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第三十九話 リアムの苦悩
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資金援助を必要としなくなったクンシラン家のアルメリアとムスカリとの婚約を好条件で結ばせたい国王陛下は、なんとしてでもムスカリにアルメリアを落とさせる必要があるのだろう。
だが、ダチュラがすでに動き出している。今は国王陛下に言われアルメリアを落とすのに夢中なムスカリも、そのうち直ぐにダチュラに夢中になるだろう。そうなったときアルメリアと婚約していては、国王陛下の思惑とムスカリの気持ちにずれが生じて、ムスカリがアルメリアに何らかの罪を着せて追放しかねない。ムスカリとアルメリアの関係はそんなものだ。
「好意を持たれる理由がありませんわ。それに、数年も会っていませんのよ? 好意をもつ時間がいつありまして?」
「アルメリア、人が恋に落ちるのに時間は必要ありませんよ。私は殿下が女性をあのような眼差しで見つめるのを初めて見ました。相手は殿下です。どんな理由をつけて断ろうと、強引に話を決めることも考えられます。それに、一度婚約が決まってしまっては覆すことはできません。君にその気がないのなら、あまり近づかない方が懸命でしょう」
好意云々に関しては意見は違えど、強引に決められる可能性もあるということや、あまり近づかない方が良いという意見はアルメリアの考えと一致していた。
アルメリアは頷く。
「えぇ、その通りですわね。気を付けます」
すると、横でずっと黙って話を聞いていたのかルーファスが口を挟んだ。
「貴族も色々大変なのですね。ところで、もしもの話なのですが婚約されていても、王太子殿下より位の上の人物がそれに意を唱えた場合は、婚約は反故にされるということはあるのでしょうか?」
話を聞かれていたことにも驚いたが、ルーファスがなぜそんな質問をするのかと訝しんでいると、彼は取り繕うように言った。
「横から急に質問したりしてすみません。話が聞こえてしまっていたものですから。それで純粋に疑問に思ったのです。もしも隣国の皇帝がその婚約に意義を唱えたらどうなります?」
現状では隣国の皇帝の方が、ロベリア国の王太子殿下よりは立場は上だ。皇帝が婚約に意義を唱えた場合、婚約は反故にされるだろう。
「もちろん婚約の話はなかったことになりますわね。でも、グロリオサ帝国とロベリア国は地理的に微妙な関係ですわ。クラディウス皇が、そんな軽はずみなことをなさるはずはないと思いますの」
ルーファスは少し考える。
「そうでしょうか? お二人の話を聞いていて思ったのですが、クンシラン公爵家が名門ならば、微妙な立場のグロリオサ帝国からもそのような話があってもおかしくはありませんよ。その代わりに、グロリオサ帝国からロベリア国が妃を迎えれば、友好関係も築けますから。もしもどうしても王太子殿下と婚約をしたくないのならば、グラディウス皇に話をされるのもよろしいのではないでしょうか」
話を静かに聞いていたリアムが不機嫌そうに答える。
「それでは結局アルメリアが意にそぐわない婚約をしなければならないだろう? それでは意味がないよ。それに、君は知らないのか? 現皇帝のアウルス・クラウディウス・プルケルという人間を。先帝が亡くなって若干十二歳で皇帝となり、次々に部下たちを粛清した冷酷な人物だ。先帝も実は彼が暗殺したのではないかと囁かれている。そんな人物に君はアルメリアを献上するつもりなのか?」
ルーファスは驚き、申し訳なさそうにした。
「すみません、軽はずみな発言をいたしました」
慌ててアルメリアが仲裁に入る。
「リアム、そんなに心配しなくとも、まだ私の婚約が決まったわけではありませんから。それに、ルフスだって私のことを思って色々思考を巡らせてくれたのですわ。そんなに怒らないでくださいませ。でもそんなに真剣に考えてくださってありがとう、とても嬉しいですわ」
「君がそう言うなら、それで良いが」
リアムが不満そうにそう答えると、そこに突然リカオンが話しかけてきた。
「あまり良く聞こえませんでしたけれど、なにやら楽しそうなお話しをされているようですね。なんのお話をされているのですか?」
「少し隣国の皇帝の噂をしておりましたの。お会いしたことはないのですけれど、とても聡明な方なのですね」
アルメリアがにっこり微笑んでそう答えると、明らかにリカオンは鼻白んだ顔をした。
「そうですか」
訊いても無駄だとわかったのだろう。そんなリカオンは放置し、アルメリアはリアムに向かって言い放つ。
「とりあえずは、王室のお茶会を無難にこなして見せます。色々気を付けるので、大丈夫ですわ」
アルメリアは周囲の心配をよそに、にっこり微笑んで新しく出されたお茶を楽しんだ。
特にアルメリアの執務室に訪れる者がいなくても、こうして毎日城内を挨拶して歩いたり、お茶会に参加するだけでも有用な情報を手に入れることができていた。城内で情報を入手しては、屋敷に戻ってからペルシックに指示を出すという日々が続いた。
リカオンには今回してやられた。アルメリアは正直、リカオンは王室側ではなく、チューベローズ教と深く関わっていると思っていた。
なぜならリカオンの父親であるオルブライト子爵が、オルブライト教区の司教であるブロン司教と幼馴染みであり、教会派閥に属しているからだった。
ところが今回のことでリカオンが王室、特に王太子殿下とも深く関わりを持っているとわかった。これはかなりの収穫でもあった。
リカオンはアルメリアのことをただの好奇心旺盛な公爵令嬢と思って油断しているのか、それとも王室と関わりを持っているとあえてわかるように行動し、牽制しているのかのどちらかだろう。どちらにせよ、アルメリアは実際に好奇心旺盛なので、特に演じる必要もなくそのまま振る舞ってきた。
なので今のところ、王室になにを報告されてもなんの問題もないが、今後はリカオンから王太子殿下にアルメリアの行動や、嗜好などが筒抜けになることを念頭に置いて行動せねばなるまいと思った。
そしてダチュラの動きも気になるところだった。屋敷に戻りすぐにクインシー男爵、特に娘のダチュラについて調べるようにペルシックへ指示を出すと、ペルシックはなんの疑問も口にせずに指示にしたがってくれた。
ペルシックに嘘をつきたくないアルメリアは、なぜ調べる必要があるのか質問されてもうまくは答える自信がなかったので、それはとてもありがたかった。
だが、ダチュラがすでに動き出している。今は国王陛下に言われアルメリアを落とすのに夢中なムスカリも、そのうち直ぐにダチュラに夢中になるだろう。そうなったときアルメリアと婚約していては、国王陛下の思惑とムスカリの気持ちにずれが生じて、ムスカリがアルメリアに何らかの罪を着せて追放しかねない。ムスカリとアルメリアの関係はそんなものだ。
「好意を持たれる理由がありませんわ。それに、数年も会っていませんのよ? 好意をもつ時間がいつありまして?」
「アルメリア、人が恋に落ちるのに時間は必要ありませんよ。私は殿下が女性をあのような眼差しで見つめるのを初めて見ました。相手は殿下です。どんな理由をつけて断ろうと、強引に話を決めることも考えられます。それに、一度婚約が決まってしまっては覆すことはできません。君にその気がないのなら、あまり近づかない方が懸命でしょう」
好意云々に関しては意見は違えど、強引に決められる可能性もあるということや、あまり近づかない方が良いという意見はアルメリアの考えと一致していた。
アルメリアは頷く。
「えぇ、その通りですわね。気を付けます」
すると、横でずっと黙って話を聞いていたのかルーファスが口を挟んだ。
「貴族も色々大変なのですね。ところで、もしもの話なのですが婚約されていても、王太子殿下より位の上の人物がそれに意を唱えた場合は、婚約は反故にされるということはあるのでしょうか?」
話を聞かれていたことにも驚いたが、ルーファスがなぜそんな質問をするのかと訝しんでいると、彼は取り繕うように言った。
「横から急に質問したりしてすみません。話が聞こえてしまっていたものですから。それで純粋に疑問に思ったのです。もしも隣国の皇帝がその婚約に意義を唱えたらどうなります?」
現状では隣国の皇帝の方が、ロベリア国の王太子殿下よりは立場は上だ。皇帝が婚約に意義を唱えた場合、婚約は反故にされるだろう。
「もちろん婚約の話はなかったことになりますわね。でも、グロリオサ帝国とロベリア国は地理的に微妙な関係ですわ。クラディウス皇が、そんな軽はずみなことをなさるはずはないと思いますの」
ルーファスは少し考える。
「そうでしょうか? お二人の話を聞いていて思ったのですが、クンシラン公爵家が名門ならば、微妙な立場のグロリオサ帝国からもそのような話があってもおかしくはありませんよ。その代わりに、グロリオサ帝国からロベリア国が妃を迎えれば、友好関係も築けますから。もしもどうしても王太子殿下と婚約をしたくないのならば、グラディウス皇に話をされるのもよろしいのではないでしょうか」
話を静かに聞いていたリアムが不機嫌そうに答える。
「それでは結局アルメリアが意にそぐわない婚約をしなければならないだろう? それでは意味がないよ。それに、君は知らないのか? 現皇帝のアウルス・クラウディウス・プルケルという人間を。先帝が亡くなって若干十二歳で皇帝となり、次々に部下たちを粛清した冷酷な人物だ。先帝も実は彼が暗殺したのではないかと囁かれている。そんな人物に君はアルメリアを献上するつもりなのか?」
ルーファスは驚き、申し訳なさそうにした。
「すみません、軽はずみな発言をいたしました」
慌ててアルメリアが仲裁に入る。
「リアム、そんなに心配しなくとも、まだ私の婚約が決まったわけではありませんから。それに、ルフスだって私のことを思って色々思考を巡らせてくれたのですわ。そんなに怒らないでくださいませ。でもそんなに真剣に考えてくださってありがとう、とても嬉しいですわ」
「君がそう言うなら、それで良いが」
リアムが不満そうにそう答えると、そこに突然リカオンが話しかけてきた。
「あまり良く聞こえませんでしたけれど、なにやら楽しそうなお話しをされているようですね。なんのお話をされているのですか?」
「少し隣国の皇帝の噂をしておりましたの。お会いしたことはないのですけれど、とても聡明な方なのですね」
アルメリアがにっこり微笑んでそう答えると、明らかにリカオンは鼻白んだ顔をした。
「そうですか」
訊いても無駄だとわかったのだろう。そんなリカオンは放置し、アルメリアはリアムに向かって言い放つ。
「とりあえずは、王室のお茶会を無難にこなして見せます。色々気を付けるので、大丈夫ですわ」
アルメリアは周囲の心配をよそに、にっこり微笑んで新しく出されたお茶を楽しんだ。
特にアルメリアの執務室に訪れる者がいなくても、こうして毎日城内を挨拶して歩いたり、お茶会に参加するだけでも有用な情報を手に入れることができていた。城内で情報を入手しては、屋敷に戻ってからペルシックに指示を出すという日々が続いた。
リカオンには今回してやられた。アルメリアは正直、リカオンは王室側ではなく、チューベローズ教と深く関わっていると思っていた。
なぜならリカオンの父親であるオルブライト子爵が、オルブライト教区の司教であるブロン司教と幼馴染みであり、教会派閥に属しているからだった。
ところが今回のことでリカオンが王室、特に王太子殿下とも深く関わりを持っているとわかった。これはかなりの収穫でもあった。
リカオンはアルメリアのことをただの好奇心旺盛な公爵令嬢と思って油断しているのか、それとも王室と関わりを持っているとあえてわかるように行動し、牽制しているのかのどちらかだろう。どちらにせよ、アルメリアは実際に好奇心旺盛なので、特に演じる必要もなくそのまま振る舞ってきた。
なので今のところ、王室になにを報告されてもなんの問題もないが、今後はリカオンから王太子殿下にアルメリアの行動や、嗜好などが筒抜けになることを念頭に置いて行動せねばなるまいと思った。
そしてダチュラの動きも気になるところだった。屋敷に戻りすぐにクインシー男爵、特に娘のダチュラについて調べるようにペルシックへ指示を出すと、ペルシックはなんの疑問も口にせずに指示にしたがってくれた。
ペルシックに嘘をつきたくないアルメリアは、なぜ調べる必要があるのか質問されてもうまくは答える自信がなかったので、それはとてもありがたかった。
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