上 下
49 / 49
番外編

「寄り添う風」

しおりを挟む
 どこかで子どもが泣いている。
 枕から離した初音は、声の方を振り向いた。隣の部屋は──明晴の寝所である。初音は立てかけておいた小袖を寝間着の上に羽織ると、部屋の戸を開けた。


「──寝てな」


  自室の前には、明晴の眷属である紅葉がいる。
 ただし、いつもの愛らしい、小虎のような出で立ちではない。白銀の散切り頭に、明のような異国風の着物。
(紅葉の本性、見慣れない……)
 初音はずり落ちた小袖を羽織り直しながら、神を見つめる。
 人型は見慣れないが、横顔はいつもどおり──に見える。だが、有無を言わさぬ迫力がある。初音に、この扉の向こうに行くことを許さない、というような──それでいて懇願するような、そんな色をまとっている。
 初音は、小袖をぎゅっと握りしめた。
「本当に……わたしは関われないのね」
「ああ。……お前は関わるな」
 恩に着る、と紅葉は呟く。初音は唇を噛みながら自分の部屋に戻った。



 初音の気配が立ち去ったのを見て、紅葉は明晴の部屋の戸を開けた。
「う………っあ……っ」
 ぎしり、と床が軋む音が響く。その瞬間、明晴がカッと目を見開いた。枕元に置いてあった呪符を素早く手に取り、

「───斬ッ!!!」

 紅葉の頬の真横を、風の刃が通り抜ける。その刃に旋風を当てて掻き消した。散った刃は鋭い。もし当たっていたら、紅葉も無事では済まなかっただろう。

(初音を来させなくて良かった)

 紅葉は心からそう思った。

「こ………う………」

 呻くような声が響く。紅葉は破片の上を歩いて明晴の元に向かった。皮膚が裂けるような感触がしたが、どうせ神の身には些細なことだ。気にせず、明晴の真横に膝を突く。
「ごめ………っ俺、また……」
 明晴の肩がガクガクと震える。紅葉は明晴の背中に腕を回し、掌を弾ませた。

 人の親というものがどういうものなのか、紅葉は知らない。
 だが、先の主はよくこういう風に我が子を抱き締めていた……ような気がする。
(奴が主だった頃、俺はあまり人界に来なかったからよく分からんが……まあ、間違ってはいないだろう)
 明晴は震えながら、「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」と謝罪を繰り返す。
「大丈夫だ。問題ない」
 時々、明晴は過去を思い出す。その度に怯え、悲しみ、誰かれ構わず攻撃してしまう。特に今は陰陽師としての力を強めているから、以前よりもかわすのが難しくなった。
(むしろ、前よりも増えているかもしれないな……)
 紅葉は、明晴の背中を撫でながら顔を顰めた。
「……安心しろ、明晴。俺は無事だ。安心しろ。俺は何があろうと、お前から離れはしない」
 明晴の肩が震える。詫び続ける主に、紅葉は「大丈夫」と諭し続けた。

 忘れろ、と言うのは簡単だ。しかし、忘れろと言い続けても、明晴は忘れられない。心の傷というのは、簡単に癒えるものではない。
 それでもその傷がいつか痛みを伴わなくなればいい。紅葉は、そう願わずにいられなかった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

首取り物語~北条・武田・上杉の草刈り場でざまぁする~リアルな戦場好き必見!

👼天のまにまに
ファンタジー
戦国逆境からの内政チ-トを経て全ての敵にざまぁします。 戦場でのハードざまぁな戦いが魅力。ハイブリッド戦をしているので戦場以外でもざまぁします。金融とか経済面でも文化面でもざまぁ。 第1話はバリバリの歴史ファンタジー。 最初、主人公がお茶らけているけど、それに惑わされてはいけません。 どんどん ハ-ドな作風になり、100話を超えると涙腺を崩壊させる仕掛けが沢山あります! 多彩なキャラが戦場や経済外交シ-ンで大活躍。 彼らの視点で物語が進行します。 残念ながら「とある事情にて」主人公の一人称はございません。 その分、多元視点で戦国時代に生きる人達。そして戦場でどのようなやり取りがされたかを活写しています。 地図を多数つけていますので、戦場物に疎いかたでも分かるようにしています。 ただし、武田編からガチな戦いになりますのでご注意を。 戦国ファンタジー作品の中でもトップクラスのハ-ドドラマかと思います。 そういった泣ける作品をお望みのかたは最初のゆるキャラにだまされないで下さい。 あれ入れないと、普通の戦国ファンタジー になってしまいますので。 あらすじ 1535年、上野国(今の群馬県)に一人の赤子が生まれた。 厩橋(現前橋市)長野氏の嫡男の娘が、時の関東管領・上杉憲政に凌辱されて身ごもり生まれた子。 ご時世故に捨てられる運命であったが、外交カードとして育てられることに。 その子供の名前は『松風丸』。 小さいときから天才性を発揮し、文字・計算はおろか、様々な工夫をして当時としてはあり得ないものを作り出していく。 ああ、転生者ね。 何だかわからないけど、都合よくお隣の大胡氏の血縁が途絶え、養子として押し込まれることに。 松風丸はそこまで準備していた、技術・人材・そして資金を生かして、一大高度成長を大胡領に巻き起こす! しかし上野国は、南に北条、西に武田、北に長尾(上杉)が勢力を伸ばして、刻一刻と侵略の魔の手が伸びようとしている情勢。 この状況をひっくり返せるか? 親の仇、自分を暗殺しようとした連中を倒して、ざまぁできるか? これより80万字の大長編が始まりま~す! 注意 設定は2年前の筆者の力の及ぶ限り、綿密に『嘘を紛れ込ませて』面白くしています。 突っ込みはノーセンキュー(^▽^;) 「ああ、ここは分かってやっているんだな」 と、見逃してやってください!

処理中です...