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三、
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於泉の真剣な眼差しに気圧されつつ、奇妙丸は両目を泳がせた。いつも優美な御曹司の、見慣れぬ姿に、勝蔵は笑いを堪えようと必死だった。
「ねえ、若」
於泉が焦れたように奇妙丸の袖を引く。奇妙丸は絞り出すように、ゆっくりと口を開いた。
「や、やや子は――竹と桃を割れば生まれると聞いたことがある」
奇妙丸の返答に、勝蔵は堪え切れず噴き出した。奇妙丸が地面を蹴り、顔面に土を掛けてて来た。
「竹取物語や桃太郎もそうだろう。竹を割ると女子が、桃を割ると男が生まれるのじゃ。本当に好き合うた夫婦がえーっと、家の近くの神社に祈るのじゃ。十月十日、毎日な。そうして十月十日を迎えると、その場に竹か桃が現れる。本人達に選べぬところが難儀なことだが」
「ふーん、そうなんだぁ。若はさすが、物知りですね」
於泉は「ところで」と首を傾げた。
「勝蔵、大丈夫? なんかすごいことになってるけど、生きてる?」
「放っておけ。阿呆がまた阿呆なことをやっているだけじゃ」
奇妙丸は冷たく言い放った。勝蔵の顔や着物には、土や砂がべったりと張り付いている。その上呼吸困難を起こし掛けているので、悲惨な状態ではあった。
「勝蔵、お庭を穢したらだめだからね。死ぬなら誰もいない山奥とかにしてね。あ、そんなことより若。今日は屋敷で桜の絵を描いたの。父上にも褒めてもらえたのよ」
疑問が解消されたお陰か、於泉は嬉々として次へと興味を変えた。
散々周りを振り回しておいて、勝手なものである。そこが愛おしい部分でもあるのだが。
「新しい筆を用意させてある。使うか?」
「まこと? 若にも桜描いてあげるー」
先を行く於泉の背が遠くなると、奇妙丸はこちらを振り向いた。張り付いた笑顔の下に、阿修羅の顔が見えたのは気のせいではないだろう。奇妙丸はつかつかと勝蔵に歩み寄ると、その鳩尾を遠慮なしに踏みつけた。
「次、くだらんことに儂を巻き込んでみろ。そなたの体中を切り刻んで、井戸に投げ捨ててやるからなっ!」
いや、その「くだらんこと」は、あなたの妹分のせいで起こるのですけど。
そう思わないでもないが、奇妙丸の目はこちらに逆らうことを許していなかった。何より、奇妙丸は於泉に対して甘く、余程のことがなければ叱ることはない。
というか、於泉が起こした問題であったとしても、奇妙丸の怒りの矛先は勝蔵と勝九郎に向くのだろう(主に勝蔵に)。監督不行き届きという、理不尽極まりない理由で。
どこかで鶯の鳴く声とともに、鈴が転がるような声がした。
「ねえ、若」
於泉が焦れたように奇妙丸の袖を引く。奇妙丸は絞り出すように、ゆっくりと口を開いた。
「や、やや子は――竹と桃を割れば生まれると聞いたことがある」
奇妙丸の返答に、勝蔵は堪え切れず噴き出した。奇妙丸が地面を蹴り、顔面に土を掛けてて来た。
「竹取物語や桃太郎もそうだろう。竹を割ると女子が、桃を割ると男が生まれるのじゃ。本当に好き合うた夫婦がえーっと、家の近くの神社に祈るのじゃ。十月十日、毎日な。そうして十月十日を迎えると、その場に竹か桃が現れる。本人達に選べぬところが難儀なことだが」
「ふーん、そうなんだぁ。若はさすが、物知りですね」
於泉は「ところで」と首を傾げた。
「勝蔵、大丈夫? なんかすごいことになってるけど、生きてる?」
「放っておけ。阿呆がまた阿呆なことをやっているだけじゃ」
奇妙丸は冷たく言い放った。勝蔵の顔や着物には、土や砂がべったりと張り付いている。その上呼吸困難を起こし掛けているので、悲惨な状態ではあった。
「勝蔵、お庭を穢したらだめだからね。死ぬなら誰もいない山奥とかにしてね。あ、そんなことより若。今日は屋敷で桜の絵を描いたの。父上にも褒めてもらえたのよ」
疑問が解消されたお陰か、於泉は嬉々として次へと興味を変えた。
散々周りを振り回しておいて、勝手なものである。そこが愛おしい部分でもあるのだが。
「新しい筆を用意させてある。使うか?」
「まこと? 若にも桜描いてあげるー」
先を行く於泉の背が遠くなると、奇妙丸はこちらを振り向いた。張り付いた笑顔の下に、阿修羅の顔が見えたのは気のせいではないだろう。奇妙丸はつかつかと勝蔵に歩み寄ると、その鳩尾を遠慮なしに踏みつけた。
「次、くだらんことに儂を巻き込んでみろ。そなたの体中を切り刻んで、井戸に投げ捨ててやるからなっ!」
いや、その「くだらんこと」は、あなたの妹分のせいで起こるのですけど。
そう思わないでもないが、奇妙丸の目はこちらに逆らうことを許していなかった。何より、奇妙丸は於泉に対して甘く、余程のことがなければ叱ることはない。
というか、於泉が起こした問題であったとしても、奇妙丸の怒りの矛先は勝蔵と勝九郎に向くのだろう(主に勝蔵に)。監督不行き届きという、理不尽極まりない理由で。
どこかで鶯の鳴く声とともに、鈴が転がるような声がした。
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