルプライト公爵令嬢からのねめつけるような視線が痛かった。いたたまれない気分になっていると、王妃が優しくアルメリアに話しかける。

「本当に久しいわね、アルメリア。クンシラン公爵も色々あったようだし、それで卿が貴女を遠方にやって……それ以来かしら?」

「はい、長い間ご無沙汰いたしまして、大変申し訳ございませんでした」

「まぁ、いいわ。それに、わたくしよりも会えなくて辛い思いをした人間がいてよ?」

 王妃はアルメリアの後方に視線を移す。その視線の先にはおそらくムスカリがいる。アルメリアは恐ろしくて振り向けないでいた。

「アルメリア、こっちを向いて?」

「はい、王太子殿下。仰せのままに」

 意を決してムスカリへ向き直り頭を下げた。

「ほら、顔を上げて」

 そう言われ顔を上げると、ムスカリはアルメリアの座っている椅子の背もたれに腕を乗せ、こちらに体を向け顔を寄せ熱のこもった瞳で見つめていた。あまりの距離の近さに一瞬どうして良いか戸惑うが、なんとか取り繕い微笑んで返した。

 アルメリアは内心、王太子殿下は公爵令嬢一人落とすためにここまでするものなのか、と驚いた。

「君が城下へ戻ってきたから、これからは会おうと思えばいつでも会える。君は毎日登城しているし、今後は時間を作って、君の執務室にも失礼させてもらうこともあるだろう」

「わかりました、お待ち申し上げております。わたくしも以前からずっと、殿下と二人きりでお話ししたいと思っておりました」

 ムスカリはアルメリアの返事を聞くと、嬉しそうな顔をした。アルメリアが婚約に乗り気になったと思ったのだろう。だが、そのときのアルメリアは、ムスカリとの婚約回避が叶わなかった場合に、問題なく無事に婚約解消できる方法を考えていた。そして導き出された考えは、ムスカリが誰かを好きになったときに、揉めることなくすぐに婚約解消できるよう契約内容にその旨を盛り込むことだった。そしてその口裏合わせをするためにも、二人きりで会って話をする必要がある。
 もちろん、この考えはムスカリの思惑とは違っているかもしれない。だが、ムスカリも国王陛下から命令され、好きでもないアルメリアと婚約を余儀なくさせられるのだから、いつでも婚約解消できるようにするというのは悪い話ではないはずだ。

 あれやこれと思考を巡らせているアルメリアをよそに、ムスカリは、ふとアルメリアのドレスに視線を落とす。

「ところで、そのドレスは気に入ってくれたかな?」

「はいもちろんでございます。まさか、こんなすてきなドレスをいただけるとは思っておらず、驚いてしまいました。こんなにすてきなドレスを、ありがとうございます」

 正直そう言うしかない。ムスカリは満足そうに微笑んだが、なにか気づいたように言った。

「いや、私の趣味を押し付けてしまったね、すまない。今度からドレスをプレゼントするときは、君と相談しながらデザインさせよう」

 ということは、今後もドレスを送るということだろう。アルメリアは首を振る。

わたくしごときにそのようなこと、もったいないことでございます」

 そう言って、王妃には聞こえないようにムスカリの耳元に顔を近づけ、小声で囁く。

「こういったことは、本当に好きな女性にして差し上げて下さいませ」

 そして、改めてムスカリの顔を見つめると、満面の笑みを向ける。ムスカリは驚いてアルメリアの顔をしばらく見つめ頷いた。

「君は思っていたよりも可愛らしい人だったのだな。そんなおねだりをされたのは初めてだ。わかった、次の舞踏会では期待を裏切らないようにする」

「それがよろしいかと存じます」

 すると、隣で二人の様子を見ていた王妃がふふっと笑った。驚いて振り向くと、王妃は満面の笑みでムスカリとアルメリアを見つめていた。

「久々の再会でしたけれど、上手くまとまったようね」

 アルメリアはなんとか笑顔を崩すことなく、微笑み返した。王妃の言う『上手くまとまった』とはどういった意味なのか、考えるだけでも眩暈めまいがしそうであった。
 その後もお茶会の間はムスカリがずっとアルメリアのそばを離れなかった。そのお陰で王妃とムスカリに挟まれたまま、居心地の悪い時間をひたすら作り笑顔で乗り切らねばならなかった。

 帰りぎわ、ムスカリはアルメリアの手を取ると言った。

「必ず君の執務室に行く。約束は守ろう」

「いいえ、殿下。ご無理をなさらず。わたくしとの約束など、些末なことでございます。では、本日は楽しい時間を有り難うございました。御前を失礼致します」

 そう言って一礼すると、その場を後にした。
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