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4、死の淵の招き歌

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 激しい風の音と雨の粒が混じり合う。
 善住坊ぜんじゅうぼうは忌々しげに吐き捨てた。
「おのれ……! この程度で儂を退治できると思うたか! この、半人前の陰陽師風情が!」
「我らが主を舐めるなよ、この悪僧が!」
 水の鞭がしなる。善住坊は白雪を睨みつけながら、懐から札を取り出した。

「──急急如律令!!」

「ぐわっ!!」
 白雪しらゆきの喉元に雷の刃が当たる。天空に浮かんでいた白雪はそのまま地面に叩きつけられた。
玄武げんぶ!」
「我は大事無い! それより風を緩めるな、白虎びゃっこ! 余所見している場合か!?」
 紅葉は慌てて風の気を喚んだ。
「おのれ……十二天将じゅうにてんしょうめ! あのような頑是無い子どもに従うなど、堕ちたものよな」
 善住坊は次の札を懐から取り出していた。
 どうやらまだ、砲撃を再開することはできないらしい。いくら術をかけていたとしても、鉄砲本体が使えなければ弾は出せないようだった。
 問題は、善住坊は破戒僧とはいえ、かつて修験道に身を置いていた過去を待つことだ。霊力でいえば、明晴あきはるには格段に劣る。しかし──明晴は善住坊に比べ、経験値が足りない。

 明晴にとって陰陽道は、生きる手段に過ぎなかった。
 一通り教えを授けていたとはいえ、ほとんど幻術ばかり。
 一方、善住坊は違う。人を殺す術を知っている。
 鉄砲に呪術を込めるのも、恐らく殺した者の魂を縫い止めるのも。

 その瞬間、血を吐く音がした。紅葉が音のした方向を振り返るのと、同胞が若き主を呼ぶ声が重なった。

「明晴!!!!」

 見ると、朱雀すざく清夏きよかが召喚されている。しかし、再会を懐かしんでいる様子はない。
 朱雀の腕には明晴が抱きとめられている。そして明晴の衣は、血で真っ赤に染まっていた。
「明晴……!」
 駆け出したい衝動に駆られた。
 その思いのままに駆け出しかけた瞬間、胸に激痛が走る。

「がふ……っ!」

 紅葉は地面に倒れ込んだ。胸に張りついた紙には、斬撃を起こす呪文が書かれている。呪符だ。
 土と血が混じり合う。その血が自分のものだと気付くのに間が空いた。

「あ……っき、はる……!」

「哀れなり」
 言葉とは裏腹に、善住坊の声は明るい。
「神の末席に連なる者が与えし試練は、あの子どもには荷が重かったようだなぁ。ああ、そうだろう、そうだろうとも。──何せ我は積屍気せきしきの加護を受けておる」
「積屍気の、加護……?」
 血を吐きながら、紅葉は肢体を起こす。白い毛皮が真っ赤に染まっていく。
 積屍気は、屍の寄せ集め。自分を殺した者に加護を与えるだなんて、聞いたことがない。
 複数の怨念が集まった結果、人を襲う妖になったものなのに。

「加護がないなら――起こせばよい」

 善住坊は、紅葉ににたりと笑みを見せた。
「哀れな女子どもの魂を無惨に殺めれば、奴らは儂を憎む。――だが、儂に向けられたその怨念を、儂ではなくこの鉄砲に移した。奴らが儂を恨めば恨むほど、儂は強くなる。いずれ、この国の天下を手にするほどに」
 善住坊が信長を襲ったのは、信長がもっとも天下人に近い天運を持っているからだ。

 僧侶の身では、いくら銭があっても使い道はない。
 僧侶の身では、武士には簡単になれない。

 ならばどうすれば、この世に自分の名を広められるか。

 ――天運を狂わせるしかあるまい。

「あとは、玉依姫たまよりひめの血肉を得れば、儂の力は誰にも負けない。そして、織田信長おだのぶなが。あの男を殺めれば、天下は儂のものとなる。信長に比べれば、奴の息子どもは大した器ではない。織田家を滅ぼすは容易い」

 白雪は立ち上がると、紅葉に「歯を食いしばれ」と言った。そして、紅葉に刺さっていた府アを引き剥がす。
「痛ってぇ……!」
「耐えろ、たわけが。──いくら朱雀が側にいるとはいえ、明晴がこのままでは持たぬ。早くこの者を止めるぞ。今この瞬間も積屍気の怨念は、善住坊に力を与えておる」
「……だからと言って、そこまで乱暴にするなよ」
 紅葉は風を起こして傷口を固めた。意識を集中させ、風雨を強める。あの鉄砲さえ封じれば、善住坊にできるのは修験道による攻撃のみだ。

(あとは――青龍が間に合ってくれれば)

 青龍が間に合えば、積屍気の方は問題ないだろう。
 だが、一番肝心なのは、気まぐれな性質の青龍が、明晴の呼びかけに応えてくれるか――ということであった。
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