7 / 10
七、
しおりを挟む*
「……え、しょうもな……」
うつむく奇妙丸に対し、勝蔵はぽろりと零してしまった。次の瞬間、奇妙丸が鬼の形相で睨みつけてくる。一瞬しまった、と思ったが、勝蔵は止めようとは思わなかった。先ほど思ったことを、この際言ってしまおうと思ったのだ。
「貴様……ッ」
奇妙丸が苛立ったように、声を絞り出す。声変わりがはじまったばかりのような、不安定な声音であった。
「儂の悩みを、しょうもないと言うたか!?」
「うん」
勝蔵はきっぱりはっきり断言した。胸倉に伸びて来た奇妙丸の手を受け止めつつ、むしろ却って捻り返しながら。
「そんな悩み――はっきり言って、俺からしたら大したこともない悩みですよ。喪主くらい、務めさせてやったらどうです? 嫡男である若と違って、茶筅丸様にとっては、滅多にない機会なんですよ」
「機会じゃと!?」
奇妙丸は乱暴に捻られていた手を振り払った。
「まるで、母上の死を、自らの名を挙げる機会のように……貴様、我が母と弟をなんだと思うておる!!」
「若の母君と、若の弟君だと思ってますよ」
もっとも母君の方には会ったこともないですけど、と勝蔵はあっけらかんと言った。奇妙丸がまた苛立ったように胸倉を掴んでくる。今度は腕を捻ってやることはなかった。代わりに、奇妙丸の麗しい顔と瞳を睨みつけてやる。
「嫡男の若には――一生分かんねえよ」
勝蔵は、唇から血が滲むほど噛み締めた。
茶筅丸は、どうやっても奇妙丸の臣下である。生まれた順序が、奇妙丸より後だからだ。
これから先、どう成長していくかは分からない。それでも、奇妙丸より優れた武将になることは、まずないだろう。母が同じでも、織田家の和子として生を受けていても、次男以下の扱いなどそのようなものだ。
勝蔵とて、可隆に勝ることがこの先あるとは思わない。えいや可成になにかあったとしても、可隆を押しのけられるとは到底思えない。次男として生まれた時点で――森家の当主になることなどまずもってありえないのだ。仮になるとしたら可隆が男児に恵まれなかった時、はじめてお鉢が回ってくるのである。
「喪主であることが、そんなに大切ですか。若は、ご自身の面子しか興味がねえわけですか」
「そんなわけ!!」
「別に、喪主じゃなくたって、どんな立場だって、母君を悼む気持ちは変わんねえでしょ」
勝蔵が言うと、奇妙丸の張り手が飛んできた。勝蔵は避けることなく、攻撃を受け止めた。乾いた音が庭に響き渡った。
「もういい、帰る!」
奇妙丸は茶碗を乱暴に置くと、立ち上がった。足元の土を掴むと、勝蔵の顔面に向かって投げつけてくる。
「貴様なぞに、儂の気持ちは分からんわ!」
「分かりませんよーだ」
舌を出すと、今度は手刀が振ってきた。うっかり噛んでしまった舌の痛みに悶絶しながら、勝蔵は奇妙丸を見送った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
藤散華
水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。
時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。
やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。
非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。

葉桜よ、もう一度 【完結】
五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。
謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。
狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)
東郷しのぶ
歴史・時代
戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。
御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……?
※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)
他サイトにも投稿中。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

比翼連理
夏笆(なつは)
歴史・時代
左大臣家の姫でありながら、漢詩や剣を扱うことが大好きなゆすらは幼馴染の千尋や兄である左大臣|日垣《ひがき》のもと、幸せな日々を送っていた。
それでも、権力を持つ貴族の姫として|入内《じゅだい》することを容認していたゆすらは、しかし入内すれば自分が思っていた以上に窮屈な生活を強いられると自覚して抵抗し、呆気なく成功するも、入内を拒んだ相手である第一皇子彰鷹と思いがけず遭遇し、自らの運命を覆してしまうこととなる。
平安時代っぽい、なんちゃって平安絵巻です。
春宮に嫁ぐのに、入内という言葉を使っています。
作者は、中宮彰子のファンです。
かなり前に、同人で書いたものを大幅に改変しました。
夕映え~武田勝頼の妻~
橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。
甲斐の国、天目山。
織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。
そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。
武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。
コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる