戦国陰陽師2 〜自称・安倍晴明の子孫は、ぶっちゃけ長生きするよりまず美味しいご飯が食べたいんですが〜

水城真以

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3、蓮見家の人々

四、

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 菫姫すみれひめの母・長瀬ながせかたの居室は北側にある。屋敷の中でも、もっとも広い部屋だ。
 といっても、華美な調度品を置いていたり、むせ返るような香を焚いていたりするわけではない。無駄を一切省いた部屋で、むしろ神聖ささえあるほどだった。
 長瀬の方は菫姫とともに現れた明晴あきはるに怪訝な顔をした。
「そなたは、岐阜の陰陽師……?」
「母上、安倍明晴あべあきはるにございます。――恐れながら、お訪ねしたきことがございます」
 菫姫は居住まいを正すと、母をまっすぐに見つめた。澄んだ空のような瞳同士がぶつかり合う。
 明晴はやや居心地の悪さを感じながら目を背けようとしたが、背けた方角には、菫姫の乳兄弟である秋月海道あきづきかいどうがいるため、それはそれで気まずかった。

「へえ……なんか懐かしい気があると思ったら、随分な血筋じゃないか」

 明晴の袖の影から出てきたのは、紅葉こうようだった。紅葉は「お、新顔」と言いながら海道の足元をぐるぐると回っている。紅葉に視線を向けたのは菫姫だけ。紅葉の姿は、長瀬の方や海道には見えていないらしかった。
(随分な血筋? 何のことだ?)
 明晴は内心首を傾げながらも、話題に集中した。

「母上に――こちらの怪文書を見ていただきたく、本日は参上仕りました」

 菫姫は、部屋から持ってきた文箱を前に出した。侍女の手を経由して、長瀬の方の前に置かれる。
 箱の中には、血のように赤い文字で、「女神を攫いに行く」という予告が何枚も入っている。
「……海道、姫の警護はどうなっておる」
「申し訳ございませぬ」
 海道は悔しげに唇を噛んだ。長瀬の方は眉を顰める。
「謝れとは言うておらぬ。――が、そなたらが傍についていながら、今だ犯人の尻尾を掴めぬとは如何なことか」
「母上。海道達を責めないでくださいませ」
 菫姫は海道を下がらせた。
「私の部屋の前には、幾人も警護の者や侍女達が添うてくれております。誰にも気づかれずに文机に文を置いて去るなど不可能だと、母上もご存じでしょう」
「だから、殿に命じて陰陽師を呼び寄せたと申すか」
「この者は、初音を救うてくれたことがあるのです。私はこの者を信じております」
 菫姫と長瀬の方は、視線を逸らすことなく対峙している。
 しばしにらみ合いが続いた後、先に根を上げたのは長瀬の方であった。
「そなたと喧嘩をする気はない。――陰陽師よ」
「は、はい」
 急に呼ばれた明晴は、やや声を裏返しながら背筋を伸ばす。
「そなたは――私に何が聞きたい?」
「……えっと……」
 明晴は口ごもりながら、紅葉をちらと見た。
 紅葉は昔を懐かしむように目を細めながら、菫姫と長瀬の方を交互に見ている。
 明晴はゆっくりと口を開いた。

「長瀬の方さまのお身内に――神職に関わる者はおりませんか?」

 たとえば初音はつね――。
 彼女が神霊や妖に狙われるのは、実母が木花咲耶姫命このはなさくやひめのみことに仕える玉依姫たまよりひめであったことに起因している。
 強い霊力を持つ人間は、本人の力量や望みに関わらず、悪しき者に狙われることが多い。

 特に女系というのは、精神的な繋がりを持っているとも言われる。
 菫姫もまた、母方の家系にそのような者がいたと考えるのが自然であった。

 案の定、長瀬の方はそれを認めた。
「私の生家――長瀬家は、もともとは神職
「……?」
「遡れば、という話じゃ。それこそ、家系図を何代も何代も遡って、というほどのな。今ではしがない、田舎の小さな土豪の娘に過ぎぬ」
「なぜ、神職でなくなってしまったのですか?」
「単純な話じゃ。没落してしまっただけよ」
 神社というのは、山などの土地を所有していることが多い。当然、争いは耐えない。
 それこそ信長が本願寺と争っているのも、広大な土地に数多の信者といった、脅威になりえるからだ。
 長瀬の方の先祖もそうしたなかで、土地を追われたか、あるいは奪われたのだろうか。

「だが――私の先祖が残した日記に、不可思議な記述があった」
「不可思議な記述?」
「私の先祖は、幾度か神職としての長瀬家を再興しようとしたらしい。しかし、神職としての長瀬家を再興しようとしたところ、たちまち天災に巻き込まれるなどして、邪魔立てされる。まるで、目に見えぬ力が一族を滅ぼそうとしているかのようである、と書かれていた」
 そうしていくうちに、一族の滅亡を恐れた先祖は、神職であることを手放した。
 そして、流れ着いた土地に暮らすようになり、蓮見家の臣下に下ったのだという。長瀬の方が当主の正室になったのも、長瀬家が蓮見家の重臣であったことが影響しているらしい。
「ということは――菫姫は何らかの先祖返りの力を有しているのかもしれません」
「先祖返りの力?」
 菫姫が瞬きを繰り返した。
 菫姫は、紅葉の姿が見える。恐らく妖などを見る才能があるのだろう。しかし、長瀬の方にはそうした力はないようだ。母親から引き継いだ力――というよりは、先祖が持っていた霊力が世代を超えて、菫姫に受け継がれたのかもしれない。
「待って、明晴。でも私は、見えるだけよ」
「見える、というのは結構脅威なんだよ」
 紅葉は菫姫の前に立った。
「特に低級な妖なんかは、見える者に執着する。妖も霊も神も、人の感心がなくなったら消えていく危うい存在なんだ。――そして見える者の血肉は、妖に力を与える」
「では……この文の送り主は、私を……」
 菫姫はごくり、と唾を飲んだ。
 海道は、菫姫の傍らに膝を突いた。
「それがしが、必ず姫をお守り致します。――必ずや」
「海道……ありがとう」
 菫姫は、ほっと肩の力を抜いた。海道の手を取り、頬に当てる。
「そなたがいてくれるから、私は安心できる。どうか、傍にいておくれ」
 紅葉は口笛を鳴らしながら、「若いねぇ」とにやにやしている。明晴はきょとんとしながら、菫姫と海道のやり取りを見守った。
 ひとまず、菫姫の警護の手配などは、海道がやってくれるらしい。そこは明晴が関われる範囲ではないので、素直に頼むことにした。

(問題は――菫姫を狙っている理由が予想通りなら、初音も危ないということだ)

 明晴は一足先に長瀬の方の部屋を辞した。
 足を向けたのは、初音の部屋である。初音に会うのは、あの騒動以降だった。
たった数日のことだというのに、何年も会っていないような気分になるのが不思議だった。
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