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「ファニーにお願いしますの?」

「そうだ。奴はかなりの変人だが、腕は一流だからな」

 グランツはそう答えると、先に馬車を降りオルヘルスに手を差し伸べた。

 そこでファニーが満面の笑みで出迎えた。

「待ってたよぉ~。今度はどんなドレスを作らせてくれるわけ~?」

「詳しくは中で話す」
  
 グランツがそう答えると、ファニーは口を尖らせ屋敷内へ案内しながら言った。

「なにさ! もったいぶっちゃって! まぁ、いっか。またペッシュのドレスを作らせてもらえるんだもん! 僕ってばラッキーだよね~」

「そうだ、作らせてやるんだ。文句を言うな」

「は~い、はい」

 ファニーは適当な返事をすると、使用人に指示をだして二人を客間に通した。

 促されソファに腰かけると、すぐにお茶と軽食がテーブルに並ぶ。

「楽しい話は~、美味しいものを食べなからじゃないとね! んで、本題、本題! 早く早く!!」

 そんなファニーを見て、グランツは呆れた顔をして答える。

「本当に落ち着かない奴だな。まぁ、いい。実はオリがカヴァロクラブの乗馬会に行く事になった。だからそれ相応の乗馬服が欲しい」

 それを聞いて、ファニーは嬉しそうに目を見開いた。

「本当に?! この前は一通り揃えるだけで、普通の乗馬服をデザインしたけどぉ、それとこれとは段違いだよね~!」

 そう言ったあと、突然そのまま動きを止めしばらくしてめをしばたたかせた。

「えっ?! ちょっと待って! 今、粘着王子がさらりと言ったから僕も聞き流しちゃったけど、ペッシュはカヴァロクラブの乗馬会に招待されたの?」

「そうですけれど、なにかありますの?」

 オルヘルスがそう返すと、ファニーは目を剥いて叫ぶ。

「はぁ? ペッシュもなんでもないように言ってるけどぉ、それってものすごいことなんじゃないのぉ?!」

 すると、グランツはニヤリと笑った。

「まぁな、だがオリなら当然のことだろう。それだけ素晴らしい存在なのだから」

 確かに、カヴァロクラブにはほんの一握りの貴族しか会員になれず招待されることもほとんどない。

 だが、オルヘルスがグランツの婚約者候補であったり、スノウのオーナーであることを考えたら招待があってもおかしくはないと思っていた。

 なのでオルヘルスは、ふたりのこの反応をオーバーに感じた。

「私《わたくし》にはスノウが居るからですわ」

 そう答えるとファニーはさらに驚いた顔をした。

「違うって! カヴァロクラブはぁ、成人した男性でそれなりの功績を残さないとダメ! とか、結構厳しいルールがあるんだよ?! それなのにこんなに若い女の子が招待されるなんて前代未聞だよ!」

「そうなんですの?!」

「そうだよぉ~。それにペッシュの愛馬のことで招待されるわけないって! もとはヘンドリクス卿の馬だったわけだしぃ、そしたらヘンドリクス卿が招待されるはずじゃん」

 それを受けて、グランツが自慢げに話し始める。

「オリが招待されるのは当然のことだ。なぜなら、愛馬会でスノウが他の馬と違うことを一目見て見抜いていたのだからな」

 オルヘルスは慌てて言った。

「殿下、あれはまぐれですわ」

「いや、父にスノウが他の馬とどう違うのか問われた君は、的確にプライモーディアル種の特徴を言い当てていた。それは紛れもない事実だろう? 私も父も、他のものもあの場にいたものは全員プライモーディアル種の特徴を知っていたのに、気づくこともできなかった」

 オルヘルスは誉めちぎられ、恥ずかしくなりうつむいて小さな声で言った。

「敬愛する殿下にそれ以上褒められたら、どうにかなってしまいそうですわ」

 それを聞いてグランツは目を閉じ眉間を揉むと呟く。

「グランツ、我慢だ……」

 オルヘルスはさっと顔を上げると、グランツを見つめ尋ねる。

「えっ? ぐらまー? グラマーって殿下……。えっと、嫌ですわ」

 オルヘルスは急にグランツに体格のことを褒められ、さらに恥ずかしくなりうつむく。

 グランツは慌てて顔を上げオルヘルスを見て言った。

「いや、違う! いや、違わない。それはたしかなんだが……。いやいや、そうじゃない。まぁ、とにかくだ、君は素晴らしいということだ」

 そこでそんなふたりのやり取りを見ていたファニーは苦笑する。

「ペッシュは天然だよね~」

 そう言うと、グランツを同情的な眼差しで見つめた。





 ファニーいわく、オルヘルスが乗馬しているところを実際に見る必要があるとのことで、しばらくリートフェルト家に滞在し行動をともにすることになった。

 これに対してグランツは最初難色を示したが、ファニーがこれから必要なドレスもすべてデザインすると言うと、あきらめてそれを許可した。

 そうしてその日から、オルヘルスはファニーと行動を共にした。

 だからと言って、ファニーはずっとそばに張り付いているということはなく、付かず離れずの距離にいて、突然なにもない場所で立ち止まりぼんやりしていたり、何事かぶつぶつと呟いていたりと自由に行動していた。

 それに、煩わしく思うような行動は絶対とらなかったので、そこまで気にならなかった。

 乗馬服を用意してもらっているだけではなく、オルヘルスも熱心に乗馬の訓練を重ねた。

 こうして着々と乗馬会の準備を整え、ついに乗馬会の当日を迎えた。

 この乗馬会にグランツも招待はされていたが、外せない執務があったため参加できないとのことで、オルヘルスは少し心細く感じていた。

 だが、イーファが護衛として一緒に参加してくれるのでそれが心強かった。

 当日、乗馬服に身を包み鏡の前でその立ち姿を見つめる。

 以前もらった乗馬服もとても動きやすく着やすかったが、この乗馬服はオルヘルスの動きの癖を的確に見てデザインされていた。

 着てみると服による動きの制限が抑えられる作りになっていて、ファニーが一流と言われる意味がわかった。

 デザインも素晴らしく、全体的に女性らしいラインを強調し、オルヘルスのスタイルをより美しく見せてくれた。

 ジャケットも派手さはないが、所々のデザインがとても凝っていてボタン一つにしてもこだわりが感じられる。

 それでいてポケットや袖口には女性らしく邪魔にならない程度にレースがあしらわれており、オルヘルスはこのデザインがとても気に入った。

 そして、鏡の前で十分立ち姿を確認すると、最後に自分の顔を見つめ、今日は頑張ろうと自分に気合いを入れる。

 そんなオルヘルスの背後からオルガが鏡越しに微笑む。

「行ってらっしゃいませ。お嬢様なら大丈夫です」

「ありがとうオルガ。行ってくるわね」

 そうしてエントランスへ降りていくと、イーファも乗馬服に身を包んでオルヘルスを待っていた。
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