上 下
42 / 190

第四十二話 キャサリンとの邂逅

しおりを挟む
 おしゃべりしながら食事を楽しむと、食べ終わった子どもから順に自分の食器を片付け、遊びに外へ飛び出す。アルメリアも食器を片付けると、子どもたちの遊びに付き合った。リカオンは男の子たちに囲まれ、抱っこやら肩車やらねだられている。
 そうこうしているうちにひとり、ふたりと重たくなった瞼を擦る子が出始めた。他の子より少し年上なエイダが、後ろからアルメリアの服の裾を引っ張った。

「アンジーお姉ちゃん、ケイトちゃんが眠いって!」

 ケイトは最後に両親からもらったという大切なマフラーをぎゅっと抱きしめながら不貞腐れたように言った。

「まだ、眠くないもん」

「嘘だぁ、ケイトがそのマフラー出してくるときは眠いときだもん」

 アルメリアは慌ててルーファスにお昼寝の準備をするか確認した。この世界でも幼い子どもたちはお昼寝をする。

「おや、もうそんな時間でしたね。では準備をしましょう」

 目を擦っていた子どもたちは、ベッドへ連れていくと早々に布団に潜り込みすぐに眠りに落ちた。何人かの子たちはアルメリアたちがいるせいもあり、興奮して眠れないようだった。
 アルメリアはタオルケットを持つと、ソファへ座り眠れない子どもたちを集め横に座らせる。
 本を読んで聞かせようとしたが、印刷技術がないこの世界では、本はとても高価なものだった。
 もちろん孤児院にそんな高価な本が置いてあるはずもなかった。
 そこで、アルメリアは自分の知っているシンデレラや白雪姫、人魚姫などの物語を話して聞かせた。話し始めると、最初はきらきらと瞳を輝かせて聞いていた子どもたちも、次第に眠りに落ちていった。
 全員が眠りについたところで、リカオンと協力してそっとベッドへ寝かせる。
 タオルケットが足りなかったので探そうとリネン庫へ行くと、どこにしまっているのだろうと思い見回した。

「タオルケットはそこの棚」

 振り向くとここでは一番年上のキャサリンが立っていた。
 キャサリンは他の子より年上なのもあるだろうが、なんとなく人を信用してないような一歩引いた距離感を保つ子だった。ここに来るまでにきっとなにかあったのだろう。今日来たばかりのアルメリアが、知ったふうに声をかけ信用を得ようなんておこがましいと思い、あまり声をかけずにいた。

「場所がわからない私のために、わざわざついてきてくれたの? ありがとう」

「べつに。お姉さんが探しまくって、散らかされても困るし」

 その様子を見て、誰かに似ているとタオルケット片手にぼんやりキャサリンを見つめる。

「なに? 生意気とか言うわけ?」

「違うの。誰かに似ていると思って……」

 アルメリアは誰に似ているのか、キャサリンを見つめながら考える。そして気づいた。

「リカオンだわ! 貴女、弟のリカオンにそっくりなのよ」

 キャサリンは驚いた顔をしたあと、気を取り戻したようにアルメリアを睨むと言い返す。

「で? 弟のリカオンも私も嫌いってわけよね。ムカつくんでしょ?」

 アルメリアは微笑んだ。

「なにいってるの、本当に可愛いわね。とってもいい子なのに、そうやって突っ張ってるところとか、うまく付き合うことができなくて生意気なこと言っちゃうところとか。本当にたまらないのよね」

 そう言って思わずキャサリンの手を取って両手で包み込んだ。

「ちょっと! 離してよ! 馬鹿にしてんの?」

 アルメリアはそう言われてすぐに体を離す。

「ごめん、嫌だったよね。でも貴女みたいな子、大好きなのよね。もちろん弟のリカオンも大好きよ?」

 そう言うと、キャサリンは顔を赤くした。

「べつに、あんたの手暖かくて嫌じゃないけど。って、う、うるさいんだから! あんたなんて早く帰っちゃえばいいのに」

 そう言ったあと、キャサリンは言ったことを後悔したような顔をしてアルメリアを見つめた。アルメリアは優しく頷く。

「うん、わかった。また来るからね?」

 そう返すと、キャサリンは顔を赤くしたままダッシュで去っていった。

「本当に、リカオンそっくり。ツンデレで可愛いのよね。リカオンもだけど、周囲の大人がみんなあの性格を理解してくれるといいんだけど」

 アルメリアはそう呟くと、寝室へ戻った。

 寝室でタオルケットをかけて、全員寝ているのを確認すると、肩を叩かれる。振り向くとソフィアがアルメリアたちを呼んでいた。

「お疲れ様、お茶にするよ」

 ソフィアは小声でそう言って、アルメリアとリカオンを厨房へ連れてきた。

「今日初めてだってのに、あんたたち凄いね。もう一週間ぐらいここにいるみたいじゃない」

「いいえ、ソフィアさんが色々助けてくれるお陰です。お手を煩わせてすみません、ありがとうございます」

 そう言って軽く頭を下げ、お茶をいただく。

「ところであんたたち、この孤児院の裏にはものすごく綺麗な泉があるんだよ。せっかく来たんだから、見たことないならそのお茶を飲んだあといっておいで」

 アルメリアは仕事を抜けるのは申し訳なく思ったので断ることした。

「いいえ、今日は仕事なので……」

「見てみたいです。姉さんと一緒に行ってきますね!」

 アルメリアが話しているのを遮って、リカオンが強引に返事をした。驚いてリカオンの横顔を見つめると、こちらを向いて笑顔で言った。

「ね、行こうよ姉さん」

 アルメリアは思わず頷く。リカオンが自己主張をすることは少ない。そのリカオンが行きたいのならそれもかまわないと思った。アルメリアはソフィアに向き直る。

「すみません、なるべく早く戻りますね」

「いいよ、ゆっくりしといで。行き方を教えてあげるよ」

 ソフィアは優しく微笑んで行き方を説明した。そんなに遠くなく、本当に孤児院の裏手のようだった。

「はぐれるといけないから、ふたりとも手をつないで行った方がいいよ」

 姉弟でも腹違いと話してあるせいか、なぜかソフィアがアルメリアとリカオンをくっつけようとしているように感じた。
 アルメリアがそんなソフィアに苦笑いをしていると、なぜかリカオンがアルメリアの手を握り先を歩き始めた。

「リカオン、ソフィアはふざけているだけですわ。無理しなくても大丈夫ですわよ?」

 そう小声で呟く。リカオンは振り向きもせずアルメリアに答える。

「無理はしていないので大丈夫です。はぐれたら困るでしょう?」

 それもそうかと思い直し、アルメリアはリカオンの手を握り返した。

 孤児院の裏の林を通り抜けると、すぐに泉にたどり着いた。エメラルドグリーンと所々ブルーの澄んだ大小の丸い美しい泉が数個あり、とても神秘的な景色だった。

「綺麗! こんなに素敵な泉がこんなに近くにありましたのね!」

「そうです。ここの水を飲むと健康に良いとか、そんなことを言われていますよ」

 オルブライト領のことなので、流石に泉のことをリカオンは知っていたようだ。それなのに、何故リカオンはここに来たがったのだろう。そう思っていると不思議そうに見つめているアルメリアに気づいたのか、気まずそうにリカオンは口を開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈 
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 暗躍編ー

愚者 (フール)
恋愛
エテルネルの筆頭公爵令嬢プリムローズ・クラレンスは、周りが誰もが認める才女。 わずか10歳で自国の学業を終えて、孤高の島国ヘイズへ意気揚々留学をしに向かっていた。 彼女には何やらどうも、この国でしたい事があるようだ。 未開の地と他国から呼ばれる土地へお供するのは、専属メイドのメリーとヘイズに出身で訳ありの護衛ギル。 飼い主のプリムローズと別れたくない、ワガママな鷹と愛馬までついて来てしまう。 かなり変わった、賑やかな珍道中になりそう。 その旅路のなかで、運命的な出逢いが待っていた。 留学生活はどうなるのか?! またまた、波乱が起きそうな予感。 その出会いが、彼女を少しだけ成長させる。 まったりゆったりと進みますが、飽きずにお付き合い下さい。 幼女編 91話 新たなる王族編 75話 こちらが前作になり、この作品だけでも楽しめるようにしております。 気になるかたは、ぜひお読み頂けたら嬉しく思います。

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...