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第二十一話 アドニスの願い

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 男の子の人形は注文した通り、見た目がルクにそっくりに仕上がっていた。黒髪にブルーブラックの瞳で、この国では滅多に見ない色だった。

「そんなに喜んでもらえると、私も嬉しいです。それとドールチェアも合わせて用意させていただきました。後で屋敷に届けさせましょう」

 アルメリアは首を振った。

「いいえ、この子たちは執務室に飾っておきたいので、ドールチェアはこちらに届けていただくと嬉しいですわ。それにしても、ドールチェアまでありがとうございます」

 アルメリアは、執務室にこの人形を置くことで、自分の仕事を二人に見守ってもらえるようなそんな気持ちだった。

「わかりました、ではそのよう手配いたします」

 そう言うと、リアムはポケットから懐中時計を取り出した。

「申し訳ありません。今日ぐらいはずっとご一緒していたかったのですが、生憎はずせない予定が入ってしまっているのです」


 それを聞いてアルメリアは、慌てて人形をサイドテーブルに置いた。

「ごめんなさい、引き止めてしまって。予定があるなら仕方のないことですわ。わたくしのことは気になさらずお戻り下さい」

 すると、リアムは少し残念な顔をした。

「そうですか、アルメリアが寂しがってくれないのは少し悲しいですが……。後の事はリカオンに聞けば大丈夫です。安心なさって下さい。今後わからないことがあれば、彼に訊くか私になんでも遠慮せずに訊いて下さい。では私はこれで失礼致します」

 そう言うと、リカオンに目配せし名残惜しそうに去っていった。
 リアムが部屋を出ると、リカオンが口を開いた。

「さて、お嬢様。今日はどうされるご予定でしょうか?」

 リカオンがどういう意図で言っているのかアルメリアは図りかねた。
 今日は初日だ。まずは城内を歩きながら、案内や立ち入り禁止の場所などをリカオンが説明するのが筋だろう。

 冗談で言っているのか、こちらの実力を見極めるための質問なのか。もしも嫌みで言っているのなら、相当のものだ。そう思ってアルメリアは何か考えているふりをして、そのまま無言を通した。
 そうしているとリカオンは微笑んで言った。

「すみません、そう言われてもお嬢様には分かりませんよね」

 それを聞いてアルメリアは微笑む。

「ええ、本当に。それに、わたくしのことは、お嬢様ではなくアルメリアと呼んで下さい」

 そんな当たり障りのない返事をしていると、ドアがノックされた。
 まさかリアムが戻ってきたのかと思いながら返事をすると、ペルシックがドアを開けた。

「失礼致しますお嬢様。スペンサー伯爵令息がお見えになられております。どうされますか?」

 アルメリアは頷いた。すると、ペルシックは一礼して出ていき、入れ替わりにアドニスが入ってきた。

「アルメリア、私は今日という日を待っていました。これから宜しくお願いします。これでこれからは気兼ねなく貴女に相談ができますね」

 そう言って微笑んだ。アルメリアは自分がパウエル領のイキシア騎士団の所属だと思っていたので驚いた。

「ごめんなさい、辞令にはパウエル領イキシア騎士団所属としか書かれていなかったのですけれど、もしかしてイキシア騎士団全ての相談役と言うことなのかしら?」

 そうではないことを祈りつつ、アドニスの返事を待っていると、アドニスは大きく頷いた。

「もちろん。最初はパウエル領専属という話でしたけど、城内統括の推薦もありましてね。政治を司るもの全ての相談役と言うことになっているのですよ。リアムの奴、ちゃんと説明していなかったのですね。それは大変失礼なことをしてしまいましたね」

 アルメリアは事の重大さに頭がくらくらしたが、なんとかこらえる。

「でも、わたくしは『相談役』であって、最終的に決断なさるのは皆様ですものね、大丈夫ですわね。それにそもそもわたくしのところへ相談されに来る方が、そう何人もいらっしゃるとは思えませんもの」

 リアムはアルメリアの手を取って見つめた。

「そう言っていられるのも今のうちでしょう。最初はゆっくり過ごすのもいいんじゃないかと思います。貴女は今まで忙しすぎでしたしね」

 と、そこまで言うとサイドテーブルに置いてある人形に気づいた。

「驚いた、君にこんな愛らしい趣味があるなんて。聡明な君の可愛らしい一面を知ることができて嬉しいです」

 恥ずかしく思いながら、アドニスに説明した。

「リアムからいただきましたの。パウエル領でちょっとしたトラブルがありまして、手助けをしたお礼だそうですわ。確かアドニスはリアムとは、お友達でしたわよね?」

 そう言うと、アドニスは笑顔のまま、一瞬動きを止め、気を取り直したように言った。

「はい、そうですね。我々は親友でありライバルでもあるんですよ」

「それは素晴らしいことですわね、切磋琢磨してお互いを高め合っているんですのね。そういう友情って良いですわね」

 そう言うアルメリアを、アドニスはじっと見つめた。そして、優しく微笑んだ。

「リアムからプレゼントをもらったのなら、今度は以前領地内を案内してもらったお礼に、私からも貴女になにかプレゼントをさせてくださいませんか?」

 アルメリアは、プレゼントを催促するつもりは全くなかったので慌てる。

「いいえ、アドニス。そんな、貰えませんわ。それに、実は貴方からもうプレゼントはいただいているんですのよ? ウィラー辺境伯にわたくしの領地のことを紹介して下さったでしょう? それで契約がとれましたの。こちらがお礼をしたいぐらいですわ」

 するとアドニスは少し考え、いたずらっぽく微笑んだ。

「では、貴女のその優しさにつけこんで一つお願いしたいことがあります」

 そう来るとは思っていなかったアルメリアは、少し戸惑う。

「えっと、なんでしょう? わたくしに出来ることならなんでも」

 アルメリアはなんとか調子を取り戻して、満面の笑みを向けた。

「私に貴女の時間を下さい」

 その返答に困惑しながら答える。

「時間ですの? それはお仕事を依頼したいということでしょうか?」
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