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第三十一話 お茶会でハチミツ
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そうして全員が席に座ると、アルメリアが口を開く。
「私相談役ですので、お茶の時間も有効に使うために、ここは開かれた場にしたいと思っておりますの。ですから、どなたがいらしても受け入れたいと思いますわ」
その言葉を聞いて一番がっかりした様子になったのはアドニスであった。アドニスは悲しそうな顔でアルメリアを見つめる。
「お茶の約束をしてくださったので、貴女との二人きりの時間を一人占めできると思っていたのですが……。でも、仕方のないことですね。それにしても、その考え方は実に貴女らしいです」
そう言って微笑む。
「アドニスごめんなさいね?」
そう苦笑しながら返すと、その様子を見ていたリアムが呆れた顔で言った。
「アドニス、君も大概図々しいな。そんな約束をいつしたんだ?」
アドニスはリアムを睨む。
「リアム、君こそ後から近づいてきたくせに」
そんな二人のやり取りを見ていたスパルタカスが、咳払いをした。
「閣下の御前ですので、二人とも失礼になる前に紳士たる行動をなさって下さい。それにせっかく閣下とご一緒できる時間なのですし、楽しくすごしませんか?」
すると、二人ともばつの悪い顔をした。その様子を見ていたアルメリアは首を振った。
「いいえ、私のお茶会ですもの。何か不快な思いをさせてしまったなら全て私の責任ですわ。私の配慮が足りなかったせいで、ごめんなさい」
アドニスがはっとした様子で慌ててリアムの顔を見ると、リアムも顔を上げアドニスを見つめた。アルメリアが暗に二人を嗜めたことに気がついたようだった。リアムが先に口を開いた。
「アルメリア、申し訳ありませんでした。悪いのはこちらの方です。今日のところはお許し下さい」
それに次いでアドニスが言った。
「私ももちろん、今後は貴女の前でこんな失態をお見せしないよう気を付けますね。ですので私の顔に免じて、今日のところはこれ以上、この話しをするのはおしまいにしても宜しいでしょうか?」
アルメリアは笑顔で答える。
「お二人がそれでよろしいなら」
こうしてなんとかその場は収まった。そんな話しをしている間に、全員の前にお茶が準備されていた。アルメリアたちはお茶の香りと、午後のゆったりした時間を楽しんだ。しばらく最近の流行りの服装の話など、当たり障りない会話を楽しんだあと、会話が途切れたところでスパルタカスがアルメリアに質問した。
「閣下、今日の案内で何か意見などありますか?」
突然の質問に、しばらく思案したのちアルメリアは答える。
「意見というほどでもありませんけれど、兵士たちが防具の錆びについて話していましたわよね? あれに関しては解決法があるかもしれませんわ」
そう言うとアドニスに向き直った。
「以前アドニスにクンシラン領を案内した際に、養蜂について少し触れましたわよね?」
アドニスは不思議そうな顔で頷いた。
「確か『檸檬農園を作るついでに、檸檬の花が年に三度咲くのを利用して養蜂を始めた』と言っていたものですよね? 成功したのですか!?」
「そうなんですの、試行錯誤してなんとか養蜂を成功させることができましたの」
そこでリアムが驚いた顔をして会話に混じる。
「蜂を育てるのですか? なぜそんなことを?」
「蜂蜜を取るためですわ。砂糖を作るのに砂糖黍の栽培も考えたんですけれど、温暖な地域でしか育ちませんし、輸入するにも輸送料が莫大になりますもの。だったら蜂蜜を取ろうと考えたんですの。蜜蜂たちは花の受粉にも力を貸してくれますし」
スパルタカスが横から口をはさむ。
「えぇ、私も閣下の領地で養蜂箱を見学させていただいたのを覚えています。とても良くできていて、感心しましたから。ですが蜂蜜と錆びに何か関係が? もしや蜂蜜に錆びを抑える効果でも?」
アルメリアは首を振った。
「錆び予防に効果があるのは、蜂蜜の方ではなく蜂の巣の方ですわ。蜂蜜を取ったあと、蜂の巣から蜜蝋という蝋が取れるのですけれど、熱した蜜蝋を良く乾いた鉄に薄く伸ばしておくと錆び予防になりますの」
周囲は静まり返る。リアムが思わず呟く。
「アルメリア、君は一体……」
その場にいた四人は、その後に続く『何者なんだ』という言葉を飲み込んだ。それを問い詰めたりすれば、アルメリアが二度と心を開いてくれない気がしたからだ。
沈黙を破るように、アルメリアは笑った。
「全部本で呼んだ知識で、受け売りですのよ? 昔はすることがなくて、本ばかり読んで過ごしていましたから。それがこんなにも役に立つとは思いませんでしたけれど」
前世での話だが事実である。だがこの世界の話としてはかなり無理のある言い訳だった。それでもみんな納得した顔をしてくれた。
「お嬢様、蜂蜜と焼き菓子をお持ちしました」
美しいガラスのトレイに乗ったお菓子がテーブルに置かれた。トレイの上に乗っている焼き菓子には、バターが添えられている。
そして、最後にペルシックが
「クンシラン領で取れました、檸檬の花の蜂蜜でございます」
と言ってガラスのミルクピッチャーに入った蜂蜜を各々の前に置いた。
「どうせですもの、甘いものを食べながらお話ししましょう。焼きたてですのよ」
焼きたての焼き菓子の、香ばしい匂いがふわっとそこらに広がる。一番最初にアドニスが手をのばした。
「これは美味しそうですね。では遠慮なくいただきましょう」
周囲を見ながらそう言うと、それに他の者も続いた。焼き菓子にバターを塗り、蜂蜜をたっぷりかけると、蜂蜜の香りと甘味を堪能した。
リアムが蜂蜜のミルクピッチャーを手に取り、日の光に照らす。
「こんなに透明で美しい蜂蜜を私は初めて見ました」
アルメリアは微笑む。
「蜂の巣から蜂蜜を取るのに、うちならではの取り方をしてますの。その方法は企業秘密ですので、教えることはできませんけれど。その方法のお陰で蜜蝋も余すことなく取ることができますのよ」
「私相談役ですので、お茶の時間も有効に使うために、ここは開かれた場にしたいと思っておりますの。ですから、どなたがいらしても受け入れたいと思いますわ」
その言葉を聞いて一番がっかりした様子になったのはアドニスであった。アドニスは悲しそうな顔でアルメリアを見つめる。
「お茶の約束をしてくださったので、貴女との二人きりの時間を一人占めできると思っていたのですが……。でも、仕方のないことですね。それにしても、その考え方は実に貴女らしいです」
そう言って微笑む。
「アドニスごめんなさいね?」
そう苦笑しながら返すと、その様子を見ていたリアムが呆れた顔で言った。
「アドニス、君も大概図々しいな。そんな約束をいつしたんだ?」
アドニスはリアムを睨む。
「リアム、君こそ後から近づいてきたくせに」
そんな二人のやり取りを見ていたスパルタカスが、咳払いをした。
「閣下の御前ですので、二人とも失礼になる前に紳士たる行動をなさって下さい。それにせっかく閣下とご一緒できる時間なのですし、楽しくすごしませんか?」
すると、二人ともばつの悪い顔をした。その様子を見ていたアルメリアは首を振った。
「いいえ、私のお茶会ですもの。何か不快な思いをさせてしまったなら全て私の責任ですわ。私の配慮が足りなかったせいで、ごめんなさい」
アドニスがはっとした様子で慌ててリアムの顔を見ると、リアムも顔を上げアドニスを見つめた。アルメリアが暗に二人を嗜めたことに気がついたようだった。リアムが先に口を開いた。
「アルメリア、申し訳ありませんでした。悪いのはこちらの方です。今日のところはお許し下さい」
それに次いでアドニスが言った。
「私ももちろん、今後は貴女の前でこんな失態をお見せしないよう気を付けますね。ですので私の顔に免じて、今日のところはこれ以上、この話しをするのはおしまいにしても宜しいでしょうか?」
アルメリアは笑顔で答える。
「お二人がそれでよろしいなら」
こうしてなんとかその場は収まった。そんな話しをしている間に、全員の前にお茶が準備されていた。アルメリアたちはお茶の香りと、午後のゆったりした時間を楽しんだ。しばらく最近の流行りの服装の話など、当たり障りない会話を楽しんだあと、会話が途切れたところでスパルタカスがアルメリアに質問した。
「閣下、今日の案内で何か意見などありますか?」
突然の質問に、しばらく思案したのちアルメリアは答える。
「意見というほどでもありませんけれど、兵士たちが防具の錆びについて話していましたわよね? あれに関しては解決法があるかもしれませんわ」
そう言うとアドニスに向き直った。
「以前アドニスにクンシラン領を案内した際に、養蜂について少し触れましたわよね?」
アドニスは不思議そうな顔で頷いた。
「確か『檸檬農園を作るついでに、檸檬の花が年に三度咲くのを利用して養蜂を始めた』と言っていたものですよね? 成功したのですか!?」
「そうなんですの、試行錯誤してなんとか養蜂を成功させることができましたの」
そこでリアムが驚いた顔をして会話に混じる。
「蜂を育てるのですか? なぜそんなことを?」
「蜂蜜を取るためですわ。砂糖を作るのに砂糖黍の栽培も考えたんですけれど、温暖な地域でしか育ちませんし、輸入するにも輸送料が莫大になりますもの。だったら蜂蜜を取ろうと考えたんですの。蜜蜂たちは花の受粉にも力を貸してくれますし」
スパルタカスが横から口をはさむ。
「えぇ、私も閣下の領地で養蜂箱を見学させていただいたのを覚えています。とても良くできていて、感心しましたから。ですが蜂蜜と錆びに何か関係が? もしや蜂蜜に錆びを抑える効果でも?」
アルメリアは首を振った。
「錆び予防に効果があるのは、蜂蜜の方ではなく蜂の巣の方ですわ。蜂蜜を取ったあと、蜂の巣から蜜蝋という蝋が取れるのですけれど、熱した蜜蝋を良く乾いた鉄に薄く伸ばしておくと錆び予防になりますの」
周囲は静まり返る。リアムが思わず呟く。
「アルメリア、君は一体……」
その場にいた四人は、その後に続く『何者なんだ』という言葉を飲み込んだ。それを問い詰めたりすれば、アルメリアが二度と心を開いてくれない気がしたからだ。
沈黙を破るように、アルメリアは笑った。
「全部本で呼んだ知識で、受け売りですのよ? 昔はすることがなくて、本ばかり読んで過ごしていましたから。それがこんなにも役に立つとは思いませんでしたけれど」
前世での話だが事実である。だがこの世界の話としてはかなり無理のある言い訳だった。それでもみんな納得した顔をしてくれた。
「お嬢様、蜂蜜と焼き菓子をお持ちしました」
美しいガラスのトレイに乗ったお菓子がテーブルに置かれた。トレイの上に乗っている焼き菓子には、バターが添えられている。
そして、最後にペルシックが
「クンシラン領で取れました、檸檬の花の蜂蜜でございます」
と言ってガラスのミルクピッチャーに入った蜂蜜を各々の前に置いた。
「どうせですもの、甘いものを食べながらお話ししましょう。焼きたてですのよ」
焼きたての焼き菓子の、香ばしい匂いがふわっとそこらに広がる。一番最初にアドニスが手をのばした。
「これは美味しそうですね。では遠慮なくいただきましょう」
周囲を見ながらそう言うと、それに他の者も続いた。焼き菓子にバターを塗り、蜂蜜をたっぷりかけると、蜂蜜の香りと甘味を堪能した。
リアムが蜂蜜のミルクピッチャーを手に取り、日の光に照らす。
「こんなに透明で美しい蜂蜜を私は初めて見ました」
アルメリアは微笑む。
「蜂の巣から蜂蜜を取るのに、うちならではの取り方をしてますの。その方法は企業秘密ですので、教えることはできませんけれど。その方法のお陰で蜜蝋も余すことなく取ることができますのよ」
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