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天狗攫い
十三、
しおりを挟む捕らえられた男たちは、松野屋など知らぬと言った。
長可はしつこく尋問したが、松野屋は知らぬ、と男たちは重ねた。出て来たのは、金山ではあったものの、別の商家の名だった。
(姫さまのおっ父は、関係なかったんだ……)
於菊は安堵したが、万里はかえって不思議そうにしていた。
「ならどうして――」
万里の問いに、男たちは唾を散らしながら叫んだ。
「お前たちにはわかるまい。生まれたときより、着るものにも、飯にも困ったことがない。お前たちのような者に、我らのみじめな気持ちが分かってたまるものか!」
男たちは全員、打ち首とされ、城下に晒されることとなった。
松野屋の関与に関しても丁重に調べられた。男たちが名を挙げた商家はまた別の商家と関わりがあることが分かり ――要するにいくつもの商家があまりにも関わり過ぎていた。結局松野屋が関与していたという証拠は見つからなかったため、万里の立場も含め、処遇は不問とされた。
――お前たちにはわかるまい。生まれたときより、着るものにも、飯にも困ったことがない。お前たちのような者に、我らのみじめな気持ちが分かってたまるものか!――
男たちのしたことは、人としての理に反している。戦の後でもなく、しかもはじめに売り飛ばしたのは、同じような身分の子どもたちであった。
男たちが売り飛ばした子どもたちは、何人かは親元に帰れたというが、全員ではない。海を越えた先に送られた子どもたちは、一生、故郷に戻ることはできないだろう。
それでも、烏に突かれる首を恐々と見つめながら、於菊は男たちを批難しきれない自身がいることにも気がついた。明日のことが分からない怖さは、庶民なら誰もが抱えている。於菊も侍女になるまでは、同じような想いで生きていた。そして一歩間違えれば、於菊も同じように晒されていたかもしれない――。
(神仏なんて――本当にいるんだろうか)
森家――そしてその上にいる織田家は、時に寺とも戦をしており、強大な敵になっているという。極楽浄土にいけるなら、現世の苦しみなど怖くはない、と命も顧みずに戦っているのだという。しかし、於菊はこれからも、御仏に縋ることはできそうにないと思った。
信じる余裕がなければ、目に見えないものすらも慰めにはならない。晒し首にされた男たちのように。
カア――と、烏が鳴いた。瞼を向けると、烏が腐りかけの首から、目玉をくりぬくところだった。
*
洗濯物を運んでいた於菊は、万里の部屋から出てきた乱丸と行き会った。いつもなら黙って端に避け、乱丸が通り過ぎるのを待つだけだが――今日はどうしても気になることがあり、無礼を承知で声をかけた。
「なんで若は、あの晩――あたしと姫さまをお助けくださったのですか?」
乱丸は立ち止まった。不思議そうに於菊を見下ろし、溜息を吐く。
「万里は、ああ見えて考えが至らぬところがある」
天狗攫いの噂が立ってから、万里が塞ぎ込んでいることは周知の事実であった。無論、乱丸も例外ではなく、ひそかに許婚のことを見守っていたのだという。そして万里が夜中に部屋を抜け出したことも、於菊が騒ぎ立てていたのも、しっかりと把握していたらしい。
「話はそれだけか?」
於菊はうなずいた。
「ならば早う戻れ。儂は忙しい――それに、そなたが早う戻らねば、万里も拗ねるぞ」
すぐに背を向けられたため、それ以上呼び止めることはできなかった。しかし、乱丸もまた人の子だったのだと知ることはできた。
(あのお方も、笑うことができるんだなぁ)
於菊は軽く頭を下げた。その拍子に、洗い立ての衣がどさどさと床に落ちた。
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