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第二十九話

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 マユリは奥からもどってくると、手に持っている布を広げその中のブローチをアザレアに見せた四~五センチほどの、縦に長い逆三角柱のカップになっているブローチで、三角柱のカップ中に小さな花を差せるようになっている。

 その逆三角柱を蔦のが取り巻くような細工と、細やかな彫刻、お花のモチーフのブラックダイヤがあしらわれていた。幾度と話し合いをし、完成品を想像していたが、それを遥かに越えたとても満足の行く出来映えだった。

「ありがとうございます。これだけのもの作るのは大変だったのではないですか?」

 と聞くと、マユリは腕を組んで満面の笑みになった。

「そりゃあ大変だったけどよ、楽しかったんだよ、作るの。良い仕事だったぜ」

 つられてアザレアも嬉しくなった。お金は言い値を払おうと思っていた。

「代金をまだ払ってなかったですよね」

 するとマユリは急に苦笑いになる。

「いや、代金はもらえねぇんだ」

 と言って頭を掻いた。なにがあったのかマユリが話すのを待っていると頭を掻いた。

「あ~、実はお嬢ちゃんが持ってきたブラックダイヤモンドでどうしても作りたい物があってな、お嬢ちゃんがファニーに渡したダイヤの中から四粒わけてもらったんだ、だから代金はもらえねぇ」

 しばらく来ていなかったので、アザレアにブラックダイヤを分けてもらってよいか、確認したくてもできなかったのだろう。それに一粒ニカラットもいかない四個のブラックダイヤよりも、このブローチの方が遥かに価値がある。

「それは申し訳ないですよ、こんなに素晴らしいものなのに」

 そう言って、アザレアが代金を払おうとするが、マユリは頑として聞かなかった。そのやり取りを見ていたノクサが横から声をかける。

「お嬢さん、この男は一度言うと聞かないのでな、無駄ですよ。もらっておけばよろしい」

 そして、にっこり笑った。

「それにな、お嬢さん。そのブローチは貴女の手元にあることにきっと、価値があるのでしょう」

 ノクサは目閉じて頷いた。マユリは怪訝そうな顔をした。

「なんだい爺さん、ものありげな言い方しやがって、ただお嬢ちゃんを気に入ってるだけだろ?」

 ノクサは声を出して笑う。

「このジジイがお嬢さんが可愛くてしょうがないのは確かですな」

 優しく眼差しでアザレアを見つめた。マユリは肩をすくめる。

「やっぱり、最近しょっちゅう来ると思ったら、お嬢ちゃんを待ってたんか。しょうがねぇジジイだな」

 ノクサはアザレアの顔を見た。

「老い先短いジジイの唯一の楽しみを、どうかゆるしてもらえませんか?」

 ここでノクサとは会えば挨拶をし、他愛の無い会話をして過ごしていたが、そのように思って待っていてもらえたとは、気がついていなかったので、少し嬉しくなって答えた。

「では、マユリさんのところに来たときだけでよければ、お話させてくだいね」

 ノクサは嬉しそうに微笑んだ。正直こちらも友達が増えて嬉しかった。

 もう少し話していたかったが、陛下との晩餐の予定を思いだし、挨拶をして店を後にした。
 王宮に与えられた自室に着くと、すでに日が傾いており、シラーに

「お嬢様、予定のある時は余裕をみてスケジュールを入れて下さいませ」

 と、言われ、引き続きミレーヌにも

「陛下に失礼があってからでは遅いのですからね」

 と注意されてしまった。二人に謝り、慌てて湯浴みをし、準備されていた赤に近い紫色のらウエストに切り返しのあるイブニングドレスにきがえた。

 早速、先ほどマユリから受け取ったフラワーホルダーのブローチに、スターチスを差して胸に付けると、タンザナイトのイヤリングと首飾りを付けた。

 身支度を整えると、カルが迎えに着たのでカルのエスコートで青の間に向かった。

「それにしても今日の君は青の間に現れた、ヘリクリサムの妖精みたいだね」

 と言って微笑んだ。青の間の壁はコバルトブルー地に赤紫のヘリクリサムの花が描かれており、その花の色と合わせた色のドレスを着ていたからだろう。それにしても、妖精は言い過ぎのような気がした。カルは続ける。

「そうそう、今日はかしこまった席ではないから、気楽にして欲しい」

 が、土台無理な話である。緊張しつつ青の間に入ると国王陛下が気さくに出迎える。

「よく着てくれた」

 国王ら恐縮してしまい、礼をしようとするアザレアを静止する。

「そのようなことせずともよい。今日は楽しんで食事をしなさい」

 向かっ隣にいた王妃殿下も笑顔で頷く。

「もう家族のようなものですからね」

 そう言うとアザレア手を引いて、テーブルまでつれてきて席につかせ、自分は向かいに座った。アザレアの左隣にカルが座り、はす向かいには席に国王陛下が座った。

 食事が運ばれてくると国王陛下が

「アザレアとこうしてゆっくり食事を囲むのは久しぶりだね」

 と言って笑うと続けて言った。

「リアトリスがあまり外に出さなくなってしまったからだね」

 それを受けて王妃殿下が頷く。

「えぇ、そうですわ。リアトリスはアザレアちゃんが小さい頃は寂しく無いようにと、一緒に王宮に連れてきてましたけれど。あまりにもわたくし達にべったりだったものだから、リアトリスったら嫌な顔をして」

 と、そこまで話した時、突然何かを思いだしたのかフッと笑うと、国王陛下の方をみた。

「そう言えばアザレアちゃんは、何故かいつもあなたの足にしがみついてましたわね、そしたらリアトリスが……」

 そう言ってクスクス笑い出した。国王陛下は思い出したように話し始めた。

「あの時か。アザレアは覚えているかな? あの頃のアザレアは、セミ! と言って私の足にしがみつくのが好きで、よく執務室の机の下に入り込んでいたね」

 アザレアは全く覚えていなかった。

「あの、わたくしが陛下の足にですか?」

 国王陛下は笑顔で頷く。

「そうだ。それで終いに私は、アザレアが足に抱きついたままにして歩いていたりした。それをみてしまったリアトリスの奴が『アザレ、なぜ陛下にだけ……』とショックを受けてな、公務を三日も休みおったのだ」

 アザレアは、なんておそれ多いことを、と背中を冷たい汗が流れるのを感じた。それにしてもお父様……そんなことで公務を休まないで下さい。そう思い、ひきつり笑いをしていると、横からカルがアザレアの顔を覗き込んだ。

「そんなことがあったとはね、私も見てみたかったな」

 それを受けて国王陛下は言った。

「そうか、あの頃お前はもう寄宿先にいて王宮にはおらんかったからな。あの頃もアザレアは本当に可愛かったぞ! そのままアザレアを養子にする話も上がったんだがな、そんなことをしてはリアトリスが生きて行けまいと諦めた」

 アザレアはその話を聞いて、目玉が飛び出そうになった。そんな話は初耳だった。必死で平静を装っていると王妃殿下が微笑む。

「あら、でもどうせもう家族なのだから」

 国王陛下も微笑む。

「確かに、一番うまく収まったと言うところか」

 カルは少し困った顔をして言う。

「父上、まだアザレアの承諾は得ていません。やめてください」

 と国王陛下に返事をする。そして、テーブルの下でアザレアの手を優しく握ると

「大丈夫、無理しなくていい。嫌なことは嫌と言ってもいいんだよ」

 そう言った。正直、嫌な気持ちにはならなかったが、国王陛下からそう言われると緊張してしまい、その後食事の味が全くしなかった。  
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