上 下
3 / 190

第三話 なにも知らなかったころ

しおりを挟む
 しばらくルクに手を引かれ歩き続けると、白詰草の咲く開けた丘に出た。

「こんな綺麗なところあったんだ、知らなかった」

 ルクは振り返り自慢気に言う。

「そうだろ? いい場所だろ?」

「うん! 好き!!」

 間髪入れずにアルメリアが答えると、ルクは少し照れたような顔になった。
 はしゃいだアルメリアが、ルクの手を引っ張り丘の上を指差す。

「あの木の下に行こうよ」

 ちょうど木があり、その下は日陰になっていて過ごしやすそうだった。そこまで行くとアルメリアは座り、ルクにも座るよう促す。ルクもなんとなく楽しげな様子でアルメリアの横に座った。
 それを見届けると、アルメリアは白詰草で王冠を作り始めた。

「この前ね、シルに作り方を教わったの」

 夢中になって直径十五センチほどの不恰好な王冠を作り上げると、振り返ってルクに見せた。

「ほら、見て! 王冠!!」

 すると、ルクも手に綺麗に作った王冠を持っていた。

「なんだぁ、ルクも作れるんだ」

 アルメリアはせっかくルクに作ったのに、ルクも作れるならいらないだろうとがっかりした。

「そう、だから俺のと交換しよう」

 ルクはそう言って、自分の作った王冠をそっとアルメリアの頭にのせた。
 アルメリアも真似してルクの頭に王冠をのせる。

「そうしてると、王子様みたい」

 ルクはじっとアルメリアを見つめた。

「アンジーはお姫様みたいだ」

 そう言うと、ルクはアルメリアの両手を取りアルメリアの瞳をじっと見つめた。いつもと雰囲気の違うルクに、少し戸惑いながらアルメリアも見つめ返す。しばらくそうしているとルクは顔を近づけた。
 キスされる! そう思った瞬間目をつぶる。そして、唇にルクの感触があった。その感触が離れると、アルメリアは顔を赤くし、恥ずかしくて俯いた。

「アンジー、俺と結婚してください」

 ルクに言われて、ぱっと顔を上げルクを見る。ルクは真剣にアルメリアの顔を見つめていた。アルメリアも見つめ返す。

「……うん」

 そう返すと、ルクはアルメリアに抱きついた。

「ずっと守るから」

 そうしてその日は二人でお互いの好きな食べ物や、好きなことを話して過ごした。二人でいると時間はあっという間に過ぎた。
 それからは、たまに二人きりで過ごすこともあったが、みんなと遊びたいのもあり、普段通りに過ごすことの方が多かった。

 この頃はアルメリアにとって最高に幸せな日々だった。何も知らず一番幸せで輝いている思い出として、今でもアルメリアの中で残っている。



 そんな幸せな日々が終わるときがやってきた。
 深刻な顔でシルが言った。

「アンジー、私もう八つだし、そろそろアンジーたちと遊べなくなるかもしれない」

 アルメリアが、不思議そうな顔で話の続きを待っていると、シルは困ったように微笑んだ。

「あのねアンジー、私たち孤児は年頃になったら大きな屋敷に働きに出るか、女の子はどこかに売られるかのどちらかなの」

 アルメリアは衝撃を受けた。奉公にでるならまだしも、売られるとはどういうことなのか。シルのいる孤児院は、ちゃんとした孤児院のはずである。
 考えこんでいるアルメリアに向かってシルは優しく言った。

「驚かせてごめんね、忘れていいから」

 そして、立ち上がり伸びをした。

「ルクたち、どこまで行ったんだろう? もうそろそろ帰らないといけないのに。私、ルクたちを探して声かけて帰るね。またね!」

 そう言って明るく手を振って農道の方へ駆けていった。それがアルメリアがシルを見た最後の姿だった。



 翌日、普段通り屋敷を抜け出し、いつも待ち合わせている場所でシルたちを待っていると、ルクだけがやってきた。

「今日は他のみんなはあとから来るの? それとも二人で出かける?」

 アルメリアのその問いかけに、ルクはつらそうな顔をした。

「シルはもう二度と来ない。あいつはどっかに売られた」

 アルメリアは驚き、ルクに駆け寄りルクの腕をつかんだ。

「どうして!? 売られたってなに? 孤児院がそんなことするわけないよ」

 するとルクは首を振った。

「それが普通なんだ。俺たちはそれに従うだけだ」

 ルクは爪が食い込むほど拳を握りしめ、アルメリアから顔をそらした。

「何でそんな……。おかしいよ、そんなのおかしい!」

 するとルクは悔しそうな、悲しそうな顔をした。

「俺だってそう思ってる! でもしょうがないだろ!? あいつだってわかってた! お前にはわかんないだろうな」

 アルメリアは首を振る。

「わかんないよ、わかんないよそんなの……」

 泣きそうなのを必死にこらえる。ルクは諦めた表情で言った。

「しょうがないんだ、今の俺らにはなにもできない」

 アルメリアはルクの腕をつかむ手に力を入れて叫んだ。

「そんなことないよ! 探そうよ! それで連れ戻せばいいじゃない! なにもしないで諦めるなんてあたしできないよ!」

 すると、ルクはじっとアルメリアの顔を見つめた。

「お前は俺らと違うからそう思うんだろう。みんな、知ってたんだ、お前が貴族の娘ってこと。だから、お前は理解できないだろうけど、俺たちが生きるためには諦めないといけないこともある」

 そう言って、腕をつかむアルメリアの手を振りほどいた。

「俺たちは住む世界が違う。一緒にいたいが、きっとこのまま一緒にいたらお前を傷つけると思う。いつか必ず会いに来るから、それまでは俺たちも会うのはやめよう」

 そう言ってルクはアルメリアに背を向けた。

「やだよ、なんでそんなこと言うの?」

 だが、ルクは振り向くことなく歩き出した。去っていくルクの背中に向かってアルメリアは叫んだ。

「あたし、あたしは絶対にシルのこともルクのことも諦めないもん!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈 
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

醜いと言われて婚約破棄されましたが、その瞬間呪いが解けて元の姿に戻りました ~復縁したいと言われても、もう遅い~

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢リリーは、顔に呪いを受けている。  顔半分が恐ろしい異形のものとなっていた彼女は仮面をつけて生活していた。  そんな彼女を婚約者である第二王子は忌み嫌い、蔑んだ。 「お前のような醜い女と付き合う気はない。俺はほかの女と結婚するから、婚約破棄しろ」  パーティ会場で、みんなの前で馬鹿にされる彼女。  ――しかし。  実はその呪い、婚約破棄が解除条件だったようで――。  みるみるうちに呪いが解け、元の美しい姿に戻ったリリー。  彼女はその足で、醜い姿でも好きだと言ってくれる第一王子に会いに行く。  第二王子は、彼女の元の姿を見て復縁を申し込むのだったが――。  当然彼女は、長年自分を散々馬鹿にしてきた彼と復縁する気はさらさらなかった。

【短編】三姉妹、再会の時 ~三姉妹クロスオーバー作品~

紺青
恋愛
あれから十年後、三姉妹が再び会う時、お互いなにを思うのか? 離れ離れになった元スコールズ伯爵家の三姉妹がそれぞれの家族と幸せになり、互いの家族と共にひょんなことから再会することになった。大人になった三姉妹の再会の物語。 ※「私はいてもいなくても同じなのですね」次女マルティナ、「私がいる意味はあるかな?」三女リリアン、 「私は生きていてもいいのかしら?」長女アイリーンのクロスオーバー作品。いずれかの作品を読んでいないとわからない内容になってます。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...