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すると、そんなオルヘルスを見てグランツは言った。
「当時の君も今と同じ顔をした。そして、そっと私の額に手を当てたんだ。君の手はひんやりしていて、自分の体から余分な熱が吸われていくようでとても心地よかったのを覚えている」
そこでグランツは一旦話を切り、オルヘルスを見つめると悲しそうに微笑む。
「私は意識を失い、気がつくと体がとても楽になっていた。驚いて体を起こすと、傍らで君が辛そうな顔をして横たわっていた。私が大声で爺を呼ぶと、父と母が寝室に駆け込みその後ろに続いてステフが……」
「お父様はそのときどんな反応をしましたの?」
「ステフはなにも言わなかった。ただとても苦しそうな顔をして、君を抱き上げると『これは娘の意思なのだから、私はそれを尊重する』とだけ」
お父様らしい。オルヘルスはそう思いながら、先日話したときにステファンがなぜあんなにも心配そうな顔をしたのかを理解した。
「でも、おかしいですわ。本当に私がグランツ様のことを治療したのなら、私がこんなに健康でいられるはずがありませんもの」
すると、グランツは不思議そうにオルヘルスを見つめて言った。
「それもステフから聞いていないのか?」
「なんのことですの?」
「精霊に関しての書物はわずかながら残っている。その中には昔、精霊の加護を受けて人間たちは生活していたと書かれているのだが、稀にとても精霊に寵愛されその影響を強く受ける、特別な存在がいると」
そこでオルヘルスは、はっとする。
「まさか、私がその特別な存在だと?」
「そうだ。でないと回復せずそのまま命を落としていたかもしれない。実際ステフはそうなると覚悟していた」
オルヘルスは到底信じることができなかった。
先日ステファンに曾祖母が精霊であったこと、精霊の加護を受けていることを聞いて、それだけでも現実離れしていて半信半疑だったのに、自分が精霊に寵愛されているなど思いもよらない話だ。
「君は驚くかもしれないが、私たちからすればそれは納得がいくことだ」
「なぜそう思いますの?」
「君と庭園に行ったことがあったね。あのときも君が庭園を訪れる前日、なかなか花を咲かせることができなかった花も含めほとんどの花が一斉に蕾を付けて開花した」
「そ、それは偶然ですわ」
「他にも君を連れて行った狩猟会で、我々は一切動物たちの姿を確認できなくなったり」
確かに、あのときは馬車の中でグランツに悪いと重いながらも、動物たちの無事を祈っていた。
「自分自身でも覚えがないか? 枯れた花が君が世話をして甦ったとか、そんな日常の些細なことも含めてだ」
そう言われて唯一オルヘルス自身もずっと不思議に思っていたことを口にする。
「スノウですわ。あの子のことは最初からずっと、不思議なことだらけですもの」
グランツはうなずく。
「スノウはまさに精霊王が君に遣わせた馬なのだと思う」
「だから、エーリクに連れ出されても私の元へ戻ってくることができましたのね」
「そうだろうな。考えてみれば君が愛馬会に主席しなくとも、いずれは必ず君の元へスノウは譲渡されることになっていたしな」
そこで不意に思ったことを口にした。
「お父様はなぜ、このことを隠していたんでしょう」
「君が自分の力のことを知って、力を安易に使ってしまうことを恐れたのだろう。だから、君が回復してからも体が弱いと言う名目で屋敷から外へ出さなかった」
そこでオルヘルスはある事実に気づく。
エーリクと婚約を解消したあの舞踏会の夜、グランツがオルヘルスに婚約を申し込んだ理由がずっとわからなかった。
だが、自分が精霊から寵愛されている存在で、しかもグランツの命の恩人ならば合点がいった。
「では、グランツ様は私に恩義を感じて婚約を申し込んだのですね?」
すると、グランツは真剣な顔をして言った。
「それはない」
「いえ、私はそれでも構いませんわ。今はグランツ様にとても大切にされているとわかっていますもの」
「いや、本当に違うんだ。これだけは勘違いされたくないからはっきり言おう。私は君に治療されたあの日から、君のことが好きだ。ベッドの上で私の顔を覗き込んできたときの君のあの微笑みを、今も忘れられない」
「えっ?! は、はい。そうですの……」
オルヘルスは顔を真っ赤にしてうつむき、どうしてよいかわからずに、ドレスの布をつまんでもじもじした。
そんなオルヘルスを他所にグランツは続ける。
「いわゆる一目惚れというやつだろうな。あのときから私は、君しか考えられない。ステファンが勝手に君とエーリクとの婚約を決めてしまったとき、世界が崩れるような感覚になったものだ」
「あれはお父様が体の弱い私のことを思って、もらってくれるならと慌てて決めたそうですわ」
「そのようだな。父と母は以前から君を私と婚約させたがっていたが、ステファンは体が弱くては王妃は勤まらないとずっと断っていたそうだ。だが、予想に反して君は完全に回復した」
「回復し始めたときから、周囲には奇跡だと言われましたわ」
「本当に、回復してくれなければ私は立ち直れないところだったろう」
「そうだったんですの」
そこでグランツは少しばつが悪そうに言った。
「そうでなくとも、エーリクから奪う気で裏で色々とな」
「う、奪う……」
オルヘルスは熱くなった両頬を手で押さえると言った。
「わ、私なにも知らなくて……」
「いいんだ、格好悪いところは君は知らなくていい」
「格好悪いことなんてありませんわ! それがどんなことだって、私は」
そこまで言うと、うつむきスカートの布をぎゅっとつかんで言った。
「グランツ様が私のためにしてくださったことならすべて格好いいと思いますもの……」
「本当に、君はどこまで私を虜にすれば気が済むのだろうな。私は何度も君のその明るさに救われた。そんな君だからこそ、ずっと一緒にいたいんだ」
そう言って、オルヘルスに軽く口づける。
オルヘルスは驚いて、少し体を離し口元をでで覆った。
「グランツ様、ま、まだ早いですわ!」
「なぜ? 婚約しているのに?」
「そうですけれど、こんなことを嬉しく思うなんて端ないと、お父様に怒られてしまいますもの」
「『嬉しい』か。そう思ってくれているのだな」
「当時の君も今と同じ顔をした。そして、そっと私の額に手を当てたんだ。君の手はひんやりしていて、自分の体から余分な熱が吸われていくようでとても心地よかったのを覚えている」
そこでグランツは一旦話を切り、オルヘルスを見つめると悲しそうに微笑む。
「私は意識を失い、気がつくと体がとても楽になっていた。驚いて体を起こすと、傍らで君が辛そうな顔をして横たわっていた。私が大声で爺を呼ぶと、父と母が寝室に駆け込みその後ろに続いてステフが……」
「お父様はそのときどんな反応をしましたの?」
「ステフはなにも言わなかった。ただとても苦しそうな顔をして、君を抱き上げると『これは娘の意思なのだから、私はそれを尊重する』とだけ」
お父様らしい。オルヘルスはそう思いながら、先日話したときにステファンがなぜあんなにも心配そうな顔をしたのかを理解した。
「でも、おかしいですわ。本当に私がグランツ様のことを治療したのなら、私がこんなに健康でいられるはずがありませんもの」
すると、グランツは不思議そうにオルヘルスを見つめて言った。
「それもステフから聞いていないのか?」
「なんのことですの?」
「精霊に関しての書物はわずかながら残っている。その中には昔、精霊の加護を受けて人間たちは生活していたと書かれているのだが、稀にとても精霊に寵愛されその影響を強く受ける、特別な存在がいると」
そこでオルヘルスは、はっとする。
「まさか、私がその特別な存在だと?」
「そうだ。でないと回復せずそのまま命を落としていたかもしれない。実際ステフはそうなると覚悟していた」
オルヘルスは到底信じることができなかった。
先日ステファンに曾祖母が精霊であったこと、精霊の加護を受けていることを聞いて、それだけでも現実離れしていて半信半疑だったのに、自分が精霊に寵愛されているなど思いもよらない話だ。
「君は驚くかもしれないが、私たちからすればそれは納得がいくことだ」
「なぜそう思いますの?」
「君と庭園に行ったことがあったね。あのときも君が庭園を訪れる前日、なかなか花を咲かせることができなかった花も含めほとんどの花が一斉に蕾を付けて開花した」
「そ、それは偶然ですわ」
「他にも君を連れて行った狩猟会で、我々は一切動物たちの姿を確認できなくなったり」
確かに、あのときは馬車の中でグランツに悪いと重いながらも、動物たちの無事を祈っていた。
「自分自身でも覚えがないか? 枯れた花が君が世話をして甦ったとか、そんな日常の些細なことも含めてだ」
そう言われて唯一オルヘルス自身もずっと不思議に思っていたことを口にする。
「スノウですわ。あの子のことは最初からずっと、不思議なことだらけですもの」
グランツはうなずく。
「スノウはまさに精霊王が君に遣わせた馬なのだと思う」
「だから、エーリクに連れ出されても私の元へ戻ってくることができましたのね」
「そうだろうな。考えてみれば君が愛馬会に主席しなくとも、いずれは必ず君の元へスノウは譲渡されることになっていたしな」
そこで不意に思ったことを口にした。
「お父様はなぜ、このことを隠していたんでしょう」
「君が自分の力のことを知って、力を安易に使ってしまうことを恐れたのだろう。だから、君が回復してからも体が弱いと言う名目で屋敷から外へ出さなかった」
そこでオルヘルスはある事実に気づく。
エーリクと婚約を解消したあの舞踏会の夜、グランツがオルヘルスに婚約を申し込んだ理由がずっとわからなかった。
だが、自分が精霊から寵愛されている存在で、しかもグランツの命の恩人ならば合点がいった。
「では、グランツ様は私に恩義を感じて婚約を申し込んだのですね?」
すると、グランツは真剣な顔をして言った。
「それはない」
「いえ、私はそれでも構いませんわ。今はグランツ様にとても大切にされているとわかっていますもの」
「いや、本当に違うんだ。これだけは勘違いされたくないからはっきり言おう。私は君に治療されたあの日から、君のことが好きだ。ベッドの上で私の顔を覗き込んできたときの君のあの微笑みを、今も忘れられない」
「えっ?! は、はい。そうですの……」
オルヘルスは顔を真っ赤にしてうつむき、どうしてよいかわからずに、ドレスの布をつまんでもじもじした。
そんなオルヘルスを他所にグランツは続ける。
「いわゆる一目惚れというやつだろうな。あのときから私は、君しか考えられない。ステファンが勝手に君とエーリクとの婚約を決めてしまったとき、世界が崩れるような感覚になったものだ」
「あれはお父様が体の弱い私のことを思って、もらってくれるならと慌てて決めたそうですわ」
「そのようだな。父と母は以前から君を私と婚約させたがっていたが、ステファンは体が弱くては王妃は勤まらないとずっと断っていたそうだ。だが、予想に反して君は完全に回復した」
「回復し始めたときから、周囲には奇跡だと言われましたわ」
「本当に、回復してくれなければ私は立ち直れないところだったろう」
「そうだったんですの」
そこでグランツは少しばつが悪そうに言った。
「そうでなくとも、エーリクから奪う気で裏で色々とな」
「う、奪う……」
オルヘルスは熱くなった両頬を手で押さえると言った。
「わ、私なにも知らなくて……」
「いいんだ、格好悪いところは君は知らなくていい」
「格好悪いことなんてありませんわ! それがどんなことだって、私は」
そこまで言うと、うつむきスカートの布をぎゅっとつかんで言った。
「グランツ様が私のためにしてくださったことならすべて格好いいと思いますもの……」
「本当に、君はどこまで私を虜にすれば気が済むのだろうな。私は何度も君のその明るさに救われた。そんな君だからこそ、ずっと一緒にいたいんだ」
そう言って、オルヘルスに軽く口づける。
オルヘルスは驚いて、少し体を離し口元をでで覆った。
「グランツ様、ま、まだ早いですわ!」
「なぜ? 婚約しているのに?」
「そうですけれど、こんなことを嬉しく思うなんて端ないと、お父様に怒られてしまいますもの」
「『嬉しい』か。そう思ってくれているのだな」
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