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第三話 なにも知らなかったころ
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しばらくルクに手を引かれ歩き続けると、白詰草の咲く開けた丘に出た。
「こんな綺麗なところあったんだ、知らなかった」
ルクは振り返り自慢気に言う。
「そうだろ? いい場所だろ?」
「うん! 好き!!」
間髪入れずにアルメリアが答えると、ルクは少し照れたような顔になった。
はしゃいだアルメリアが、ルクの手を引っ張り丘の上を指差す。
「あの木の下に行こうよ」
ちょうど木があり、その下は日陰になっていて過ごしやすそうだった。そこまで行くとアルメリアは座り、ルクにも座るよう促す。ルクもなんとなく楽しげな様子でアルメリアの横に座った。
それを見届けると、アルメリアは白詰草で王冠を作り始めた。
「この前ね、シルに作り方を教わったの」
夢中になって直径十五センチほどの不恰好な王冠を作り上げると、振り返ってルクに見せた。
「ほら、見て! 王冠!!」
すると、ルクも手に綺麗に作った王冠を持っていた。
「なんだぁ、ルクも作れるんだ」
アルメリアはせっかくルクに作ったのに、ルクも作れるならいらないだろうとがっかりした。
「そう、だから俺のと交換しよう」
ルクはそう言って、自分の作った王冠をそっとアルメリアの頭にのせた。
アルメリアも真似してルクの頭に王冠をのせる。
「そうしてると、王子様みたい」
ルクはじっとアルメリアを見つめた。
「アンジーはお姫様みたいだ」
そう言うと、ルクはアルメリアの両手を取りアルメリアの瞳をじっと見つめた。いつもと雰囲気の違うルクに、少し戸惑いながらアルメリアも見つめ返す。しばらくそうしているとルクは顔を近づけた。
キスされる! そう思った瞬間目をつぶる。そして、唇にルクの感触があった。その感触が離れると、アルメリアは顔を赤くし、恥ずかしくて俯いた。
「アンジー、俺と結婚してください」
ルクに言われて、ぱっと顔を上げルクを見る。ルクは真剣にアルメリアの顔を見つめていた。アルメリアも見つめ返す。
「……うん」
そう返すと、ルクはアルメリアに抱きついた。
「ずっと守るから」
そうしてその日は二人でお互いの好きな食べ物や、好きなことを話して過ごした。二人でいると時間はあっという間に過ぎた。
それからは、たまに二人きりで過ごすこともあったが、みんなと遊びたいのもあり、普段通りに過ごすことの方が多かった。
この頃はアルメリアにとって最高に幸せな日々だった。何も知らず一番幸せで輝いている思い出として、今でもアルメリアの中で残っている。
そんな幸せな日々が終わるときがやってきた。
深刻な顔でシルが言った。
「アンジー、私もう八つだし、そろそろアンジーたちと遊べなくなるかもしれない」
アルメリアが、不思議そうな顔で話の続きを待っていると、シルは困ったように微笑んだ。
「あのねアンジー、私たち孤児は年頃になったら大きな屋敷に働きに出るか、女の子はどこかに売られるかのどちらかなの」
アルメリアは衝撃を受けた。奉公にでるならまだしも、売られるとはどういうことなのか。シルのいる孤児院は、ちゃんとした孤児院のはずである。
考えこんでいるアルメリアに向かってシルは優しく言った。
「驚かせてごめんね、忘れていいから」
そして、立ち上がり伸びをした。
「ルクたち、どこまで行ったんだろう? もうそろそろ帰らないといけないのに。私、ルクたちを探して声かけて帰るね。またね!」
そう言って明るく手を振って農道の方へ駆けていった。それがアルメリアがシルを見た最後の姿だった。
翌日、普段通り屋敷を抜け出し、いつも待ち合わせている場所でシルたちを待っていると、ルクだけがやってきた。
「今日は他のみんなはあとから来るの? それとも二人で出かける?」
アルメリアのその問いかけに、ルクはつらそうな顔をした。
「シルはもう二度と来ない。あいつはどっかに売られた」
アルメリアは驚き、ルクに駆け寄りルクの腕をつかんだ。
「どうして!? 売られたってなに? 孤児院がそんなことするわけないよ」
するとルクは首を振った。
「それが普通なんだ。俺たちはそれに従うだけだ」
ルクは爪が食い込むほど拳を握りしめ、アルメリアから顔をそらした。
「何でそんな……。おかしいよ、そんなのおかしい!」
するとルクは悔しそうな、悲しそうな顔をした。
「俺だってそう思ってる! でもしょうがないだろ!? あいつだってわかってた! お前にはわかんないだろうな」
アルメリアは首を振る。
「わかんないよ、わかんないよそんなの……」
泣きそうなのを必死にこらえる。ルクは諦めた表情で言った。
「しょうがないんだ、今の俺らにはなにもできない」
アルメリアはルクの腕をつかむ手に力を入れて叫んだ。
「そんなことないよ! 探そうよ! それで連れ戻せばいいじゃない! なにもしないで諦めるなんてあたしできないよ!」
すると、ルクはじっとアルメリアの顔を見つめた。
「お前は俺らと違うからそう思うんだろう。みんな、知ってたんだ、お前が貴族の娘ってこと。だから、お前は理解できないだろうけど、俺たちが生きるためには諦めないといけないこともある」
そう言って、腕をつかむアルメリアの手を振りほどいた。
「俺たちは住む世界が違う。一緒にいたいが、きっとこのまま一緒にいたらお前を傷つけると思う。いつか必ず会いに来るから、それまでは俺たちも会うのはやめよう」
そう言ってルクはアルメリアに背を向けた。
「やだよ、なんでそんなこと言うの?」
だが、ルクは振り向くことなく歩き出した。去っていくルクの背中に向かってアルメリアは叫んだ。
「あたし、あたしは絶対にシルのこともルクのことも諦めないもん!」
「こんな綺麗なところあったんだ、知らなかった」
ルクは振り返り自慢気に言う。
「そうだろ? いい場所だろ?」
「うん! 好き!!」
間髪入れずにアルメリアが答えると、ルクは少し照れたような顔になった。
はしゃいだアルメリアが、ルクの手を引っ張り丘の上を指差す。
「あの木の下に行こうよ」
ちょうど木があり、その下は日陰になっていて過ごしやすそうだった。そこまで行くとアルメリアは座り、ルクにも座るよう促す。ルクもなんとなく楽しげな様子でアルメリアの横に座った。
それを見届けると、アルメリアは白詰草で王冠を作り始めた。
「この前ね、シルに作り方を教わったの」
夢中になって直径十五センチほどの不恰好な王冠を作り上げると、振り返ってルクに見せた。
「ほら、見て! 王冠!!」
すると、ルクも手に綺麗に作った王冠を持っていた。
「なんだぁ、ルクも作れるんだ」
アルメリアはせっかくルクに作ったのに、ルクも作れるならいらないだろうとがっかりした。
「そう、だから俺のと交換しよう」
ルクはそう言って、自分の作った王冠をそっとアルメリアの頭にのせた。
アルメリアも真似してルクの頭に王冠をのせる。
「そうしてると、王子様みたい」
ルクはじっとアルメリアを見つめた。
「アンジーはお姫様みたいだ」
そう言うと、ルクはアルメリアの両手を取りアルメリアの瞳をじっと見つめた。いつもと雰囲気の違うルクに、少し戸惑いながらアルメリアも見つめ返す。しばらくそうしているとルクは顔を近づけた。
キスされる! そう思った瞬間目をつぶる。そして、唇にルクの感触があった。その感触が離れると、アルメリアは顔を赤くし、恥ずかしくて俯いた。
「アンジー、俺と結婚してください」
ルクに言われて、ぱっと顔を上げルクを見る。ルクは真剣にアルメリアの顔を見つめていた。アルメリアも見つめ返す。
「……うん」
そう返すと、ルクはアルメリアに抱きついた。
「ずっと守るから」
そうしてその日は二人でお互いの好きな食べ物や、好きなことを話して過ごした。二人でいると時間はあっという間に過ぎた。
それからは、たまに二人きりで過ごすこともあったが、みんなと遊びたいのもあり、普段通りに過ごすことの方が多かった。
この頃はアルメリアにとって最高に幸せな日々だった。何も知らず一番幸せで輝いている思い出として、今でもアルメリアの中で残っている。
そんな幸せな日々が終わるときがやってきた。
深刻な顔でシルが言った。
「アンジー、私もう八つだし、そろそろアンジーたちと遊べなくなるかもしれない」
アルメリアが、不思議そうな顔で話の続きを待っていると、シルは困ったように微笑んだ。
「あのねアンジー、私たち孤児は年頃になったら大きな屋敷に働きに出るか、女の子はどこかに売られるかのどちらかなの」
アルメリアは衝撃を受けた。奉公にでるならまだしも、売られるとはどういうことなのか。シルのいる孤児院は、ちゃんとした孤児院のはずである。
考えこんでいるアルメリアに向かってシルは優しく言った。
「驚かせてごめんね、忘れていいから」
そして、立ち上がり伸びをした。
「ルクたち、どこまで行ったんだろう? もうそろそろ帰らないといけないのに。私、ルクたちを探して声かけて帰るね。またね!」
そう言って明るく手を振って農道の方へ駆けていった。それがアルメリアがシルを見た最後の姿だった。
翌日、普段通り屋敷を抜け出し、いつも待ち合わせている場所でシルたちを待っていると、ルクだけがやってきた。
「今日は他のみんなはあとから来るの? それとも二人で出かける?」
アルメリアのその問いかけに、ルクはつらそうな顔をした。
「シルはもう二度と来ない。あいつはどっかに売られた」
アルメリアは驚き、ルクに駆け寄りルクの腕をつかんだ。
「どうして!? 売られたってなに? 孤児院がそんなことするわけないよ」
するとルクは首を振った。
「それが普通なんだ。俺たちはそれに従うだけだ」
ルクは爪が食い込むほど拳を握りしめ、アルメリアから顔をそらした。
「何でそんな……。おかしいよ、そんなのおかしい!」
するとルクは悔しそうな、悲しそうな顔をした。
「俺だってそう思ってる! でもしょうがないだろ!? あいつだってわかってた! お前にはわかんないだろうな」
アルメリアは首を振る。
「わかんないよ、わかんないよそんなの……」
泣きそうなのを必死にこらえる。ルクは諦めた表情で言った。
「しょうがないんだ、今の俺らにはなにもできない」
アルメリアはルクの腕をつかむ手に力を入れて叫んだ。
「そんなことないよ! 探そうよ! それで連れ戻せばいいじゃない! なにもしないで諦めるなんてあたしできないよ!」
すると、ルクはじっとアルメリアの顔を見つめた。
「お前は俺らと違うからそう思うんだろう。みんな、知ってたんだ、お前が貴族の娘ってこと。だから、お前は理解できないだろうけど、俺たちが生きるためには諦めないといけないこともある」
そう言って、腕をつかむアルメリアの手を振りほどいた。
「俺たちは住む世界が違う。一緒にいたいが、きっとこのまま一緒にいたらお前を傷つけると思う。いつか必ず会いに来るから、それまでは俺たちも会うのはやめよう」
そう言ってルクはアルメリアに背を向けた。
「やだよ、なんでそんなこと言うの?」
だが、ルクは振り向くことなく歩き出した。去っていくルクの背中に向かってアルメリアは叫んだ。
「あたし、あたしは絶対にシルのこともルクのことも諦めないもん!」
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