35 / 190
第三十五話 美しいアルメリアの手
しおりを挟む
そう言って立ち上がろうとするのを、アルメリアは引き止める。
「ルフス、お待ちになってくださるかしら? 今日お暇なら、お願いがありますの。私とお茶の時間に共用のドローイング・ルームにご一緒してくださらないかしら? お茶の時間まではこちらでお過ごしになられればよろしいですわ」
かなり強引な誘い方だったが、ルーファスは嫌な顔一つしなかった。
「よろしいのですか? ご迷惑じゃ」
「いいえ、こちらこそ迷惑ではありませんこと?」
ルーファスは首を振り
「私も行ってみたいとは思っていたのです。ですがやはり、気が引けてしまって行けずにいたので、ご一緒できれば嬉しいです」
そう言うと微笑み返した。
アルメリアは今朝、アドニスから『領内での用事で、本日はお茶をご一緒することができません』と連絡を受けていた。なので、共用のドローイング・ルームへ行くにはちょうど良い機会だと思っていた。
どういうことかというと、数日前からアドニスには共用のドローイング・ルームに一緒に行ってもらえないか頼んでいたのだが、なんだかんだ言って断られていたからだ。アドニスは恐らく共用のドローイング・ルームが嫌いなのだろう。
リアムやスパルタカスに頼んでも良かったのだが、優先的にアドニスとお茶をすると約束をしている手前、アドニスを無視してリアムやスパルタカスに付き添いを頼むのは流石に気が引けた。
ならば無理に一緒に付き添いをお願いして行くよりも、アドニスのいないときに行ってしまった方が良いだろうとアルメリアは考えていた。
それに今ここでルーファスを誘ったのは、共用のドローイング・ルームへ行ったときに教会の人間と一緒にいれば、信頼感があり他から声がかかりやすくなるのではないかと思ったからだった。
胸の前で両手を合わせ、アルメリアは満面の笑みを作る。
「良かったですわ。ではお茶まで時間もありますし、それまで話し相手になってくださると嬉しいですわ。私できればもっと教会のことを知りたいんですの」
先ほど見た、教皇とダチュラが一緒にいたという事実も気になっていたし、それとなく色々探りを入れたかった。
「私が話し相手で良ければいくらでも」
ルーファスは胸に手をあてて軽く頭を下げた。
「では、それまでの間私のドローイング・ルームでゆっくり過ごしましょう」
アルメリアたちは、ゆったり話ができるよう場所を移した。専用のドローイング・ルームでソファに腰を下ろすと、アルメリアは早速聞きたかったことを質問した。
「そういえば、教皇がいらせられているのを見かけましたわ。教皇も話し合いに出席なさるの?」
ルーファスは驚き、少し考えたあと答える。
「いいえ、話し合いに倪下はおいでにならないはずです。私は今日倪下が、こちらへいらせられていることも知りませんでした。普段はロベリア大聖堂でお過ごしのようですから」
「では、今日は特別な用事があったのかもしれませんわね。それに、女性とご一緒だったのもとても印象的でしたわ」
「倪下が女性と? それは私には分かりかねます」
渋い顔をして、これ以上何も話さないと言わんばかりの雰囲気になったので、アルメリアはすぐに話を変えた。
「そうですわよね。ところで、先日お約束したことを覚えてらっしゃるかしら?」
しばらく思案したのち、ルーファスは何事か思い出したように、笑顔になった。
「孤児院へお誘いしたのでしたね。アルメリアの都合のよろしい日を教えていただければ、私の方は日程を調整いたします」
「いつでもよろしいんですの?」
「はい、大丈夫ですよ。大したおもてなしもできませんが」
そう言ってルーファスは苦笑する。
「それで良いんですの。いつもの自然体の子供たちの様子を見たいのです。だからあえて子供たちにも貴族が来るということは伝えないで欲しいんですの。その日一日は貴族のアルメリアではなく、お手伝いのアンジーとして過ごしますわ」
信じられないとばかりに、アルメリアをしばらく見つめると、ルーファスはやっと口を開いた。
「そこまでされるのですか? でも子供たちがアルメリアに失礼なことをするかもしれませんし……、お手伝いなどさせてしまっては、お怪我をするかもしれませんし」
ルーファスはとても困った顔をした。アルメリアはくすくすと笑うと
「心配なさらないで、そんなことで私子供たちを罰したりなんてしませんわ。それに、昔から私農園に出てますので、手には細かい傷痕がいくつもありましてよ? だから多少怪我をしても、まったく問題はありませんの」
この世界では、令嬢の肌は透明感のある傷ひとつない肌が当たり前で、それがもてはやされてもいた。当然令嬢たちは自分の肌を美しく保つことに心血を注ぎ、躍起になっていた。そんな中、アルメリアは結婚する気もなかったので全く気に止めず特別な手入れはしていなかった。
唯一お手入れとして蜜蝋を塗っていたぐらいである。しかもこれも肌を綺麗に保つために塗っているわけではない。ロベリア国は乾燥が酷い土地で、とにかく肌が乾燥する。そこで塗れるものが蜜蝋しかなかったので、仕方なく塗っているだけだった。
ただ、日に焼けると水ぶくれになる体質だったので、日焼けだけは十分注意していた。
ルーファスはアルメリアの手を見つめる。
「いいえ、アルメリア。傷痕など気にならないぐらい白くてとても美しい肌をしています。大変気を使ってらっしゃると思っていたのですが、違ったのですね」
アルメリアは自分の手の甲を改めてまじまじ見つめる。日焼けしないよう細心の注意を払っているためか、とにかく白い。
「ただ、白いだけですわ。それより、日程ですけれど日付の候補をいくつか上げて、教区へ使者を送りますわね」
「そこまでおっしゃるならわかりました、お待ちしております」
「ルフス、お待ちになってくださるかしら? 今日お暇なら、お願いがありますの。私とお茶の時間に共用のドローイング・ルームにご一緒してくださらないかしら? お茶の時間まではこちらでお過ごしになられればよろしいですわ」
かなり強引な誘い方だったが、ルーファスは嫌な顔一つしなかった。
「よろしいのですか? ご迷惑じゃ」
「いいえ、こちらこそ迷惑ではありませんこと?」
ルーファスは首を振り
「私も行ってみたいとは思っていたのです。ですがやはり、気が引けてしまって行けずにいたので、ご一緒できれば嬉しいです」
そう言うと微笑み返した。
アルメリアは今朝、アドニスから『領内での用事で、本日はお茶をご一緒することができません』と連絡を受けていた。なので、共用のドローイング・ルームへ行くにはちょうど良い機会だと思っていた。
どういうことかというと、数日前からアドニスには共用のドローイング・ルームに一緒に行ってもらえないか頼んでいたのだが、なんだかんだ言って断られていたからだ。アドニスは恐らく共用のドローイング・ルームが嫌いなのだろう。
リアムやスパルタカスに頼んでも良かったのだが、優先的にアドニスとお茶をすると約束をしている手前、アドニスを無視してリアムやスパルタカスに付き添いを頼むのは流石に気が引けた。
ならば無理に一緒に付き添いをお願いして行くよりも、アドニスのいないときに行ってしまった方が良いだろうとアルメリアは考えていた。
それに今ここでルーファスを誘ったのは、共用のドローイング・ルームへ行ったときに教会の人間と一緒にいれば、信頼感があり他から声がかかりやすくなるのではないかと思ったからだった。
胸の前で両手を合わせ、アルメリアは満面の笑みを作る。
「良かったですわ。ではお茶まで時間もありますし、それまで話し相手になってくださると嬉しいですわ。私できればもっと教会のことを知りたいんですの」
先ほど見た、教皇とダチュラが一緒にいたという事実も気になっていたし、それとなく色々探りを入れたかった。
「私が話し相手で良ければいくらでも」
ルーファスは胸に手をあてて軽く頭を下げた。
「では、それまでの間私のドローイング・ルームでゆっくり過ごしましょう」
アルメリアたちは、ゆったり話ができるよう場所を移した。専用のドローイング・ルームでソファに腰を下ろすと、アルメリアは早速聞きたかったことを質問した。
「そういえば、教皇がいらせられているのを見かけましたわ。教皇も話し合いに出席なさるの?」
ルーファスは驚き、少し考えたあと答える。
「いいえ、話し合いに倪下はおいでにならないはずです。私は今日倪下が、こちらへいらせられていることも知りませんでした。普段はロベリア大聖堂でお過ごしのようですから」
「では、今日は特別な用事があったのかもしれませんわね。それに、女性とご一緒だったのもとても印象的でしたわ」
「倪下が女性と? それは私には分かりかねます」
渋い顔をして、これ以上何も話さないと言わんばかりの雰囲気になったので、アルメリアはすぐに話を変えた。
「そうですわよね。ところで、先日お約束したことを覚えてらっしゃるかしら?」
しばらく思案したのち、ルーファスは何事か思い出したように、笑顔になった。
「孤児院へお誘いしたのでしたね。アルメリアの都合のよろしい日を教えていただければ、私の方は日程を調整いたします」
「いつでもよろしいんですの?」
「はい、大丈夫ですよ。大したおもてなしもできませんが」
そう言ってルーファスは苦笑する。
「それで良いんですの。いつもの自然体の子供たちの様子を見たいのです。だからあえて子供たちにも貴族が来るということは伝えないで欲しいんですの。その日一日は貴族のアルメリアではなく、お手伝いのアンジーとして過ごしますわ」
信じられないとばかりに、アルメリアをしばらく見つめると、ルーファスはやっと口を開いた。
「そこまでされるのですか? でも子供たちがアルメリアに失礼なことをするかもしれませんし……、お手伝いなどさせてしまっては、お怪我をするかもしれませんし」
ルーファスはとても困った顔をした。アルメリアはくすくすと笑うと
「心配なさらないで、そんなことで私子供たちを罰したりなんてしませんわ。それに、昔から私農園に出てますので、手には細かい傷痕がいくつもありましてよ? だから多少怪我をしても、まったく問題はありませんの」
この世界では、令嬢の肌は透明感のある傷ひとつない肌が当たり前で、それがもてはやされてもいた。当然令嬢たちは自分の肌を美しく保つことに心血を注ぎ、躍起になっていた。そんな中、アルメリアは結婚する気もなかったので全く気に止めず特別な手入れはしていなかった。
唯一お手入れとして蜜蝋を塗っていたぐらいである。しかもこれも肌を綺麗に保つために塗っているわけではない。ロベリア国は乾燥が酷い土地で、とにかく肌が乾燥する。そこで塗れるものが蜜蝋しかなかったので、仕方なく塗っているだけだった。
ただ、日に焼けると水ぶくれになる体質だったので、日焼けだけは十分注意していた。
ルーファスはアルメリアの手を見つめる。
「いいえ、アルメリア。傷痕など気にならないぐらい白くてとても美しい肌をしています。大変気を使ってらっしゃると思っていたのですが、違ったのですね」
アルメリアは自分の手の甲を改めてまじまじ見つめる。日焼けしないよう細心の注意を払っているためか、とにかく白い。
「ただ、白いだけですわ。それより、日程ですけれど日付の候補をいくつか上げて、教区へ使者を送りますわね」
「そこまでおっしゃるならわかりました、お待ちしております」
15
お気に入りに追加
714
あなたにおすすめの小説
婚約者にフラれたので、復讐しようと思います
紗夏
恋愛
御園咲良28才
同期の彼氏と結婚まであと3か月――
幸せだと思っていたのに、ある日突然、私の幸せは音を立てて崩れた
婚約者の宮本透にフラれたのだ、それも完膚なきまでに
同じオフィスの後輩に寝取られた挙句、デキ婚なんて絶対許さない
これから、彼とあの女に復讐してやろうと思います
けれど…復讐ってどうやればいいんだろう
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
40歳独身で侍女をやっています。退職回避のためにお見合いをすることにしたら、なぜか王宮の色男と結婚することになりました。
石河 翠
恋愛
王宮で侍女を勤める主人公。貧乏貴族の長女である彼女は、妹たちのデビュタントと持参金を稼ぐことに必死ですっかりいきおくれてしまった。
しかも以前の恋人に手酷く捨てられてから、男性不信ぎみに。おひとりさまを満喫するため、仕事に生きると決意していたものの、なんと41歳の誕生日を迎えるまでに結婚できなければ、城勤めの資格を失うと勧告されてしまう。
もはや契約結婚をするしかないと腹をくくった主人公だが、お見合い斡旋所が回してくれる男性の釣書はハズレればかり。そんな彼女に酒場の顔見知りであるイケメンが声をかけてきて……。
かつての恋愛のせいで臆病になってしまった女性と、遊び人に見えて実は一途な男性の恋物語。
この作品は、小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
婚約者の妹が結婚式に乗り込んで来たのですが〜どうやら、私の婚約者は妹と浮気していたようです〜
あーもんど
恋愛
結婚式の途中……誓いのキスをする直前で、見知らぬ女性が会場に乗り込んできた。
そして、その女性は『そこの芋女!さっさと“お兄様”から、離れなさい!ブスのくせにお兄様と結婚しようだなんて、図々しいにも程があるわ!』と私を罵り、
『それに私達は体の相性も抜群なんだから!』とまさかの浮気を暴露!
そして、結婚式は中止。婚約ももちろん破談。
────婚約者様、お覚悟よろしいですね?
※本作はメモの中に眠っていた作品をリメイクしたものです。クオリティは高くありません。
※第二章から人が死ぬ描写がありますので閲覧注意です。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
奪われたものは、もう返さなくていいです
gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる