戦国陰陽師〜自称・安倍晴明の子孫は、第六天魔王のお家の食客になることにしました〜

水城真以

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2、初音

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 朝餉を平らげた明晴あきはるは、書物を片手に筆を動かしていた。
 六壬式盤りくじんちょくばん渾天儀こんてんぎの扱いを覚えるだけでなく、呪符や霊符、形代を作ったりといった作業もしなければならない。

 陰陽道をきちんと学びたい。

 そう言った明晴の願いを、信長のぶながは受け入れた。
 織田家の書庫を自由に出入りする権利を与えてくれただけでなく(しかも、わざわざ許可書を発行してくれた)、各地から陰陽道に関する書物をかき集め、紙や墨も定期的に下賜してくれたほどである。
 他にも、異国の占いも覚えてみろと言い、今度南蛮の占い道具なども仕入れてくれると約束した。

「やあ、明晴。学んでいるか?」

 爽やかな笑顔で現れたのは、万見まんみ仙千代である。
「ぼちぼちかな」
 呪符を作っていた明晴は、筆を置いた。
 明晴の手元にある札を見ながら、仙千代は首を傾げている。
「なんて書いてあるんだ?」
「呪文だよ。これを急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう! って言いながら投げると敵を爆発させられる」
「つまり、爆ぜろ! って書いてあるということか」
「そういうこと」
「結構手軽に爆破させるじゃないか、陰陽師……」
「もちろん、呪符なしでもできるけど、その場合は呪文を詠唱しないといけないから」
 詠唱をするには手で印を組まなければならないし、言葉にするのにも時間がかかる。
「その手間を省くためにこういう御札があるってわけ。……らしい」
「らしいって随分他人事だな」
「俺の陰陽道の術は、十二天将じゅうにてんしょう達に教えてもらったんだ。だから、彼らから聞いたのを又聞きしたような感じだし、使ったことのない技の方が多い」
 市井で見世物をしていた頃は、基本的に占いや幻術以外の技を披露する必要はなかった。

(幻術で……充分、自分のことは守れるし)

 明晴は、指先が白くなるほど、力強く筆を握り締めた。
「あ、これ御屋形さまから。差し入れだ」
 仙千代が明晴の前に置いたのは、菓子である。薄く焦げ目のついた菓子で、匂いは少し甘酸っぱいような不思議な香りだ。
「ケジャト、って言うんだ。南蛮の僧侶達からの献上品に入っていたらしい」
「……これ、俺達が食べていいの?」
「いいんだよ。ここだけの話、御屋形さまはあまりお気に召さなかったようだし。とはいえ、突き返すのもな」
 仙千代にもらったケジャトを齧ると、しっとりとした上品な口当たりだった。甘酸っぱくて、さっぱりした口当たりだが、信長の好みじゃないのは何となく分かる。織田家の食事は味の濃いものが多い。信長は、薄味よりも濃い味を好んでいるのだろう。
「御屋形さまは甘いものがお好きだから、気を使って伴天連の僧達は、たくさんのケジャトを献上してくれたんだ。俺も、家にひとつ持って帰ることになっているんだ。あと、女房衆にも配られている」
「女房衆――」
 明晴の脳裏に浮かび上がったのは、初音はつねの後ろ姿だった。
 今朝、朝餉の膳を下げて以来、その姿を見ていない。
「初音さんは、最近どうしてる?」
「普通に仕事していると思うけど……。でも、普段それほど会うことはないな。俺は小姓、向こうは侍女。勤めの内容も違うし、寝泊りしている屋敷も違うし。……なんだ、明晴は。初音どのに気があるのか?」
「いや、そういうわけじゃっ!」
 思わず頬を赤らめると、「やめておけ」と仙千代はたしなめた。
「確かに初音どのは美人だし仕事もできる。だが、お前の手に負える娘ではない」
「分かってるよ! というか、そもそも身分だって違うし! 馬鹿なこと言うなよ」
 侍女として仕えているということは、武家の娘というのは間違いない。出自も分からない、平民かどうかすら怪しい明晴とでは、釣り合わないことだけは確かだった。


 ただ――少し、気になることがある。


 今朝、いつもの通り顔を洗う桶を持ってきてくれた初音は、普段以上に険しい顔をしていた。
 眉間には深い皺を刻み、青白い額には脂汗がじっとりと浮かんでいた。
 何より――初音の肩の向こうには、一瞬だが、黒いもやが見えた。それも、かなり禍々しい気を放っていた。
「仙千代。初音さんって、出自はどこなの?」
「木曽川沿いだ。初音どのは、川並かわなみ衆・蓮見四郎はすみしろうどのの二の姫だ。……とはいえども、母君は身分の低い妾で、既に亡くなっているらしい」
 母の出自というのは、貴人にとっては重要となってくる。
 後ろ盾がなかったら、武家の娘といえども暮らしの保証はない。いざとなったら切り捨てられる可能性もある。
 たまたま織田家で侍女として仕えることができた――とはいえ、体よく人質に出されたに過ぎない。
 初音は、信長から気に入られているようではあるが、立場は変わらず人質だ。彼女が仕損じることがあれば――あるいは父親が仕損じることがあれば――初音はいつでも命を落としてもおかしくない。
 そしてそれは、仙千代も同じ。
「川並衆って何?」
「尾張と美濃の国境に流れている木曽川沿いに、勢力を持った土豪で、川沿いに暮らす国人をまとめあげる役割を持つ国衆のこと。その中でも、初音どのの生家である蓮見家は、蜂須賀はちすか家と同じくらい力を持っている一族というわけだ」
「川、か……」
 明晴は顎に手を当てた。

 川は水に関係する。
 そして水は、暮らしに直結することもあってか、霊的な力を受けやすい。
 初音の放つ違和感が、たまたま彼女の病弱な体質に関するものであるなら致し方ない。それもまた天命である。しかし、そうでないなら──、

(……って、何を考えてるんだ)

 明晴は頭を左右に振りながら、2切れめのケジャトを手に取った。

(今はそんな人の世話をしている場合じゃない! 俺はまだまだ、勉強しないと! 俺の目標は、脱・無職ニート! そしてゆくゆくは――織田家で平和に、衣食住に困らない暮らしをするんだ!)
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