上 下
5 / 190

第五話 乙女ゲームの設定

しおりを挟む
 そうしてゲームが始まる。ダチュラは孤児院で育ったため、貴族でありながら市民の生活がいかに苦しいかを知っていた。そこで彼女は自分の立場を利用し、貴族たちの腐敗を暴くことで国を救った。その過程で王太子殿下やその側近の貴族たちと急速に距離が縮まり、恋に落ちる。そんなゲームだった。

 攻略法は二通りあり、一つ目は、積極的に側近や王太子殿下のご機嫌伺いをして彼らと親密になる。すると、彼らは勝手にダチュラの思想に賛成して腐敗した貴族たちを正す。結果として救国することになり、最後に親密になった攻略対象全員から告白され、ダチュラが好きな相手を選びその相手とのエンディングを迎えるという方法。

 もう一つはダチュラ自身が腐敗しきった貴族たちの横領などの証拠を集め、フラグを立てイベントを一つ一つこなす。そして貴族を追い詰めて、国政を正すことにより救国する。その姿をそばで見ていた攻略対象や王太子殿下が、ダチュラに恋して告白し、ダチュラが好きな相手を選び恋愛エンディングを迎えるという方法だ。

 そのゲームの中でのアルメリアは、ダチュラのライバルで王太子殿下の婚約者だった。その上アルメリアはその立場を利用し、国の金を使いまくりダチュラを苛める悪役令嬢なのだ。 

 ダチュラが王太子殿下の攻略をするためには、アルメリアと一定の距離を保ち、親密にならずにいると発生する『アルメリアが国のお金を散財した証拠を発見する』というイベントをこなさなければならない。
 そのイベントをクリアすると断罪フラグが立ち、アルメリア断罪イベントが発生するのだが、これが王太子殿下を攻略するときの必須イベントだった。
 だが、王太子殿下は仲良くならずにいる方が難しいぐらい、普通に過ごしているだけでも攻略できる対象だ。狙って嫌われでもしないかぎり断罪イベントは必ず発生する。

 逆に、ダチュラは悪役令嬢のアルメリアと仲良くなることもできる。ある程度アルメリアと仲良くなり、王太子殿下と仲良くならずにいると、アルメリアとの友情イベントが発生する。それらをこなして行くと、アルメリアがダチュラに今まで嫌がらせしたことを心から謝罪し、親友になるイベントが発生するのだ。

 そのイベントが起きると王太子殿下との恋愛フラグが折られ、ダチュラはエンディングロールの中で、王太子殿下とアルメリアの結婚式に出ることになる。

 普通にやっていると必ず悪役令嬢が断罪されるルートとなる。
 それに攻略対象全員を落とせるゲームにおいて、攻略対象とライバルを天秤にかけなければならないのは、かなり痛い。
 現にアルメリアも前世では、攻略的にどうしてもライバルと友情イベントを起こす気になれず、スチルを埋めるためだけに一度悪役令嬢を攻略したことがあっただけだった。

 悪役令嬢が断罪される確率の高いゲームの世界に転生した今、このまま手をこ招いていては断罪される可能性が高いだろう。
 とにかく断罪を避けるために、手を尽くさねばならない。そう思った。

 今のアルメリアは、ダチュラの恋愛の邪魔をする気もなければ、まして嫌がらせなどするわけがない。だが、王太子とダチュラが親密になったとき、どんな理由で断罪されるかわかったものではなかった。とにかくダチュラには近づかないようにしようと心に決めた。

 まずは、王太子殿下の婚約者にならないようにすることがアルメリアの目下の目標となった。

 そもそもなぜ、王太子殿下とアルメリアが婚約したかというと、単純にクンシラン家が貧乏だったからである。
 クンシラン家は公爵家の中でも古くから続く名家だ。国王は資金援助をする代わりに、アルメリアを婚約者として向かえることで名門の公爵家からの血筋を取り入れ、地位を磐石なものにしたかったようだ。

 そして、今まで贅沢をしてこなかったアルメリアは、婚約したことで国のお金を使えるようになると、欲に目が眩み横領し思う存分散財した。

 そう、全てはアルメリアの性格の悪さと、クンシラン家が貧乏だったことが招いた不幸だった。

 そこでアルメリアは、貧乏脱却のために手っ取り早くお金を稼ぐ手だてを考えることにした。
 それにお金があれば、シルやルクたちを探し非道な教会から救うこともできる。幸い前世の記憶があるのだから、自分に優位に運べることがあるはずだ。

 そんなことを考えているうちに、庭に植えてある観賞用の檸檬の木が目に入った。そして、歴史書の中にロベリア国が雨の少ない国、と書いてあったことを思いだす。
 これは檸檬の栽培に使えるかもしれない、そう思った瞬間あることを思い付いた。それは壊血病のことだった。

 アルメリアは、すぐさま船乗り病を調べることにした。本を探しても良かったが、手っ取り早くこの屋敷の一番古株で物知りな執事のエピネに、船乗りの間で流行っている病がないか尋ねた。

「船乗り病ですか? 確かにございますが、お嬢様に話せるような内容ではございません」

 アルメリアは首を振る。

「エピネ、わたくしに対してそんな配慮をする必要はありません。正確に答えてちょうだい。その病気とは、皮膚が乾燥して痣や出血があるのではなくて?」

 六つの女児が言うような台詞ではないなと、アルメリアは心の中で思った。
 エビネは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに普段の穏やかな表情になると答える。

「お嬢様、おっしゃる通りでございます。最後にはいたるところから出血して……。我が領地でも、船を出しておりますが、毎年船乗り病で犠牲が出ております」

 やはり思った通りだった。アルメリアは、前世の記憶の中にある、中世から近世にかけて、船乗りたちが壊血病に悩まされたというのを思い出したのだ。
 症状からして、この世界の船乗り病も、壊血病で間違いなさそうである。

 前世の世界でも壊血病は長くその原因がわからず、近世の後期あたりでやっとオレンジなどの柑橘類が船乗り病の予防になることに気づくまで、ずっと船乗りたちを苦しめた病気だった。この世界も壊血病ではだいぶ悩まされているに違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、推しを生かすために転生したようです

みゅー
恋愛
ヴィヴィアンは自分が転生していることに気づくと同時に、前世でもっとも最推しであった婚約者のカーランが死んでしまうことを思い出す。  自分を愛してはくれない、そんな王子でもヴィヴィアンにとって命をかけてでも助けたい相手だった。  それからヴィヴィアンの体を張り命懸でカーランを守る日々が始まった。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

令嬢戦士と召喚獣〈1〉 〜 ワケあり侯爵令嬢ですがうっかり蛇の使い魔を召喚したところ王子に求婚される羽目になりました 〜

Elin
ファンタジー
【24/4/24 更新再開しました。】 人と召喚獣が共生して生きる国《神国アルゴン》。ブラッドリー侯爵家の令嬢ライラは婿探しのため引き籠もり生活を脱して成人の儀式へと臨む。 私の召喚獣は猫かしら? それともウサギ?モルモット? いいえ、蛇です。 しかもこの蛇、しゃべるんですが......。 前代未聞のしゃべる蛇に神殿は大パニック。しかも外で巨大キメラまで出現してもう大混乱。運良くその場にいた第二王子の活躍で事態は一旦収まるものの、後日蛇が強力なスキルの使い手だと判明したことをきっかけに引き籠もり令嬢の日常は一変する。 恋愛ありバトルあり、そして蛇あり。 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズの序章、始まりはじまり。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷ 『令嬢戦士と召喚獣』シリーズ 第一巻(完結済) シリーズ序章 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/415807748 第二巻(連載中) ※毎日更新 https://www.alphapolis.co.jp/novel/841381876/627853636 ※R15作品ですが、一巻は導入巻となるためライトです。二巻以降で恋愛、バトル共に描写が増えます。少年少女漫画を超える表現はしませんが、苦手な方は閲覧お控えください。 ※恋愛ファンタジーですがバトル要素も強く、ヒロイン自身も戦いそれなりに負傷します。一般的な令嬢作品とは異なりますためご注意ください。 ÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...