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第三十話

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 時空魔法は高等科では学べないので、王宮で講義してもらうことになっている。緊張の晩餐の次の日、アザレアは先生となる魔道師を紹介してもらうことになった。

 特訓室に行く前に、カルに執務室に来るように言われていたので、朝食後執務室へ向かう。部屋を出て左へ、そして角を右に曲がった瞬間、執務室の前でフランツがプレバイト侯爵にぶつかっているのが見えた。

 プレバイト侯爵は何事かフランツに怒鳴っているようだが、よく聞こえない。アザレアはただならぬ雰囲気に、思わず一歩下がって様子を伺った。

 フランツは何も聞こえないかのような無表情で、廊下に散らばってしまった書類を拾うため屈む。するとプレバイト侯爵は更に大きな声を出した。

「なんとか言え! この才無みつなしが!!」

 そう叫んでいた。聞き捨てならなかった。アザレアは直ぐに出て行って割って入った。

「プレバイト侯爵、何をなさってますの?」

 プレバイト侯爵はアザレアを見るとはっとしたあと、おどおどしだした。

「いえ、あの、今スパルタカス侯爵令息とぶつかってしまって、手を貸そうとしていたのです」

 とうそぶいた。アザレアはプレバイト侯爵をしっかり見据えると言った。

「いいえ、違いますわね? わたくし聞いていましてよ? 貴方がフランツ様に才無しと言ったのを」

 プレバイト侯爵はブルブル震えだし、跪いているフランツに向かうと怒鳴った。

「この小僧、姑息な真似をしおって」

 そしていまいましげにフランツを睨むと、アザレアに向かい頭を下げる。

「失礼」

 そう言って去って行った。

「フランツ様、大丈夫ですの?」

 アザレアは書類を拾うのを手伝うためフランツの横に屈もうとした。フランツはその行動を制し、立ち上がると、アザレアの手を取り両手で包んだ。

「大丈夫です。私に魔力が無いのは本当のことですから」

 と、悲しそうに微笑んだ。確かにそれは本当のことだった。フランツは魔力がほとんど無い。だが、天才肌で優秀であったため、マトカリアの初等科を卒業後、スパルタカス侯爵家の養子となった。

 そして、専門分野に秀でている者が才能を伸ばす為に通う、インパチェンスと言う6年制の学校へ入学した。

 魔力は無くともインパチェンスを卒業し、国のまつりごとに関わるものは少なくない。フランツもその一人だ。

 だが、こうして差別するものも少なくないのは事実だった。

「何でもない訳ありません。フランツ様? 貴方は才能に溢れ、誰にも代えがたい存在だということを忘れてはいけませんよ?」

 アザレアがそう言うと、フランツはにこりと微笑む。

「アザレア公爵令嬢、私は貴女の言葉にいつも救われているんですよ? やはり諦めたくないな」

 握った手を引き寄せた。アザレアはバランスを崩しフランツの胸にもたれかかってしまった。驚いてフランツから体を離そうとする。

「フランツ様、ごめんなさい。今どきますわ」

 だが、腰を抱えられ離れられない。すると背後から声がした。

「先ほどから、なかなか姿が見えないと思ったら」

 振り向くとカルが執務室の入り口に立っていた。カルはこちらに向かってくると、素早くアザレアの腕をつかみ、フランツから引き剥がした。そして気がつけばアザレアは、今度はカルの胸の中にいた。

「油断も隙もないね」

 カルはフランツに言うとアザレアの肩を抱え、執務室内へ引き入れた。執務室に入るとカルはアザレアの両肩に手を置き、顔を覗き込む。

「アズ、大丈夫だったか?」

 アザレアは先程のプレバイト侯爵の事を言っているのだと思い答える。

「プレバイト侯爵には何もされませんでしたわ」

 カルは苦笑した。

「そういうことではないんだが……。まぁ、君が全く気にかけてもいないようだから、良しとしよう」

 そう言ってアザレアから離れた。アザレアはカルがピリピリしているのがわかったので、話題を変えようと思い、カルに尋ねる。

「ところで用事ってなんですの?」

 カルは手招きをした。

「こっちにきて」

 本棚の方向へ歩きだす。

「今日から時空魔法について学ぶと思うが、時空魔法について書物を見つけたから、アズに渡しておこうと思って」

 そう言って立ち止まると、アザレアの後ろにある本棚を指差した。アザレアが振り返り本棚をみると、その背後からカルが右手を伸ばした。

 アザレアは左へ避けようとしたが、カルが左手を本棚についているため逃げ場がない。なので今度は右側に避けようとするが、本を探しているカルの腕に阻まれ、結局本棚とカルの間に挟まれることになった。

 アザレアは本棚に両手をつき、少し後ろに下がる。するとカルの胸に背中があたった。少し右を向きカルに言う。

「ちょ、カル、悪ふざけが過ぎます」

 そう言って身をよじるが、カルはイタズラっぽく笑って言った。

「今、本を探しているから、アズが動いたら、アズの頭の上に本が落ちてきてしまうかもしれないよ?」

 更に右の耳元に顔を近付けて囁く。

「ほら、じっとして」

 アザレアは背中にカルを感じ、耳元にカルの息がかかってくらくらした。そこでノックの音が室内に響いた。

 カルはそのままの体勢でドアに向って返事をする。

「入れ!」

 アザレアはこの状況が誰かに見られると言う恥ずかしさで、必死に逃れようとするがびくともしない。

 入ってきたのはフランツだった。フランツはアザレアたちを見ると一瞬行動を制止したが、すぐに何事もない様子に戻り言った。

「殿下、先ほど頼まれていた書類をお持ちしました」

 カルは微笑む。

「そうか、ありがとう。その机の上に置いてくれ」

 そう言うと、またアザレアの耳元で囁く。

「本を見つけるまでだから、我慢して」

 フランツは冷静に言った。

「殿下、ケルヘール公爵令嬢にお渡しする本は、机の上にあるこちらの本ではありませんか?」

 そして、机の上にあった本を手に取ると、カルに差し出す。カルはアザレアから少し離れ、フランツから本を受けとると微笑む。だが、目が笑っていない。

「フランツ、本当に君は有能だね」

 フランツは微笑んで頭を下げた。

「お褒めに預かり恐悦至極でございます」

 お互いに笑みを浮かべてはいるが、険悪な雰囲気であることはわかった。

「フランツ、もう用がないなら下がっていい」

 カルがそう言うと、フランツは一瞬アザレアに笑顔を向けた。だがカルがその間に入り、視線を遮った。

 フランツが部屋から出て行くと、アザレアはカルの顔を見上げた。不安が顔に出ていたのか、カルはアザレアと目が合うと

「大丈夫、別にフランツと仲が悪いわけではないんだ。ただ君のこととなるとお互いにね」

 と、微笑んだ。

わたくしたちのその、関係を見せつけているようで、フランツ様には酷いことをしたような罪悪感を感じますわ」

 カルは鼻で笑う。

「なぜ? 君が来るのを知っていて、必ず執務室の前で待機して君と遭遇するような奴だ、これぐらいしないと……」

 そして、何かに気がついたようにアザレアに向き直って言った。

わたくしたちの関係を見せつける?」

 アザレアは顔を赤くして

「いえ、あの……」

 と、俯いた。カルは照れくさそうにはにかんで言った。

「うん、なんかいいね」
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