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番外編

「慣れない暮らしは色々大変①」

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 冬が明けた。安倍明晴あべあきはるは温かくなるのを待って畑を作ることにした。
 農民達と違い、雪解けと同時に野菜を作る必要はない。信長が米をくれるし、魚や野菜を買えるだけの金もある。しかし、自分の畑で収穫できたものを料理して食べる――というのも楽しそうである。
「お前、それ町で言うなよ。後ろから農工具でぶん殴られるぞ」
「分かってるよ。でも、税として取られる手間がないから有難いよね」
「しかも、家に帰れば可愛い初音はつねちゃんと一緒だしなぁ」
 紅葉こうようがにやにやと笑いながら明晴の肩に飛び乗る。明晴は紅葉の尻尾を千切れんばかりに振り回しながら「初音かぁ」とため息を吐いた。
「なんだよ、初音に不満か?」
「いや、不満……というか」
 今朝のことである。

 城で身の回りの世話をしてくれていた頃、初音はよく動く侍女だった。仕事もできる娘として、信長夫妻からも評価されていたし、明晴もそう思っていた。
 しかし、一緒に暮らすようになってから――少しずつずれを感じている。

 夜寝るのが遅いと初音は容赦なく「油がもったいない」と火を消してくるし(明晴としては星を見たくてわざと遅くしていた)、その結果朝がつらいと、「だから言ったでしょう」と嫌味を言われる。
「今朝の朝餉もさぁ……俺、悪くなくない?」
「んー……」
 紅葉は遠くを見るように目を細めた。

 今朝の朝餉は、味噌汁と焼き魚、そして麦飯だった。
 城で暮らしていた頃、初音は料理をしたことがなかった。料理は厨の者が作り、侍女は運ぶだけである。初音はなかなか料理が上達せず、本人も気にしているようだった。
 朝餉は、味噌汁は味が薄い上に具材の大根と牛蒡はほぼ生だった。焼き魚は外側は炭になり果てている一方、中は生焼けだった。麦飯に至っては生米を茹でただけでもはや粥とも呼べない代物ではあった。
 しかし、明晴は初音が一生懸命家事をしてくれていることが嬉しい。だから今朝、初音に言ったのだ。

『いいんだよ、初音。食べ物なんて胃袋に入れば同じなんだから。魚を生で食べていた頃に比べたら、こんなの全然へっちゃらだよ!』

 それを言った瞬間、なぜか初音に怒られた。明晴は、紅葉ともども箒を持って追い回された挙句、家を追い出されたのだった。
 結果、居場所を亡くした明晴は、信長から許可をもらっているのをいいことに、岐阜城下にある蔵を見ていた。この蔵には、古い書物がたくさんある。時間を潰すにはちょうどよかった。
 いつもは小姓らが出入りしている蔵だが、今日は違った。明晴は紅葉を肩に乗せながら、「俺は悪くないぞ」と鼻息を荒くした。

「だって、別に俺、悪くなくない? 味云々じゃなくて、初音が頑張ってくれているの知ってるし。その気持ちが嬉しいんだから。なんであんなに怒るわけ? 短気すぎるでしょ!」
「いや、まあ……うん」
 紅葉は首を傾げ、尻尾を揺らしている。
(言い方が悪いんだよなぁ……)
 明晴は、これまで誰かと一緒に暮らしたことはない。だから、無神経な発言で初音を怒らせることが少なくなかった。
 初音は初音で気が長い方ではないし、明晴のことを弟のように思っているようである。だから、生活のことにも色々口出しするので、明晴はやや鬱陶しく感じることもあるようだった。
 一緒に暮らしはじめて、もうすぐ四月が過ぎようとしている。この先、若い2人が何事もなく暮らせるのか――紅葉は心配が尽きなかった。

 そもそも、明晴の要らぬこと言いが過ぎるのは、十二天将――特に紅葉の責任が多い。
 明晴と初音が一緒に暮らすようになった頃、春霞から心配されたことがあった。人の子である初音に、明晴の相手が務まるのだろうか、と。春霞だけではない。同胞の女神達は皆、初音が明晴と一緒に暮らせるのかに疑念を持っていた。
 男神達は、女神の嫉妬だと揶揄し、本気にしなかった。しかし、今なら分かる。あれは嫉妬ではなく、本当に心配だったのだ。

 明晴は誰かと一緒に暮らしたことがない。だから、他者の顔色を伺うことができない。
 しかも、唯一傍にいたのが紅葉だ。
 神は心が狭いなどという無礼な人間がいるが、そうではない。神と人間では価値観が違うだけだ。
(つまり、明晴の価値観や言動は、人間というより神に近い部分があるってわけだ……)
 春霞はじめとする女神の同胞達からの、「お前のせいだぞ」という冷たい目線を思い浮かべ、紅葉は冷や汗を流した。
「俺、謝らないし! 初音が『ごめんなさい、明晴。帰ってきて』って謝るまで、俺帰らないもんねー、だ! 仙千代の家に泊まってやる!」
「万見さんちも困るからやめて差し上げろ」
 さて、どうしたら明晴と初音の喧嘩を仲裁できるだろう。紅葉としてはあの家の屋根や縁側でする日向ぼっこがお気に入りだし、初音がしてくれる毛繕いもなかなかいい。帰れないのは困る。
 紅葉が思案している時だった。

「おや。先客か?」

 戸が開いた。
 入口に立っていたのは、黒髪の美しい青年だった。
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