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1、出張陰陽師

一、

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「う……っぐ………ぐぐ……っ」

 明晴あきはるは布団の上で丸くなっていた。その姿をちらりと見た紅葉こうようは、冷たく言い放つ。
「さっさと起きろ、明晴。飯を食う時間がなくなるぞ」
「ひど!」
 明晴は布団の中から吠えた。
「もう少し、思いやりっていうものがないのか、うちの眷属は!」
「ないね。つーか、そんなに騒ぐほどじゃねえだろ」
「騒ぐよ! もう、すっごく痛いんだから!」
 夏くらいになってから、明晴は手足の痛みにずっと魘されていた。
 特に脚の節々が常に痛いのだ。なのに、紅葉は心配のひとつもしてくれない。
 とはいえ、出仕しないという理由には至らない。明晴は痛む脚を引きずりながら起き上がると、狩衣風の装束に袖を通した。


 安倍明晴あべあきはる。今や乱世においては絶滅危惧種レッドデータといっても過言ではない、駆け出しの新人陰陽師である。
 陰陽師――と言っても、安倍晴明あべのせいめいの直系かと問われると、沈黙するしかない。無名の陰陽師であるのだが、どういうわけか、幼い頃に縁あって十二天将と契りを結び、これまたどういうわけか、縁あって天下人にもっとも近いと謳われる、織田信長おだのぶながに拾われた元・孤児である。
 現在は岐阜城の武家屋敷近くに家をもらい、細々と生計を立てている。

 と言っても毎日の務めは、信長の運勢を占い、家臣達の悩みの相談に乗り(14歳の童にできる相談(アドバイス)などたかが知れているが、家臣達にとっては多いに役立つらしい)、天気や暦を占い、出陣にちょうどいいアドバイスをする――という流れである。
 明晴は、六壬式盤を取り出した。書かれた文字を撫でながら、「暦なんて陰陽師にはよく分からないよ」とため息を吐く。
 今のところ、凶作などは起きていない。だが、この先どうなるのか――考えるだけでぞっとした。もし、凶作などが起きたら、雨乞いだのなんだのといった儀式をしなければならないのだろうか。
「うえ……めんどくさ」
「めんどくさいって言うな、陰陽師」
 紅葉が明晴の腰に蹴りを入れた。

「明晴、起きてる?」

 戸の向こう側から、玲瓏な声が響く。明晴は慌てて紅葉を叩き潰した。
「は、初音はつね。起きてるよ」
 スーッ、と戸が開く。
 戸の反対側には、若い少女が座していた。

 彼女の名は、初音。
 木曽川に領地を持つ、川並衆かわなみしゅうの頭領・蓮見四郎はすみしろうの二女である。
 もともとは織田家の侍女であったところ、とある事情で明晴が引き取ることとなったのだ。

 初音は明晴のことを頭のてっぺんから足の先まで見ると――顔を顰めた。
「だめよ、明晴。それではいけないわ」
 初音は立ち上がると、明晴に近づいた。
「座って」
 初音は明晴を文机の前に座らせた。
 袂から鏡を取り出すと明晴に持たせる。自分も櫛を取り出した。
「この後、御屋形さまにお目通りするのでしょう。跳ねた髪では、無礼になるわ」
 初音は総髪にしていた明晴の髪をほどくと、櫛で丁寧に梳いた。
「今日は、市に行ってくるわ」
「市?」
「そう。菫さまにお送りするお手紙を書く、紙を買いに行こうと思って」
 菫というのは、初音の異母姉である。

 初音の父・蓮見四郎には、二人の娘がいる。側室との間に儲けた初音と、もう一人、正室・長瀬の方との間に儲けた嫡女・菫姫である。
 腹違いの姉妹ではあるものの、初音は菫姫を慕っており、度々文通をしているらしい。

「それと、明晴につける髪油を買ってくるわ」
 初音のしっとりとした指先が明晴に触れる。
「か、髪油?」
「だって明晴、こんなに綺麗な髪をしているのよ。そのままではもったいないって、ずっと思っていたのよ」
 ふふっ、と初音は笑みを零した。
「明晴のこと、たくさんお世話させてちょうだい。明晴はわたしの弟のようなものなのだから」
 弟宣言に、明晴はその場にうずくまって泣きそうになった。

 正月で16歳になった初音にとっては、2つも年下の明晴は、童にしか見えないようだった。
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