38 / 43
37
しおりを挟む
そのときイーファがオルヘルスとエーリクの間に割って入る。
「いい加減にしてください。あなたがたはなぜそうも人の話を聞くことができないんだ」
「イーファ、貴様誰に向かって口を利いている」
ふたりがそう言い争いをし始めた瞬間、楽団が両陛下の到着を告げる曲を奏でた。
その場にいる者たちが全員ホール入口正面にある扉に集中すると、膝を折って出迎える。ゆっくりと扉が開かれ両陛下とそれに続いてグランツも姿を現す。
両陛下は用意されている玉座に腰かけ、グランツのみそのまま進みホールの中央に゙立つと周囲を見渡した。
「今日は私のために集まってもらってありがとう。周知のとおり私は婚約が決まった。その相手を今日この場で報告しその喜びをみんなと分かち合いたい。それともうひとつ素晴らしい報告があるから楽しみにしていてほしい。では、まず私の婚約者を紹介しよう」
そう話すと、グランツはオルヘルスを真っ直ぐに見つめこちらに向かって歩き始めた。その瞬間、アリネアはグランツを見つめうっとりとした顔をした。
「やっぱり、グランツ様は私を選んでくださるのね」
そう呟くとこちらへ振り返り、オルヘルスを憐憫の眼差しで見つめる。
「オルヘルス、わかったかしら。結局あなたは私に勝つことはできないのよ」
そう言って、なにを思ったのかそのままグランツの方へ駆け寄った。
「グランツ様~!!」
その瞬間、目にも止まらぬ早さでレクスがアリネアを羽交い締めにした。
「殿下に害をなす不届き者め!!」
「な、なんですの? この老いぼれ! 無礼ね。離しなさい!!」
アリネアはそう言って振りほどこうと暴れるが、レクスはピクリともしない。そうして揉めているふたりの目の前をグランツは涼しい顔でとおり過ぎると、オルヘルスの前に立ち微笑み手を差し伸べる。
「オルヘルス・リートフェルト男爵令嬢、私と共に来てくれるね?」
オルヘルスは微笑み返すと、その手を取った。
「もちろんですわ、グランツ様」
そうしてふたりはホールの中央へ進み出ると、グランツはオルヘルスの腰に手を回し抱き寄せ周囲を見渡す。
「紹介しよう、私の婚約者であるオルヘルス・リートフェルト男爵令嬢だ」
グランツがそう言った瞬間に、周囲から歓声が上がりお祝いムードに包まれた。アリネアはその中にあっても、まだ納得がいかない様子で抵抗していた。
それに気づいたグランツはレクスに命令する。
「いい、離してやれ。なにか問題があるならこの場ではっきりさせたい」
アリネアは嬉しそうに叫ぶ。
「ありがとうございます。流石グランツ殿下ですわ。ちゃんとわかってくれましたのね」
そう言ってグランツたちの前に歩みでた。そんなアリネアにグランツは訊く。
「お前はなにか言いたいようだな」
「はい、グランツ様ならわかってくださると思います。オリを選ぶなんて間違ってますわ」
「なぜそう思う?」
「だって、オリを見ていればわかりますでしょう? ちゃんとした礼儀がなっていませんもの」
オルヘルスはアリネアがまだそんなことを言っているのかと呆れながら、どう言えばアリネアが自分の間違いを認めるのかと頭を悩ませた。
思わずため息をついてグランツの顔を見上げると、グランツはオルヘルスに゙向かって安心させるように微笑んだ。
そして、レクスに目配せをすると一人の女性が連れてこられた。その女性にグランツはにこやかに話しかける。
「ニコール、久しぶりだな」
「殿下、ご活躍はかねがね。それに、オルヘルスあなたも元気そうね」
オルヘルスは驚いてニコールとグランツの顔を交互に見つめると我に返って言った。
「ニコール先生、お久しぶりです。ところで、グランツ様とお知り合いですの?」
ニコールはオルヘルスに微笑み返す。
「そうです。私はエリ女王陛下の命令で殿下とオルヘルス、あなたがたを指導していたんですから。ふたりとも、私の人生の中でも一番優秀な生徒たちでしたよ?」
すると周囲の貴族たちがヒソヒソと話し始める。
「ニコール様ってあの、エリ女王陛下のお姉様ですわよね? レディの称号を持ってらっしゃる」
「隣国に嫁いだと聞いていたが……」
グランツはそんな周囲の貴族を黙らせるように大きな声で言った。
「紹介しよう。私の伯母でもあり私とオリのマナー講師であるレディ・ニコールだ」
ニコールは一歩前に出ると恭しくお辞儀をした。
「本日は殿下の婚約のお祝いにこちらに伺いました。まさかこんな茶番を見ることになるとは思っておりませんでしたが」
そう言ってグランツの方へ向き直り苦笑する。それを受けてグランツも苦笑しながら答える。
「ニコール、わざわざ来てくれたのにこんなことで本当にすまないんだが、一つ聞きたいことがある。そこの令嬢がオリの礼儀がなっていないと言うんだが」
すると、ニコールは扇子で口元を隠しクスクスと楽しそうに笑うと言った。
「まぁ、そこの礼儀知らずな令嬢がそんなことを? それが本当なら、とんでもないことですわ」
そう言うと続けてアリネアに問いかける。
「オルヘルスにマナーを教えたのはこの私です。私のことも否定なさるということですわね?」
アリネアは慌てて叫ぶ。
「ち、違いますわ! 私そんなこと……」
それに対してニコールはピシャリと言い返す。
「言い訳をするのはおやめなさい、見苦しい。どう違うというのです? 自分の言ったことに責任を持ちなさい。それにしてもあなたのような令嬢が堂々と社交界デビューしているなんて、なんて嘆かわしいことかしら」
そんなふたりを見ながら、オルヘルスはニコールがエリ女王の姉だと知らなかったので内心とても驚いていた。
だが流石姉妹、エリ女王が怒ったときとニコールの物言いが似ている。そう思いながら玉座に座っているエリ女王に視線を移すと、エリ女王は必死に笑いをこらえていた。
ニコールは攻撃の手を緩めない。
「私を否定するということは、私が指導した殿下をも否定するということ。あなたの考えはそうということでよろしいかしら?」
そう問われたアリネアは、しどろもどろになりながら答える。
「そ、そんな、そういうことではなくて……。そんなこと思ったこともないですし、違くて私はオリの礼儀がなってないと……」
ニコールは大きくため息をつく。
「あなた、頭の血の巡りが悪いのね。何度言えば理解するのかしら。それとも事実を認めたくないだけ? なんにせよ、殿下に楯突くつもりがないのならこの場で今すぐに自身の発言を撤回し、オルヘルスに謝る必要があるわねぇ」
その様子を見ていた周囲の貴族たちが、アリネアに対し嘲笑を向けると、アリネアはドレスをギュッとつかみオルヘルスを睨み付け歯ぎしりし、絞り出すように言った。
「オリの、オルヘルスの礼儀は完璧です……。私が間違っていました。すみません」
「なんですかその言い方は。しっかりなさい。『すみません』ではありません。やり直し!」
「も、申し訳ありませんでした」
アリネアは慌ててそう言い直すと、頭を深々とさげた。ニコールはため息をついて言った。
「まだまだ改善の余地がありますけれど、今のあなたにしたらそれが精一杯なのでしょう。これぐらいで我慢します。殿下、よろしいかしら?」
グランツは少し不満そうにしていたが、あきらめた顔でうなずく。
「そうだな、とりあえず今の発言に対しての謝罪はそれで我慢するとしよう。アリネアにはそれが精一杯なのだから仕方ない」
それを聞いてニコールは満足そうにうなずくと、グランツに一礼してうしろへ下がった。
グランツはあらためてアリネアに向かって言った。
「社交界で今、お前がどのように言われているか知っているか? 礼儀知らずで恥知らず、ところかまわず意味の通じないことを叫び、駄々をこね、挙げ句に男性と見れば誰彼かまわず媚を売ると有名だ。それについてはどう思っている?」
「そ、そんな、出鱈目ですわ」
「いや、お前がエーリクをオリから奪い取ったのがいい証拠だと思わないか?」
そう問い詰められ、アリネアは悔しそうな顔をしたが突然ニヤリと笑うと、オルヘルスのドレスを指さした。
「でも、そのドレスを見てくださるかしら? こんなドレス見たことありませんわ。ちゃんと正装できないなんて、問題だと思いますの。それに比べて私のドレス、これはファニーの最新のデザインですのよ?」
そこでファニーが声をあげた。
「やーめーてーよー! それにアリネアとかいう令嬢の着ているデザインさぁ、僕が持ち運んでる間に誰かに盗まれたやつなんだよねぇ」
そう言ってアリネアの前まで行くと、アリネアのドレスの袖のレースを少しつまんで見つめる。
「それに~、僕のところのお針子はこんな雑な仕事はしないもん。せっかくのデザインがこれじゃあ台無しだよぉ。あ~あ、このデザインはもう用済みだね。ケチが着いちゃたし~、あげる~。そのかわりさぁ、僕がデザインしたなんて言わないでね!」
そして、オルヘルスに向き直ると続ける。
「それに比べて、見てよ! オルヘルスのこのドレス! これからのドレスは、体の柔らかいラインを美しく見せる、着心地も見た目もいいエンパイアスタイルが流行! コルセットやパニエなんてもういにしえの産物だよ!」
その言葉に周囲の者たちはどよめき、オルヘルスのドレスに注目し感嘆の声を漏らす。オルヘルスは少し恥ずかしくなりうつむいた。
するとアリネアは不機嫌そうな顔をする。
「なっ! なんて失礼なデザイナーなの!!」
だが、アリネアのその声は、周囲の貴族たちの声にかき消された。すると、アリネアは我慢ならないとばかりにグランツに走りより大声で叫ぶ。
「ちょっと待ってください。本当にグランツ殿下はオリと婚約するというのですか?! それに、私がオルヘルスよりも劣っていると? ではなぜエメラルドピアリアドで私 のリボンを?」
グランツは不愉快そうに答える。
「このリボンがお前のリボンだと?」
アリネアは大きく首を縦に振る。
そう言われて、オルヘルスは自分が作ったリボンがアリネアのものと形が少し似ていることに気づいた。
アリネアのことなので、ただ否定するだけではそれを受け入れないと思ったオルヘルスは、ハンカチと同じ刺繍を入れたことを思い出しグランツに耳打ちした。
この日もお互いにタイとリボンを装着していたので、ふたりはオルヘルスの手作りのハンカチを取り出し刺繍を見せた。
そしてグランツが説明する。
「君のリボンなど着けていない。このリボンはあらためてオリに作ってもらったものだ。見てみろ、このハンカチとリボンには揃いの刺繍が入っている」
そう言ってグランツがアリネアの眼の前にハンカチを突きつけると、アリネアはハンカチとリボンを交互に見比べ悔しそうな顔をした。
その様子を見て、オルヘルスはハンカチとリボンの刺繍を揃いにしておいてよかったと胸を撫で下ろした。
だがなぜアリネアが自身のリボンをグランツが持っていると思ったのか不思議に思っていると、グランツがなにかに気づいたように言った。
「いい加減にしてください。あなたがたはなぜそうも人の話を聞くことができないんだ」
「イーファ、貴様誰に向かって口を利いている」
ふたりがそう言い争いをし始めた瞬間、楽団が両陛下の到着を告げる曲を奏でた。
その場にいる者たちが全員ホール入口正面にある扉に集中すると、膝を折って出迎える。ゆっくりと扉が開かれ両陛下とそれに続いてグランツも姿を現す。
両陛下は用意されている玉座に腰かけ、グランツのみそのまま進みホールの中央に゙立つと周囲を見渡した。
「今日は私のために集まってもらってありがとう。周知のとおり私は婚約が決まった。その相手を今日この場で報告しその喜びをみんなと分かち合いたい。それともうひとつ素晴らしい報告があるから楽しみにしていてほしい。では、まず私の婚約者を紹介しよう」
そう話すと、グランツはオルヘルスを真っ直ぐに見つめこちらに向かって歩き始めた。その瞬間、アリネアはグランツを見つめうっとりとした顔をした。
「やっぱり、グランツ様は私を選んでくださるのね」
そう呟くとこちらへ振り返り、オルヘルスを憐憫の眼差しで見つめる。
「オルヘルス、わかったかしら。結局あなたは私に勝つことはできないのよ」
そう言って、なにを思ったのかそのままグランツの方へ駆け寄った。
「グランツ様~!!」
その瞬間、目にも止まらぬ早さでレクスがアリネアを羽交い締めにした。
「殿下に害をなす不届き者め!!」
「な、なんですの? この老いぼれ! 無礼ね。離しなさい!!」
アリネアはそう言って振りほどこうと暴れるが、レクスはピクリともしない。そうして揉めているふたりの目の前をグランツは涼しい顔でとおり過ぎると、オルヘルスの前に立ち微笑み手を差し伸べる。
「オルヘルス・リートフェルト男爵令嬢、私と共に来てくれるね?」
オルヘルスは微笑み返すと、その手を取った。
「もちろんですわ、グランツ様」
そうしてふたりはホールの中央へ進み出ると、グランツはオルヘルスの腰に手を回し抱き寄せ周囲を見渡す。
「紹介しよう、私の婚約者であるオルヘルス・リートフェルト男爵令嬢だ」
グランツがそう言った瞬間に、周囲から歓声が上がりお祝いムードに包まれた。アリネアはその中にあっても、まだ納得がいかない様子で抵抗していた。
それに気づいたグランツはレクスに命令する。
「いい、離してやれ。なにか問題があるならこの場ではっきりさせたい」
アリネアは嬉しそうに叫ぶ。
「ありがとうございます。流石グランツ殿下ですわ。ちゃんとわかってくれましたのね」
そう言ってグランツたちの前に歩みでた。そんなアリネアにグランツは訊く。
「お前はなにか言いたいようだな」
「はい、グランツ様ならわかってくださると思います。オリを選ぶなんて間違ってますわ」
「なぜそう思う?」
「だって、オリを見ていればわかりますでしょう? ちゃんとした礼儀がなっていませんもの」
オルヘルスはアリネアがまだそんなことを言っているのかと呆れながら、どう言えばアリネアが自分の間違いを認めるのかと頭を悩ませた。
思わずため息をついてグランツの顔を見上げると、グランツはオルヘルスに゙向かって安心させるように微笑んだ。
そして、レクスに目配せをすると一人の女性が連れてこられた。その女性にグランツはにこやかに話しかける。
「ニコール、久しぶりだな」
「殿下、ご活躍はかねがね。それに、オルヘルスあなたも元気そうね」
オルヘルスは驚いてニコールとグランツの顔を交互に見つめると我に返って言った。
「ニコール先生、お久しぶりです。ところで、グランツ様とお知り合いですの?」
ニコールはオルヘルスに微笑み返す。
「そうです。私はエリ女王陛下の命令で殿下とオルヘルス、あなたがたを指導していたんですから。ふたりとも、私の人生の中でも一番優秀な生徒たちでしたよ?」
すると周囲の貴族たちがヒソヒソと話し始める。
「ニコール様ってあの、エリ女王陛下のお姉様ですわよね? レディの称号を持ってらっしゃる」
「隣国に嫁いだと聞いていたが……」
グランツはそんな周囲の貴族を黙らせるように大きな声で言った。
「紹介しよう。私の伯母でもあり私とオリのマナー講師であるレディ・ニコールだ」
ニコールは一歩前に出ると恭しくお辞儀をした。
「本日は殿下の婚約のお祝いにこちらに伺いました。まさかこんな茶番を見ることになるとは思っておりませんでしたが」
そう言ってグランツの方へ向き直り苦笑する。それを受けてグランツも苦笑しながら答える。
「ニコール、わざわざ来てくれたのにこんなことで本当にすまないんだが、一つ聞きたいことがある。そこの令嬢がオリの礼儀がなっていないと言うんだが」
すると、ニコールは扇子で口元を隠しクスクスと楽しそうに笑うと言った。
「まぁ、そこの礼儀知らずな令嬢がそんなことを? それが本当なら、とんでもないことですわ」
そう言うと続けてアリネアに問いかける。
「オルヘルスにマナーを教えたのはこの私です。私のことも否定なさるということですわね?」
アリネアは慌てて叫ぶ。
「ち、違いますわ! 私そんなこと……」
それに対してニコールはピシャリと言い返す。
「言い訳をするのはおやめなさい、見苦しい。どう違うというのです? 自分の言ったことに責任を持ちなさい。それにしてもあなたのような令嬢が堂々と社交界デビューしているなんて、なんて嘆かわしいことかしら」
そんなふたりを見ながら、オルヘルスはニコールがエリ女王の姉だと知らなかったので内心とても驚いていた。
だが流石姉妹、エリ女王が怒ったときとニコールの物言いが似ている。そう思いながら玉座に座っているエリ女王に視線を移すと、エリ女王は必死に笑いをこらえていた。
ニコールは攻撃の手を緩めない。
「私を否定するということは、私が指導した殿下をも否定するということ。あなたの考えはそうということでよろしいかしら?」
そう問われたアリネアは、しどろもどろになりながら答える。
「そ、そんな、そういうことではなくて……。そんなこと思ったこともないですし、違くて私はオリの礼儀がなってないと……」
ニコールは大きくため息をつく。
「あなた、頭の血の巡りが悪いのね。何度言えば理解するのかしら。それとも事実を認めたくないだけ? なんにせよ、殿下に楯突くつもりがないのならこの場で今すぐに自身の発言を撤回し、オルヘルスに謝る必要があるわねぇ」
その様子を見ていた周囲の貴族たちが、アリネアに対し嘲笑を向けると、アリネアはドレスをギュッとつかみオルヘルスを睨み付け歯ぎしりし、絞り出すように言った。
「オリの、オルヘルスの礼儀は完璧です……。私が間違っていました。すみません」
「なんですかその言い方は。しっかりなさい。『すみません』ではありません。やり直し!」
「も、申し訳ありませんでした」
アリネアは慌ててそう言い直すと、頭を深々とさげた。ニコールはため息をついて言った。
「まだまだ改善の余地がありますけれど、今のあなたにしたらそれが精一杯なのでしょう。これぐらいで我慢します。殿下、よろしいかしら?」
グランツは少し不満そうにしていたが、あきらめた顔でうなずく。
「そうだな、とりあえず今の発言に対しての謝罪はそれで我慢するとしよう。アリネアにはそれが精一杯なのだから仕方ない」
それを聞いてニコールは満足そうにうなずくと、グランツに一礼してうしろへ下がった。
グランツはあらためてアリネアに向かって言った。
「社交界で今、お前がどのように言われているか知っているか? 礼儀知らずで恥知らず、ところかまわず意味の通じないことを叫び、駄々をこね、挙げ句に男性と見れば誰彼かまわず媚を売ると有名だ。それについてはどう思っている?」
「そ、そんな、出鱈目ですわ」
「いや、お前がエーリクをオリから奪い取ったのがいい証拠だと思わないか?」
そう問い詰められ、アリネアは悔しそうな顔をしたが突然ニヤリと笑うと、オルヘルスのドレスを指さした。
「でも、そのドレスを見てくださるかしら? こんなドレス見たことありませんわ。ちゃんと正装できないなんて、問題だと思いますの。それに比べて私のドレス、これはファニーの最新のデザインですのよ?」
そこでファニーが声をあげた。
「やーめーてーよー! それにアリネアとかいう令嬢の着ているデザインさぁ、僕が持ち運んでる間に誰かに盗まれたやつなんだよねぇ」
そう言ってアリネアの前まで行くと、アリネアのドレスの袖のレースを少しつまんで見つめる。
「それに~、僕のところのお針子はこんな雑な仕事はしないもん。せっかくのデザインがこれじゃあ台無しだよぉ。あ~あ、このデザインはもう用済みだね。ケチが着いちゃたし~、あげる~。そのかわりさぁ、僕がデザインしたなんて言わないでね!」
そして、オルヘルスに向き直ると続ける。
「それに比べて、見てよ! オルヘルスのこのドレス! これからのドレスは、体の柔らかいラインを美しく見せる、着心地も見た目もいいエンパイアスタイルが流行! コルセットやパニエなんてもういにしえの産物だよ!」
その言葉に周囲の者たちはどよめき、オルヘルスのドレスに注目し感嘆の声を漏らす。オルヘルスは少し恥ずかしくなりうつむいた。
するとアリネアは不機嫌そうな顔をする。
「なっ! なんて失礼なデザイナーなの!!」
だが、アリネアのその声は、周囲の貴族たちの声にかき消された。すると、アリネアは我慢ならないとばかりにグランツに走りより大声で叫ぶ。
「ちょっと待ってください。本当にグランツ殿下はオリと婚約するというのですか?! それに、私がオルヘルスよりも劣っていると? ではなぜエメラルドピアリアドで私 のリボンを?」
グランツは不愉快そうに答える。
「このリボンがお前のリボンだと?」
アリネアは大きく首を縦に振る。
そう言われて、オルヘルスは自分が作ったリボンがアリネアのものと形が少し似ていることに気づいた。
アリネアのことなので、ただ否定するだけではそれを受け入れないと思ったオルヘルスは、ハンカチと同じ刺繍を入れたことを思い出しグランツに耳打ちした。
この日もお互いにタイとリボンを装着していたので、ふたりはオルヘルスの手作りのハンカチを取り出し刺繍を見せた。
そしてグランツが説明する。
「君のリボンなど着けていない。このリボンはあらためてオリに作ってもらったものだ。見てみろ、このハンカチとリボンには揃いの刺繍が入っている」
そう言ってグランツがアリネアの眼の前にハンカチを突きつけると、アリネアはハンカチとリボンを交互に見比べ悔しそうな顔をした。
その様子を見て、オルヘルスはハンカチとリボンの刺繍を揃いにしておいてよかったと胸を撫で下ろした。
だがなぜアリネアが自身のリボンをグランツが持っていると思ったのか不思議に思っていると、グランツがなにかに気づいたように言った。
1,035
お気に入りに追加
2,227
あなたにおすすめの小説
七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない
猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました
2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました
※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です!
殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。
前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。
ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。
兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。
幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。
今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。
甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。
基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。
【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】
※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
悪役令嬢に転生してストーリー無視で商才が開花しましたが、恋に奥手はなおりません。
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】乙女ゲームの悪役令嬢である公爵令嬢カロリーナ・シュタールに転生した主人公。
だけど、元はといえば都会が苦手な港町生まれの田舎娘。しかも、まったくの生まれたての赤ん坊に転生してしまったため、公爵令嬢としての記憶も経験もなく、アイデンティティは完全に日本の田舎娘。
高慢で横暴で他を圧倒する美貌で学園に君臨する悪役令嬢……に、育つ訳もなく当たり障りのない〈ふつうの令嬢〉として、乙女ゲームの舞台であった王立学園へと進学。
ゲームでカロリーナが強引に婚約者にしていた第2王子とも「ちょっといい感じ」程度で特に進展はなし。当然、断罪イベントもなく、都会が苦手なので亡き母の遺してくれた辺境の領地に移住する日を夢見て過ごし、無事卒業。
ところが母の愛したミカン畑が、安く買い叩かれて廃業の危機!? 途方にくれたけど、目のまえには海。それも、天然の良港! 一念発起して、港湾開発と海上交易へと乗り出してゆく!!
乙女ゲームの世界を舞台に、原作ストーリー無視で商才を開花させるけど、恋はちょっと苦手。
なのに、グイグイくる軽薄男爵との軽い会話なら逆にいける!
という不器用な主人公がおりなす、読み味軽快なサクセス&異世界恋愛ファンタジー!
*女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.9.1-2)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます!
*第17回ファンタジー小説大賞で奨励賞をいただきました!
異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】
ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く
ひよこ1号
ファンタジー
過労で倒れて公爵令嬢に転生したものの…
乙女ゲーの悪役令嬢が活躍する原作小説に転生していた。
乙女ゲーの知識?小説の中にある位しか無い!
原作小説?1巻しか読んでない!
暮らしてみたら全然違うし、前世の知識はあてにならない。
だったら我が道を行くしかないじゃない?
両親と5人のイケメン兄達に溺愛される幼女のほのぼの~殺伐ストーリーです。
本人無自覚人誑しですが、至って平凡に真面目に生きていく…予定。
※アルファポリス様で書籍化進行中(第16回ファンタジー小説大賞で、癒し系ほっこり賞受賞しました)
※残虐シーンは控えめの描写です
※カクヨム、小説家になろうでも公開中です
「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした
赤白玉ゆずる
ファンタジー
【10/23コミカライズ開始!】
『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました!
颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。
【第2巻が発売されました!】
今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです!
素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。
【ストーリー紹介】
幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる