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十三、
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瓜を齧りながら、於泉は心配そうに顔を顰めた。
「それでそれで、琴音殿はどうなったの? もしかして――三左様は『廃寺を占拠した』ってことで、琴音殿を始末したの……?」
「そのくらいじゃ始末しねえよ。暇じゃねえよ、うちの親父だって」
瓜を飲み込みながら、勝蔵は息を吐いた。
ひとまず「『呪姫』騒動」が落ち着いたため、土産を持って行ったところ、於泉に捕まったのだった。
仔細など勝九朗や奇妙丸から聞いているだろうに、「勝蔵からは聞いていないから」と離してくれなかったのだ
「そもそも話は、語り手によって異なるもの。勝蔵の意見もきちんと聞かなければ、公平じゃないでしょ?」
「……お前、男だったらいい領主になってただろうな」
「残念でした。兄上がいるから、私は嫡子にはなれませんよー、だ」
二切れ目に齧りつきながら、於泉が続きを流す。
仔細を報告したところ、可成は特に琴音を始末しなかった。
そもそも廃寺は既に忘れられて久しく、また、火付けをされたわけでもなく、民から何か相談を受けていたわけでもない。子ども達の世話をするだけなら特に問題なしとされた。
「ところで若の、『琴音殿にした提案』って結局何なの?」
「うちの親父に相談せよ、って」
「うちの親父って……三左様に?」
「民は宝だ。特に、次代を担う子どもは尚のこと」
戦で親を失い露頭に迷う子ども達がいるなら、それを守り育てるべし――と、可成は松野屋に命令を出したらしい。
「じゃあ琴音殿は特にお咎めもなかったし、子ども達も?」
「そういうことだな。子ども達は琴音殿に読み書きを習って、将来的には松野屋の奉公人になるんじゃないか」
あるいは――松野屋には万里しか子どもはいない。もしその中に秀でた男児がいた場合、万里と娶せ、ゆくゆくは松野屋を継ぐ者が出てくる可能性もある。
もっとも琴音だって子どもを産めないわけではないだろうし、嘉之助も若い。万里に弟ができることは充分考えられるのだが――、
「でもよかった」
於泉が濡れた手を手ぬぐいで拭きながら笑う。
「これで、安心していつでも金山に行ける」
「いや、何ついて来ようとしてるんだ」
「だって、『呪姫様』はいないって、勝蔵達が証明してくれたじゃない」
呪姫による神隠し――だと思われていた今回の騒動。実際には子ども達はいなくなっていなかった。いなくなっていたと思われたのは皆親を亡くした孤児ばかり。そしてその孤児も、琴音が山奥の廃寺で保護していただけである。可成が保護を命じた以上、可成が生きている限りは子ども達が神隠しに遭うことはないはずだ。
「……『呪姫』はいなくなってないぞ」
「え」
「『呪姫』の伝説は、嘘じゃない。3年前に本当にあったことだ。ある商家に嫁いだ美女が夫に惨殺されたのも」
「え……じゃ、じゃあ……:
「『呪姫』の娘は生きているぞ」
於泉の顔がみるみるうちに蒼褪める。勝蔵が続きを話してやろうとすると「いい!」と於泉は立ち上がった。
「わ、私、用事を思い出しちゃった! そろそろ行くね!」
於泉は勝蔵に手ぬぐいを押しつけると、そそくさと部屋に帰って行った。
「なんだ、せっかく教えてやろうと思ったのに」
勝蔵は喉を鳴らしながら、へたくそな刺繍がほどこされた手ぬぐいをそっと撫でた。
「それでそれで、琴音殿はどうなったの? もしかして――三左様は『廃寺を占拠した』ってことで、琴音殿を始末したの……?」
「そのくらいじゃ始末しねえよ。暇じゃねえよ、うちの親父だって」
瓜を飲み込みながら、勝蔵は息を吐いた。
ひとまず「『呪姫』騒動」が落ち着いたため、土産を持って行ったところ、於泉に捕まったのだった。
仔細など勝九朗や奇妙丸から聞いているだろうに、「勝蔵からは聞いていないから」と離してくれなかったのだ
「そもそも話は、語り手によって異なるもの。勝蔵の意見もきちんと聞かなければ、公平じゃないでしょ?」
「……お前、男だったらいい領主になってただろうな」
「残念でした。兄上がいるから、私は嫡子にはなれませんよー、だ」
二切れ目に齧りつきながら、於泉が続きを流す。
仔細を報告したところ、可成は特に琴音を始末しなかった。
そもそも廃寺は既に忘れられて久しく、また、火付けをされたわけでもなく、民から何か相談を受けていたわけでもない。子ども達の世話をするだけなら特に問題なしとされた。
「ところで若の、『琴音殿にした提案』って結局何なの?」
「うちの親父に相談せよ、って」
「うちの親父って……三左様に?」
「民は宝だ。特に、次代を担う子どもは尚のこと」
戦で親を失い露頭に迷う子ども達がいるなら、それを守り育てるべし――と、可成は松野屋に命令を出したらしい。
「じゃあ琴音殿は特にお咎めもなかったし、子ども達も?」
「そういうことだな。子ども達は琴音殿に読み書きを習って、将来的には松野屋の奉公人になるんじゃないか」
あるいは――松野屋には万里しか子どもはいない。もしその中に秀でた男児がいた場合、万里と娶せ、ゆくゆくは松野屋を継ぐ者が出てくる可能性もある。
もっとも琴音だって子どもを産めないわけではないだろうし、嘉之助も若い。万里に弟ができることは充分考えられるのだが――、
「でもよかった」
於泉が濡れた手を手ぬぐいで拭きながら笑う。
「これで、安心していつでも金山に行ける」
「いや、何ついて来ようとしてるんだ」
「だって、『呪姫様』はいないって、勝蔵達が証明してくれたじゃない」
呪姫による神隠し――だと思われていた今回の騒動。実際には子ども達はいなくなっていなかった。いなくなっていたと思われたのは皆親を亡くした孤児ばかり。そしてその孤児も、琴音が山奥の廃寺で保護していただけである。可成が保護を命じた以上、可成が生きている限りは子ども達が神隠しに遭うことはないはずだ。
「……『呪姫』はいなくなってないぞ」
「え」
「『呪姫』の伝説は、嘘じゃない。3年前に本当にあったことだ。ある商家に嫁いだ美女が夫に惨殺されたのも」
「え……じゃ、じゃあ……:
「『呪姫』の娘は生きているぞ」
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「わ、私、用事を思い出しちゃった! そろそろ行くね!」
於泉は勝蔵に手ぬぐいを押しつけると、そそくさと部屋に帰って行った。
「なんだ、せっかく教えてやろうと思ったのに」
勝蔵は喉を鳴らしながら、へたくそな刺繍がほどこされた手ぬぐいをそっと撫でた。
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