悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー

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第十三話 大人なので我慢

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 突然失礼な物言いをされ、アルメリアの怒りは頂点に達しようとしていた。だが、なんとかそれを抑え笑顔をつくる。冷静を欠いては向こうの思う壺である。

「そうなんですの? アドニスがそんなことを? でも残念ですわ、アドニスから貴方についての噂話を、わたくしは一つも聞いたことがありませんわ。でも、それもそうですわね、大した仕事もできないような、そんな人物を友人として紹介するなんて、恥ずかしくてできなかったんですわね」

 それを聞いてリアムは、怒りをあらわにした。

「それは、聞き捨てなりませんね。大した仕事もしていないとは。それにそんなことを君に言われる筋合いはないと思うが?」

 アルメリアは無表情になり、リアムの目の前に書類を置いて静かに言った。

「では、自分の領民を救ってくれようとしている人々を貶める部下を野放しにしているのは、なにか策があってのことなんですのね?」

 リアムは眉根に皺をよせちらりとアルメリアの顔を一瞥したのち、書類に視線を落とした。
 そこには、パウエル侯爵が救済のためにアルメリアが医療班を送るのを許可した書類と、その医療班の人員の身元証明書、そしてリアムの部下二名の今までの不正の証拠が列挙されていた。

「パウエル侯爵には医療班を送る許可をもらっていますわ。ですが今流行り病のことを公にすれば、パウエル領の領民は混乱を極めるでしょう。だからこそこちらも表だっての行動をしていませんの。そこに貴方の領地の自警団と部下の二名が、わたくしの医療班に窃盗の容疑をかけたのですわ。その容疑の書類をきっちり調べれば、それが冤罪であるのはすぐにわかるはずです。このことをパウエル侯爵はご存じですが、動く様子がありません。なぜならその二人は貴方の部下だからですわ。そんな不始末が露見すれば、貴方の立場は悪くなるかもしれませんもの。それに病のことも公にしたくないはず。だから、わたくしが動かず、貴男がなんらかの対応をしなければ、卿がどんな判断を下すか貴男ならお分かりですわね?」

 リアムは、驚きながらもその書類が本物かどうか、アルメリアの言っていることが本当のことなのか確認する必要があると思った。

「失礼、少しこの書類を読む時間をもらっても?」

 アルメリアが頷くと、リアムはその書類に目を通した。医療班がパウエル領を訪れる許可証や、その身元を証明する書類は本物のようだった。セコーニ村で流行り病が発生しているのも、部下から報告は受けているから間違いない。
 リアムの部下の不正に関しては、こちらでも掘り下げて調べる必要があるだろう。そう考えていると、そこにアルメリアが追い討ちをかけるように言い放った。

「パウエル侯爵令息、もしもわたくしの医療班になにかあったら、ただではすませませんわよ? それに貴方が人命を軽んじるような、そんな人物だなんて本当にがっかりですわ」

 リアムは慌てて立ち上がった。

「クンシラン公爵令嬢、大変申し訳なかった。これらが事実なら早急に対応させてもらう。それから最初に言った失礼な言動も合わせて謝罪したい。本当にすまなかった」

 そう言って、深々と頭を下げた。あまりにもあっさり謝ったので、アルメリアは拍子抜けした。

「そう……なんですの? ちゃんと対処していただけますのね? でしたらわたくしもなにも文句はありませんわ。とにかく人命第一ですから」

 アルメリアはリアムを許したわけではなく、まだ相応頭にきていたものの、こうもあっさり謝られてしまうと、これ以上怒りをぶつける訳にはいかなくなった。
 それに、話がこじれたら面倒なことになる、と思っていた矢先の謝罪だったので、これで話を終えられるなら自分が我慢して、これ以上話をややこしくせずに終わらせたいという気持ちもあった。

 それに冷静に考えると、こんなにあっさり自分の過ちを認められるリアムは、そこまで悪い人物ではないのかもしれない。そう思った。

 だが、彼がこんなにもあっさり謝るのには、なにか裏があるかもしれない。アルメリアがそんなことを色々考え込んでいると、それを見ていたリアムはまだアルメリアが怒っているのだと思い、更に謝り始める。

「君が怒るのはもっともです。どうやら私は君を完全に誤解していたようだ。本当に申し訳なかった」

 リアムは立ち上がると机の向こう側から出てきて、アルメリアの前に立ち、更に深々と頭を下げた。アルメリアは慌ててそれを制する。

「もう謝らなくて結構ですわ。しっかりと対応してもらえるならそれでいいのです」

 リアムは首を振る。

「いいえ、そういう訳にはいきません。私は君のことを何も知らないうちから、勝手に決めつけ君に失礼な物言いをしました。これは人としても、紳士としてもあるまじき行為でした」

 アルメリアも首を振った。

「あら、わたくしも酷いことを言いましたのに」

 リアムはまた首を振り頭を下げた。

「いえ、私が失礼な態度だったのですから、怒るのはもっともなことだったのです。申し訳ない」

 アルメリアはそれを制する。

「本当にもう大丈夫ですわ、頭を上げて下さい」

 そう言ったあと、ふふっと小さく笑うと

「これじゃあ押し問答ですわね」

 そう言って、アルメリアは緊張が溶けたせいもあってくすくす笑いだしてしまった。そして笑いを抑えながら

「冷静に判断してくださって本当にありがとうございます。それと、今後の対応次第では、がっかりしたと言ったのは取り消して差し上げますわ」

 と、いたずらっぽく言うと、満面の笑みをリアムに向けた。


 リアムはその笑顔に、心臓を鷲掴みされたような感覚を覚えた。その感覚の正体が何なのか探るように、まじまじとアルメリアを見つめた。アルメリアはキラキラした瞳でこちらを見つめ返している。その瞳を見ていると、心臓が早鐘のように打った。

 先ほどまでは得たいの知れない令嬢だと思っていたのに、今は彼女がとても美しく見えた。なぜだろう? どうして急にこんな……あり得ない。と、困惑気味に自分に問いかける。

 考えてみれば、最初アルメリアのことを、きっと男には媚を売る自分がもっとも嫌悪するような女性だ、と思っていた。
 だが、実際に会ってみると、自分の失礼な態度にもこちらが謝れば怒りを抑え感情をコントロールできる聡明な女性だった。そしてなにより最後に見せたあのとても可愛らしい笑顔。

 こんなに素晴らしい令嬢に、リアムは会ったことがなかった。そして、このとき自分の中に新たな感情が芽生えたことに気づいた。

 それは今までリアムが知らなかった感情だった。

「は、はい きっちり対応いたします。部下の件も含め進展があれば、すぐに連絡させていただきます」

 アルメリアはリアムの手を取る。

「本当ですわね? 約束ですわよ? 約束を違えたら許しませんからね?」

 そう言って念押した。リアムはそのアルメリアの手を両手で優しく包みこむように握る。柔らかく小さなその手は、リアムの手の中にすっぽりと収まった。
 この手をこのまま離したくない、そう思いながらリアムは答える。

「はい、二人の約束です」
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