独身女と酒彼氏の同棲日記

水城真以

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きっと幸せになれると信じていた、幼かった私。

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 おつかれーしゅ🍻


 いいお肉を手に入れたので、すき焼きをしていくよ。

 翌日は夜勤、遅番の帰り道。イオンで白菜とネギと厚めのシイタケなど、鍋とお似合いな具材を購入していく。

 なぜいきなりすき焼きなのかというと、冷凍庫に黒毛和牛がいるから。

 以前、なんか知らんけど通販限定で使えるauポイントが恐ろしいほど溜まっていたんですよ。そしたら、「さあ、ポイント俺達を使え! 使わないと今月で失効するぞ!!」と脅迫されたもんで、慌ててサイトを検索。とりあえず普段自分では買わないタイプのいいお肉を注文しました。


 お肉って、偉大だよね。ただそこにいてくれるだけで安心感がある。別に何かしてくれるわけではないし、そのままで食べられるものでもない。特にこのお肉は冷凍されてたから、食べるためにはいったん解凍してからじゃないといけないし、しかも解凍した後に改めて調理しなきゃいけない。でも、冷蔵庫や冷凍庫にいてくれたら、「この子のために頑張ろう」って不思議と笑顔になれるから。


 そんなわけで、翌日に夜勤を控えた夜21時、すき焼きチャレンジやっていきます。酒雄さんとのすき焼きパーティーをより一層楽しむために、イオンに行く前にジムに寄ってきました。
 通いはじめたきっかけは「ダイエットもしないと色々やばたん」とか、「腰痛予防のため。日ごろから運動しよう」という想いからでした。でも、どうしてだろう――運動したあとのビールの美味さが桁違いだということに気づいてから、ジムは酒彼氏を楽しむ前菜の一種になってしまったのです。もちろん体重も体脂肪率も変動してなんかいない。ありのままの私をこれからもどうぞよろしくね、酒雄さん。

 酒雄さんがありのままの私を愛してくれているので、私は気にせず野菜やキノコを切り刻んでいく。
 

 いつも思うけど、私は作りすぎなんだなぁ、と。大食い一座の娘として爆誕してから、母がいつも大量のご飯を作ってくれていました。20代半ばにもうすぐなろうというのに、私はいまだ、横に成長期。まあでも食べないよりはいいってよく言うし、食べるということは生きることというし、遠慮なく野菜を切断してみます。そして金麦も開けます。プルタブを開けた瞬間のぷしゅっ♡っていう爽快感がいつもたまりません。

 すごく今更になってしまうんだけど、肝心なすき焼きの写メを撮っていませんでした。でも、それだけ夢中だった証拠。酒雄さんとそう思うことにして、美味しいお肉を堪能していました。


 ―――そう、あの時までは。


 最初は美味しかった。黒毛和牛なんて、都内を歩いていてもなかなか遭遇できない芸能人と遭遇するレベルのレアな子。ほんとのほんとにごくまれに、イオンで値引きしているのを、給料日に勇気を出して手を伸ばすレベル。私にとっては、給料日でも値引き品で買うかどうか考えるような高級品なのです。
 1枚目は美味しかったんです、何度も言います。とろけるような舌ざわり、甘辛いタレのドレスの上に卵黄のスカーフを身にまとった香り。そして、黄金の麦畑で育ったガラスの靴がおめかししたお肉を攫いに来る。けれど――食べているうちに、気づいてしまったんです。

 魔法というのは、いつか解けるもの。

 シンデレラが0時の鐘でプリンセスから灰被りに戻ってしまうように、私の胃袋もお肉の枚数を重ねていくにつれて、途中で自分が一般庶民だということに気づいて胃もたれしてしまったのです。普段特売のこま切れ肉を食べている私に、高級な黒毛和牛は荷が重かったのでした。
 つくづく私のような貧乏舌には、大量のいいお肉は不釣り合いなようです。たまに食べる、旅館の懐石に鎮座しているすき焼きって、適量なんだな……と、改めて感じました。


 胃もたれしつつも完食。とはいえ締めのうどんにはついていけませんでした……彼氏に慰めてもらいながらも、翌日の夜勤は、かわいらしくサラダだけ食べていたのは当然の理ですね。
 
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