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第二十話

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 ロングピークの邸宅に戻ると、リアトリスの指示なのかいつの間にか最小限度の使用人となっていた。ここは王都から離れていることもあり、ある程度隔離されている場所なので安心して過ごすことができた。

 来年は高等科へ進むので王都に戻らなければならないためどうしても不安は残るが、前世の物語によると、婚約者候補の中でアザレアはその地位から有力候補と見なされ毒殺される。と言うことになっていたので、婚約者候補から外れた時点で毒殺されてしまう確率は減ったはずだ。まだ油断はできないが。

 そんな訳でアザレアはロングピークに引きこもっていた。時々は城下町のマユリのところに行き、フラワーホルダーのデザインについてあれこれ話し合ったりもした。

 先日はそこに来ていたファニーにカットされたブラックダイヤを渡し、ファニーのお店にドレスの採寸に連れて行かれたりと、意外にも忙しい日々だった。

 ある朝、シラーが嬉しそうに部屋にやってくると言った。

「お嬢様、先ほどクロフォードがスターチスを持ってきたのですが凄いですね。こんなに綺麗なスターチス見たことございません」

 シラーからそのスターチスを受けとる。

 スターチスは、紫色やピンク色に見えている部分は、実は花弁ではなくがくで、その中に小さな白や黄色の花を咲かせる花である。

 アザレアは萼や花の色の改良ではなく、紫陽花のように一房にたくさんの花をつけることが出きるように、改良を重ねてきた。

 ところが受け取ったスターチスは萼の部分、つまりパッと見花弁に見える部分が、下部から上部にかけて、ピンクから紫色にグラデーションしたものだった。

 おそらく遺伝子レベルでの改良でないと、このような変化は起きない。考えられるのは、アザレアの時間魔法が何かしら影響したかも知れないと言うことだ。

 アザレアはすぐに庭師のクロフォードのところに向かった。クロフォードはアザレアを見つけると笑顔になった。

「お嬢様、おはようございます。先ほど変わったスターチスをシラーに渡したのですが、ご覧になったでしょうか?」

 クロフォードは曾祖父の代から働いており、穏和な性格で花の病気から種類別の世話の仕方など、植物についての知識量が豊富で、植物関係については全て一任している。

「受け取りましたわ。そのスターチスについてですけど、何株ありますの?」

 と訊く。

「それが、たった一株だけだったのです。それもいつもお嬢様が座られている椅子の横にあった株なのです。ワシも長くこの仕事をしておりますが、こんな色のスターチスは初めてですわ」

 と、クロフォードは髭を撫でながら笑った。アザレアは、やはり、と思う。

「クロフォード、残念ですけどこのスターチスは今後増やさないことにしましょう」

 アザレアが言うと、クロフォードはあっさり了承する。

「そうですな、お嬢様がそう仰るならその方がよろしいのでしょう」

 勿体ない、ともっと残念がると思ったのだが、なんとなくクロフォードも普通ではないスターチスに思うところがあるのかも知れない。

 もしこのスターチスに遺伝子的に何ら問題があるのなら、このまま自然界に出したときにどのような影響を及ぼすかわからなかった。

 非常に綺麗なスターチスではあるが、世に出すことは叶わないのだ。

 アザレアはその後クロフォードと共にそのスターチスの置いてある場所まで行くと、その株を廃棄することにした。

 だがあまりにも美しかったので、ほんの一房だけ取って置き、時間魔法をかけ残すことにした。そしてフラワーホルダーブローチに飾ろうと思った。

 時空魔法に関してはまだキチッと学んでいるわけではない。何が何に影響するかわからないので気を付けながら使っていたが、こんなところで影響するとは思いもしなかった。アザレアは早く高等科で学ぶ必要がある、とこの時感じていた。





 その日の午後、久しぶりに時間が取れたのでゆっくりガゼボでアフタヌーンティーを楽しんでいた。

 上段のサーモンのサンドイッチから食べはじめ、中段のスコーン、そして下段のタルトに差し掛かった時、突然後ろから声をかけられた。

「アザレ、優雅な午後を楽しんでいるかい?」

 リアトリスだった。こんな時間に訪れると言うことは、急な知らせを持って来たということだ。アザレアは持っていたティーカップを置いた。

「ごきげんよう。お父様、なんですの?」

 見ると、リアトリスは少し疲れてているように見えた。

「実は国王陛下がな、お前の誕生会に出席したいと言っている」

 そう言って、アザレアの向かいの椅子に座る。そして、メイドにお茶を持ってくるよう指示し、話を続けた。

「お前の誕生会は内輪で小規模に行う予定だった。だがこうなると王都の邸宅で誕生会をするしかない」

 リアトリスはメイドが用意したお茶を一口飲んで言った。

「断ることはできまい」

 リアトリスは額に指をあて、本当に困惑しているようだった。国王から直々に誕生会を開けと言うのだから、なにか思惑があるに違いなかった。それに、アザレアの誕生日までは三週間を切っており、時間もなさすぎる。

「時間があまりありませんのね、準備はどうしますの?」

 と、リアトリスに訊く。

「それは問題ない、王宮の方で色々準備をするとのことだ。それより問題なのは、国王がお前の誕生会を行うことを指示してきたことなのだ。まぁ、しょうがあるまい。とにかく、お前は誕生会に備えるように」

 そう言って、お父様はお茶を一気に飲み干し戻っていった。横で話を聞いていたシラーが瞳を輝かせてはしゃいでいる。

「お嬢様、素敵じゃないですか! 時間がありませんよ、三週間後までにはお嬢様を完璧に美しく仕上げなくては!」

 アザレアはその無邪気さを羨ましく思うのだった。
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