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第二十二話 城内ご案内
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アドニスはアルメリアの手を取ったまま、正面から見つめた。
「いいえ、二人きりの時間を共に過ごしたいのです」
もちろん無理な話である。リアムと出かけるときでさえ、アルメリアの側には必ずペルシックが控えていた。婚前の令嬢たちの貞操はかなり重要視されているこの世界で、二人きりで出かけるとはとんでもないことだった。
アルメリアがどう断ろうか考えていると、アドニスは楽しそうに微笑んだ。
「アルメリア、もちろん従者を付けて下さって構いませんよ。本当の意味で二人きりになるのは、婚姻が成立してからが普通ですからね。私たちもそれに習いましょう」
そう言って、アルメリアの鼻先をつついた。勘違いしていたことに、恥ずかしくなりアルメリアは両手でつつかれた鼻先を覆った。
「そ、そうですわよね。まさかアドニスがそんなお誘いを私にするはずがありませんもの。勘違いしてしまって恥ずかしいですわ」
アドニスはそんなアルメリアの様子を、愛おしそうに見つめた。そして、ぼそりと呟く。
「あながち勘違いではないのですけどね」
「アドニス? すみません、聞こえませんでしたわ。もう一度おっしゃってくださる?」
アドニスは咳払いをした。
「いいえ何でもないのです」
そう言って照れ笑いをした。アルメリアはアドニスが何を言ったのか気にはなったが、教えてもらえそうにないので聞くのをあきらめた。アドニスは話を続ける。
「ところで、先ほどの話の続きなのですが、アルメリア、貴女は御存じですか? 城では十四時から十五時過ぎまでお茶の時間というものがあるのですよ。私はその時間を貴女と共に過ごしたいのです」
アルメリアは前世のことを思い出していた。ゲーム内では、招待されたお茶の時間に色々なイベントがあったのを覚えている。会話の中から重要な情報がもたらされることもあったはずた。
自分は主人公ではないし、この世界でもそれが起きるかわからないが、なにか有用な情報を得られることもあるかもしれない。そう思いお茶の誘いはできるだけ断らないことにした。
「そんなことでよろしいんですの? それなら毎日は無理かもしれませんけれど、できる限りご一緒させてもらいますわ」
アドニスは嬉しそうに微笑む。
「良かった。断られたら立ち直れないところでした」
そう言うと、またアルメリアの手を取り両手で包んだ。そして、はっとしたように言った。
「ところで、今日はもう城内の案内はすんだのですか?」
アルメリアは思わずアドニスの背後にいたリカオンの顔にちらりと視線を送る。リカオンは目が合うと、少々ばつの悪そうな顔をして目をそらした。アルメリアはアドニスに視線を戻すと首を振る。
「まだですわ、これから案内してもらう予定でしたの」
「そうなのですね、良かった。今日は貴女が来ると聞いていたから、私は一日予定を開けて待っていたんですよ。これから、私たちの働いているパラス内を案内しますね。使用人たちの居住区もあるから、迷い込まないように覚えておくといいでしょう」
アドニスはアルメリアの手を引いて一歩足を出す。そこでふと足を止めリカオンに目を向けた。
「リカオン、君、居たのか。そういえば確か君はアルメリア付きだったね。今日は私がアルメリアを案内するから、君はもうさがってかまわない」
リカオンが言い返す前にアルメリアが先に口を開いた。
「アドニス、彼には彼の役割があります。帰るわけにはいかないと思いますわ」
するとリカオンは驚いてアルメリアを見たのち、アドニスに向き直った。
「僕はクンシラン公爵令嬢のおっしゃる通りに致します」
今日は初日だ。リカオンが任務について早々に暇を出されたとなれば、城内でとのように噂されるかわかったものではない。アルメリアはそう考え、リカオンにお願いした。
「では、リカオン。一緒について行ってくださると助かりますわ」
それを聞いてアドニスはがっかりした顔をしたが、無理に笑顔を作った。
「アルメリア、貴女がそう言うのなら仕方がないですね」
そう言うと、リカオンに向かって
「私は案内をするから、リカオン、君は後ろからついてくればいい」
と、不満そうに言い放ち、アルメリアの手を引いて歩き始めた。
城は外堀が囲み、有事の際には跳ね橋が上がるオーソドックスな作りになっている。しかし防衛の要ともあって分厚い外壁があり、その四隅には外塔がある。
他の城塞と違うところは、城門の手前に側塔が二塔あり、そこから城門まで城壁がクランク状に延びているところだった。そのクランク状の場所に敵兵を誘い込み、城壁上部の回廊から一斉攻撃を仕掛けるためである。
その他にも外壁には様々な仕掛けが施されているが、比較的平和な時代にあってほとんどが使用されていない。だが騎士団によっていつでも使用できるように訓練と整備は怠らずにされているようだった。
外壁の上には回廊がぐるりと囲んでいる。その内側に別棟でパラスと呼ばれる、アルメリアたちの詰めることになっている居館がある。何棟かに別れているが全て渡り廊下で繋がっており、より強固な外壁に覆われた中央にあるパラスに宮廷があった。当然だが、王族の居住区である宮廷には、貴族であっても余程のことがない限りは立ち入ることはできない。
城壁内の一角には礼拝堂もあり、チューベローズ教の神官のパラスも別棟で存在していた。
「神官の方々は、お茶をなさらないのですか?」
チューベローズ教のパラス前を通りすぎるとき、思わずアルメリアはそう訊いた。お茶の時間を通して、彼らと親しくなれば、教会と何かしら繋がりができるかもしれなかったからだ。
質問されたアドニスは一瞬不思議そうな顔をしたが、気にせず質問に答えてくれた。
「アルメリアの執務室には個人用のテラスも応接室も備えてありますから、お茶の時間は自室でも十分できますよね。ですが、それらを備えていない執務室を割り当てられている者たちのために、庭園とドローイング・ルームが解放されているのです。そこに時々神官が来ることがありますね」
「私はそこを利用することはできますの?」
アドニスは戸惑った表情をした。
「もちろん我々も共用のドローイング・ルームを利用することは可能ですよ。他の貴族も社交の場としても活用されていますから」
「いいえ、二人きりの時間を共に過ごしたいのです」
もちろん無理な話である。リアムと出かけるときでさえ、アルメリアの側には必ずペルシックが控えていた。婚前の令嬢たちの貞操はかなり重要視されているこの世界で、二人きりで出かけるとはとんでもないことだった。
アルメリアがどう断ろうか考えていると、アドニスは楽しそうに微笑んだ。
「アルメリア、もちろん従者を付けて下さって構いませんよ。本当の意味で二人きりになるのは、婚姻が成立してからが普通ですからね。私たちもそれに習いましょう」
そう言って、アルメリアの鼻先をつついた。勘違いしていたことに、恥ずかしくなりアルメリアは両手でつつかれた鼻先を覆った。
「そ、そうですわよね。まさかアドニスがそんなお誘いを私にするはずがありませんもの。勘違いしてしまって恥ずかしいですわ」
アドニスはそんなアルメリアの様子を、愛おしそうに見つめた。そして、ぼそりと呟く。
「あながち勘違いではないのですけどね」
「アドニス? すみません、聞こえませんでしたわ。もう一度おっしゃってくださる?」
アドニスは咳払いをした。
「いいえ何でもないのです」
そう言って照れ笑いをした。アルメリアはアドニスが何を言ったのか気にはなったが、教えてもらえそうにないので聞くのをあきらめた。アドニスは話を続ける。
「ところで、先ほどの話の続きなのですが、アルメリア、貴女は御存じですか? 城では十四時から十五時過ぎまでお茶の時間というものがあるのですよ。私はその時間を貴女と共に過ごしたいのです」
アルメリアは前世のことを思い出していた。ゲーム内では、招待されたお茶の時間に色々なイベントがあったのを覚えている。会話の中から重要な情報がもたらされることもあったはずた。
自分は主人公ではないし、この世界でもそれが起きるかわからないが、なにか有用な情報を得られることもあるかもしれない。そう思いお茶の誘いはできるだけ断らないことにした。
「そんなことでよろしいんですの? それなら毎日は無理かもしれませんけれど、できる限りご一緒させてもらいますわ」
アドニスは嬉しそうに微笑む。
「良かった。断られたら立ち直れないところでした」
そう言うと、またアルメリアの手を取り両手で包んだ。そして、はっとしたように言った。
「ところで、今日はもう城内の案内はすんだのですか?」
アルメリアは思わずアドニスの背後にいたリカオンの顔にちらりと視線を送る。リカオンは目が合うと、少々ばつの悪そうな顔をして目をそらした。アルメリアはアドニスに視線を戻すと首を振る。
「まだですわ、これから案内してもらう予定でしたの」
「そうなのですね、良かった。今日は貴女が来ると聞いていたから、私は一日予定を開けて待っていたんですよ。これから、私たちの働いているパラス内を案内しますね。使用人たちの居住区もあるから、迷い込まないように覚えておくといいでしょう」
アドニスはアルメリアの手を引いて一歩足を出す。そこでふと足を止めリカオンに目を向けた。
「リカオン、君、居たのか。そういえば確か君はアルメリア付きだったね。今日は私がアルメリアを案内するから、君はもうさがってかまわない」
リカオンが言い返す前にアルメリアが先に口を開いた。
「アドニス、彼には彼の役割があります。帰るわけにはいかないと思いますわ」
するとリカオンは驚いてアルメリアを見たのち、アドニスに向き直った。
「僕はクンシラン公爵令嬢のおっしゃる通りに致します」
今日は初日だ。リカオンが任務について早々に暇を出されたとなれば、城内でとのように噂されるかわかったものではない。アルメリアはそう考え、リカオンにお願いした。
「では、リカオン。一緒について行ってくださると助かりますわ」
それを聞いてアドニスはがっかりした顔をしたが、無理に笑顔を作った。
「アルメリア、貴女がそう言うのなら仕方がないですね」
そう言うと、リカオンに向かって
「私は案内をするから、リカオン、君は後ろからついてくればいい」
と、不満そうに言い放ち、アルメリアの手を引いて歩き始めた。
城は外堀が囲み、有事の際には跳ね橋が上がるオーソドックスな作りになっている。しかし防衛の要ともあって分厚い外壁があり、その四隅には外塔がある。
他の城塞と違うところは、城門の手前に側塔が二塔あり、そこから城門まで城壁がクランク状に延びているところだった。そのクランク状の場所に敵兵を誘い込み、城壁上部の回廊から一斉攻撃を仕掛けるためである。
その他にも外壁には様々な仕掛けが施されているが、比較的平和な時代にあってほとんどが使用されていない。だが騎士団によっていつでも使用できるように訓練と整備は怠らずにされているようだった。
外壁の上には回廊がぐるりと囲んでいる。その内側に別棟でパラスと呼ばれる、アルメリアたちの詰めることになっている居館がある。何棟かに別れているが全て渡り廊下で繋がっており、より強固な外壁に覆われた中央にあるパラスに宮廷があった。当然だが、王族の居住区である宮廷には、貴族であっても余程のことがない限りは立ち入ることはできない。
城壁内の一角には礼拝堂もあり、チューベローズ教の神官のパラスも別棟で存在していた。
「神官の方々は、お茶をなさらないのですか?」
チューベローズ教のパラス前を通りすぎるとき、思わずアルメリアはそう訊いた。お茶の時間を通して、彼らと親しくなれば、教会と何かしら繋がりができるかもしれなかったからだ。
質問されたアドニスは一瞬不思議そうな顔をしたが、気にせず質問に答えてくれた。
「アルメリアの執務室には個人用のテラスも応接室も備えてありますから、お茶の時間は自室でも十分できますよね。ですが、それらを備えていない執務室を割り当てられている者たちのために、庭園とドローイング・ルームが解放されているのです。そこに時々神官が来ることがありますね」
「私はそこを利用することはできますの?」
アドニスは戸惑った表情をした。
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