悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした

みゅー

文字の大きさ
上 下
13 / 43

13

しおりを挟む
 そう言ってオルヘルスはうつむいた。触れている肌からグランツを感じ、とにかく猛烈に恥ずかしかった。

 そんな様子を見て、グランツはさらに体を密着させる。

「落ちてしまうといけないから、離れないようにしよう」

 絶対に面白がっている。オルヘルスはそう思い見上げるとグランツを睨んだ。

 グランツはそんなオルヘルスを見つめ、微笑むと額にキスした。

「ほら、民衆が君に手を振っている。笑顔で返さなければ」

 オルヘルスは前方に向き直ると、むくれながら言った。

「殿下は意地悪ですわ」

「そうだね、でもそれは君が可愛過ぎるから」

「からかってますのね? そんなの、答えになってませんもの!」

 そう答えると、気を取り直し周囲に手を振ることに集中した。グランツはそんなオルヘルスを愛おしそうにみつめると、スノウをゆっくり歩かせ始めた。

 凱旋を終えると、一度王宮へ戻り両陛下に挨拶をし、グランツに送ってもらい屋敷へ戻った。

 別れ際、エントランスでグランツは真剣な顔で言った。

「今日は、本当なら屋敷へ帰したくなかった」

 オルヘルスは嬉しくて微笑んだ。

「その気持ち、とてもよくわかりますわ」

 グランツは驚いた顔で答える。

「そうなのか?!」

「はい。スノウはとても素晴らしい馬ですもの」

 すると、グランツは苦笑した。

「私は君のことを言ったのだが……」

わたくしの……?」

 オルヘルスはそう答え、少し考えグランツの言った意味を理解すると、赤面しうつむいて小さな声で言った。

「そ、それはまだダメですわ。だって、まだ婚約していませんもの。婚約していればわたくしも……。いえ、やっぱりダメですわ」

 それを聞いて、グランツは目を閉じ天を仰いで呟く。

「君はどうしてそうも素直なのか……。場所なんてかまわない、もうこのまま君の部屋に連れ込んで……」

「はい? 場所は君の部屋? わかりましたわ。今度お茶に招待させていただきますわ。わたくしの部屋でよろしければですけれど」

 グランツは嬉しそうにオルヘルスに視線を戻した。

「いいのか?」

 だが、そう答えた瞬間に首を横に振った。

「いや、君の身の安全のためにもそれはしばらくやめておこう」

「そんな、わたくしなら大丈夫ですのに」

 するとグランツは一瞬固まったあと、作り笑顔で言った。

「うん、今日はもう帰る」

 そして、ぎこちなく後ろを向くとそのまま去っていった。オルヘルスはグランツらしくないと思いながらその後ろ姿を見送った。

 その後、部屋へ戻ると大役を無事にこなすことができたことでほっとしたのか、ベッドにもぐると気を失うように眠りについた。





 それから、オルヘルスがプライモーディアル種の馬の馬主だとしれわたると、社交界ではさらにオルヘルスの話で持ち切りとなった。

 オルヘルスは以前にもまして大量の招待状をもらうようになったが、グランツから婚約を申し込まれており、立場上おいそれと外出できないと断りつづけた。

 そうして断り続ければそのうち落ち着くかと思われたが、逆になかなか会うことができないことで、余計にオルヘルスの人気が上がってしまう結果となった。

 愛馬会の授与式でメダルを渡されたフィーレンス子爵や、愛馬会で進行役をしていたハールマン伯爵などは、オルヘルスと直接話をしたことを社交界で自慢するほどだった。

 そんな中、オルヘルスは今回の愛馬会に出たことで、乗馬を習わなければならないと強く思うようになった。

 来年の愛馬会では乗馬ができるところをみんなに披露する。そんな目標を立てた。

 それにスノウをバルトから譲り受けたところで、いい機会だった。

 オルヘルスがエファにそう相談すると、エファはとても喜んだ。

「少しでも外に出るのはいいことだわ。あなたは元気になったのだもの、やりたいことをやりなさい」

 そう言って全て手配してくれた。驚いたことに、翌日にはグランツから乗馬服など、乗馬の道具が一揃え届いた。

 エファから聞いたのか、先日の愛馬会でオルヘルスが乗馬の話をしていたことを覚えていてくれたのかはわからなかったが、その気持ちがとても嬉しかった。

 鏡の前で乗馬服を体に当てて見ていると、エファが背後からオルヘルスの両肩に手をのせ、鏡越しに話しかける。

「オリ、乗馬のことだけど。とってもいい先生が見つかったの。よかったわね、お忙しいかたなんだけどオリのためならって、毎日時間を作ってくださるそうよ」

「お母様、本当ですの? ありがとう。こんな短期間に、そんな熱心な先生を探すのは大変でしたわよね」

「可愛い娘のことですもの、こんなのなんの苦労にもならないわ。楽しんでいらっしゃいな」

 そう言ってエファはにっこり微笑んだ。

 訓練初日、乗馬服に身を包んでスノウを預けている牧場へ緊張しながら向かうと、そこにグランツがいた。

「殿下も乗馬にいらしたんですの?」

「いや、私は個人レッスンを頼まれてここにいる」

 その台詞に驚いてオルヘルスはグランツの顔をまじまじと見つめる。

「どういう……。では、殿下がわたくしに?」

「そうだ、私が君に乗馬を教える」

 そう言ったあと、グランツは呟く。

「毎日他の者に君を任せるなんて、耐えられないからな」

「殿下?」

「いや、なんでもない。今日からよろしく頼む。ところで君は一人ででも乗れるぐらいになりたいのか?」

「そうですわね、できればそうなりたいと思いますわ」

「そうか、ならば最低でも半年から一年はかかることを覚悟したほうがいい」

「わかりましたわ」

 そこでグランツは苦笑しながら言った。

「私としては、君が乗れなくても一向に構わないのだが」

「ですが、これからのことを考えると立場上、乗馬ができないのは問題ですもの」

 そう答えると、グランツは満面の笑みを見せた。

「そうか、君は私たちの未来のことを考えてくれているのか?」

 そう言われ、オルヘルスは急速に自分の顔が赤くなるのを感じた。
  
「えっと、はい」

 消え入りそうな声でオルヘルスがそう答えると、グランツは目を閉じ呟く。

「くそ、可愛すぎるんだ。だが、まだダメだ。まだ連れて帰ることはできないぞ、グランツ」

「えっ? まだ帰れない? そうですわよね、わたくし頑張りますわ」

 グランツは大きく息を吐き呼吸を整え咳払いをすると、オルヘルスの手を取った。

「とにかく、そういうことなら私も君にしっかり指導しよう」

 こうしてほとんど毎日のように、グランツから乗馬のレッスンを受けることとなった。

 スノウは他の馬と違って、オルヘルスの言っていることがわかっているかのように言うことに従った。

 オルヘルスはとにかくそんなスノウが可愛くて、進んで世話もした。

 それにオルヘルスの筋がよかったこともあり、みるみる上達していった。

 そんなある日レッスンのあと、グランツはオルヘルスを屋敷のエントランスまで送り届けると言った。

「来週、シーズン最後の狩猟会がある。応援に来てくれるか?」

「狩猟会ですの? でもわたくしまだ狩猟について行けるほど乗馬は上達しておりませんわ」

「いや、君は来てくれるだけでいい。ダメか?」

「いいえ、もちろん一緒に行きますわ」

「そうか、よかった。では、当日迎えに来る」

 そう言ってグランツはオルヘルスの指先に口づけた。

 このときオルヘルスは、グランツがいつも自分のために手を尽くしてくれていることに対して、なにかできることがないか考えた。

 そして、狩猟で使う刺繍入りのベルトポーチを作って贈ることにした。

 狩猟会まではあまり時間がない。オルヘルスはその日から、寝る間も惜しんでベルトポーチの製作にかかった。

 手に入れようと思えばなんでも手に入れてしまうグランツが、こんなものをもらって喜ぶだろうかと多少不安に思ったりもしたが、オルヘルスに準備できるものといったらそれぐらいしかなかった。

 それと、そのベルトボーチと同じ刺繍柄のハンカチを自分にも作った。これでお揃いになる。

 出来上がったベルトポーチを綺麗にラッピングし、オルヘルスは無事に狩猟会当日を迎えた。

 当日は、なるべく動きやすいドレスに着替えるとエントランスでグランツを出迎えた。

「お待ちしていましたわ」

 グランツは、そんなオルヘルスを見つめて嬉しそうに微笑む。

「ありがとう。では、行こうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

処理中です...