悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした

みゅー

文字の大きさ
上 下
35 / 43

34

しおりを挟む
 すると、そんなオルヘルスを見てグランツは言った。

「当時の君も今と同じ顔をした。そして、そっと私の額に手を当てたんだ。君の手はひんやりしていて、自分の体から余分な熱が吸われていくようでとても心地よかったのを覚えている」

 そこでグランツは一旦話を切り、オルヘルスを見つめると悲しそうに微笑む。

「私は意識を失い、気がつくと体がとても楽になっていた。驚いて体を起こすと、傍らで君が辛そうな顔をして横たわっていた。私が大声で爺を呼ぶと、父と母が寝室に駆け込みその後ろに続いてステフが……」

「お父様はそのときどんな反応をしましたの?」

「ステフはなにも言わなかった。ただとても苦しそうな顔をして、君を抱き上げると『これは娘の意思なのだから、私はそれを尊重する』とだけ」

 お父様らしい。オルヘルスはそう思いながら、先日話したときにステファンがなぜあんなにも心配そうな顔をしたのかを理解した。

「でも、おかしいですわ。本当にわたくしがグランツ様のことを治療したのなら、わたくしがこんなに健康でいられるはずがありませんもの」

 すると、グランツは不思議そうにオルヘルスを見つめて言った。

「それもステフから聞いていないのか?」

「なんのことですの?」

「精霊に関しての書物はわずかながら残っている。その中には昔、精霊の加護を受けて人間たちは生活していたと書かれているのだが、稀にとても精霊に寵愛されその影響を強く受ける、特別な存在がいると」

 そこでオルヘルスは、はっとする。

「まさか、わたくしがその特別な存在だと?」

「そうだ。でないと回復せずそのまま命を落としていたかもしれない。実際ステフはそうなると覚悟していた」

 オルヘルスは到底信じることができなかった。

 先日ステファンに曾祖母が精霊であったこと、精霊の加護を受けていることを聞いて、それだけでも現実離れしていて半信半疑だったのに、自分が精霊に寵愛されているなど思いもよらない話だ。

「君は驚くかもしれないが、私たちからすればそれは納得がいくことだ」

「なぜそう思いますの?」

「君と庭園に行ったことがあったね。あのときも君が庭園を訪れる前日、なかなか花を咲かせることができなかった花も含めほとんどの花が一斉に蕾を付けて開花した」

「そ、それは偶然ですわ」

「他にも君を連れて行った狩猟会で、我々は一切動物たちの姿を確認できなくなったり」

 確かに、あのときは馬車の中でグランツに悪いと重いながらも、動物たちの無事を祈っていた。

「自分自身でも覚えがないか? 枯れた花が君が世話をして甦ったとか、そんな日常の些細なことも含めてだ」

 そう言われて唯一オルヘルス自身もずっと不思議に思っていたことを口にする。

「スノウですわ。あの子のことは最初からずっと、不思議なことだらけですもの」

 グランツはうなずく。

「スノウはまさに精霊王が君に遣わせた馬なのだと思う」

「だから、エーリクに連れ出されてもわたくしの元へ戻ってくることができましたのね」

「そうだろうな。考えてみれば君が愛馬会に主席しなくとも、いずれは必ず君の元へスノウは譲渡されることになっていたしな」

 そこで不意に思ったことを口にした。

「お父様はなぜ、このことを隠していたんでしょう」

「君が自分の力のことを知って、力を安易に使ってしまうことを恐れたのだろう。だから、君が回復してからも体が弱いと言う名目で屋敷から外へ出さなかった」

 そこでオルヘルスはある事実に気づく。

 エーリクと婚約を解消したあの舞踏会の夜、グランツがオルヘルスに婚約を申し込んだ理由がずっとわからなかった。

 だが、自分が精霊から寵愛されている存在で、しかもグランツの命の恩人ならば合点がいった。

「では、グランツ様はわたくしに恩義を感じて婚約を申し込んだのですね?」

 すると、グランツは真剣な顔をして言った。

「それはない」

「いえ、わたくしはそれでも構いませんわ。今はグランツ様にとても大切にされているとわかっていますもの」

「いや、本当に違うんだ。これだけは勘違いされたくないからはっきり言おう。私は君に治療されたあの日から、君のことが好きだ。ベッドの上で私の顔を覗き込んできたときの君のあの微笑みを、今も忘れられない」

「えっ?! は、はい。そうですの……」

 オルヘルスは顔を真っ赤にしてうつむき、どうしてよいかわからずに、ドレスの布をつまんでもじもじした。

 そんなオルヘルスを他所にグランツは続ける。

「いわゆる一目惚れというやつだろうな。あのときから私は、君しか考えられない。ステファンが勝手に君とエーリクとの婚約を決めてしまったとき、世界が崩れるような感覚になったものだ」

「あれはお父様が体の弱いわたくしのことを思って、もらってくれるならと慌てて決めたそうですわ」

「そのようだな。父と母は以前から君を私と婚約させたがっていたが、ステファンは体が弱くては王妃は勤まらないとずっと断っていたそうだ。だが、予想に反して君は完全に回復した」

「回復し始めたときから、周囲には奇跡だと言われましたわ」

「本当に、回復してくれなければ私は立ち直れないところだったろう」

「そうだったんですの」

 そこでグランツは少しばつが悪そうに言った。

「そうでなくとも、エーリクから奪う気で裏で色々とな」

「う、奪う……」

 オルヘルスは熱くなった両頬を手で押さえると言った。

「わ、わたくしなにも知らなくて……」

「いいんだ、格好悪いところは君は知らなくていい」

「格好悪いことなんてありませんわ! それがどんなことだって、わたくしは」

 そこまで言うと、うつむきスカートの布をぎゅっとつかんで言った。

「グランツ様がわたくしのためにしてくださったことならすべて格好いいと思いますもの……」

「本当に、君はどこまで私を虜にすれば気が済むのだろうな。私は何度も君のその明るさに救われた。そんな君だからこそ、ずっと一緒にいたいんだ」

 そう言って、オルヘルスに軽く口づける。

 オルヘルスは驚いて、少し体を離し口元をでで覆った。

「グランツ様、ま、まだ早いですわ!」

「なぜ? 婚約しているのに?」

「そうですけれど、こんなことを嬉しく思うなんてはしたないと、お父様に怒られてしまいますもの」

「『嬉しい』か。そう思ってくれているのだな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

処理中です...