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十一、
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松明を片手に、勝九朗はゆっくりと山道を歩く。
琴音に教わった通り、なるべく大股にならないよう。そして、いくら化粧をしているからと言って被衣が落ちないようにせよ――というのが奇妙丸の言いつけだった。
『よいか。絶対に絶対に被衣を取ってはならぬぞ。そなたの素性がばれたら大事じゃ』
そんなに騒ぐなら最初からこのような戦略を立てなければいいのにと思うが、今さら口にしても致し方ない。勝九朗はいつもより顔の皮があつくなったような気のする頬を撫でたくなりながら、松明を握る手に力を込めた。武家の男児として、池田家の嫡男として、末代まで隠さなければ……と強く思いながら。
(しかし、本当に「呪姫様」とやらはいるんだろうか……)
無念の死を遂げ、今も現世をさまよっている女。
その哀れな女の名を騙った人攫いが横行しているのは、許せないことだ。早く解決し、一刻も早く子ども達が安全に暮らせるようにしてやらなければ。――と、他国のことながら強く思う。
(とは言っても、肝心の「呪姫様」が現れないなら、どうしようもないな)
一旦見回りを中断し、城に戻るべきだろうか。
勝九朗が思案した時だった。
「ぴゃぁん」
甲高い音に足を止める。音の方角に目を向けると、白い子猫がいた。確か、松野屋の娘・万里が飼っている子猫である。
「確か……寒花?」
勝九朗が呼ぶと、寒花は「ぴゃう」とひと鳴きして駆け出した。茂みの間に紛れ込む。勝九朗が眺めていると、茂みから頭を出してまた「ぴゃ」と鳴いた。
「え、ええっと……ついて来いっていうことか?」
勝九朗が動けずにいると、寒花は早くしろ、と急かすように茂みから威嚇した。
ちらりと後ろを伺う。近くに奇妙丸と勝蔵が待機しているはずだった。
(ええい、ままよ!)
勝九朗は松明の火が茂みに移らないように細心の注意を払いながら、寒花の後を追い駆けた。
***
「あいつは何をしてんだ」
勝九朗の後を追い駆けていた勝蔵は首を傾げた。
「勝九朗のことじゃ。何やら理由があるはず。お前と違うてな」
「え、なんて?」
「それはそうと――勝蔵。そなた、『呪姫さま』とやらは本当にいると思うか」
「うーん」
そもそもその伝説は真新しい。信憑性が全くないとは言えないし、元になった女の悲劇自体はありえるのだろう。だが、こんな時代だ。不遇な死に方をしたからといっていちいち怨霊になっていては、地獄の獄吏も大忙しだろうし、陰陽師も廃れていないだろう。
「『呪姫さま』はこの世のものとは思えぬほど美しい娘であったらしいな」
「……何すか、若。まさかと思うけど、呪姫様を側室に迎えたいって言ったりは」
「そうではない。もし『呪姫様』の娘が今も生きているのなら――その娘も絶世の佳人になっていくのだろうな、と思うただけよ。たとえば、松――」
「うわああああ!」
暗闇の中に響き渡る声。
奇妙丸と勝蔵は顔を見合わせた。
「今の声って、勝九朗――?」
「行くぞ、勝蔵」
奇妙丸が先に駆け出す。勝蔵も肩に背負った槍を握りなおしながら、主の背中を追い駆けた。
琴音に教わった通り、なるべく大股にならないよう。そして、いくら化粧をしているからと言って被衣が落ちないようにせよ――というのが奇妙丸の言いつけだった。
『よいか。絶対に絶対に被衣を取ってはならぬぞ。そなたの素性がばれたら大事じゃ』
そんなに騒ぐなら最初からこのような戦略を立てなければいいのにと思うが、今さら口にしても致し方ない。勝九朗はいつもより顔の皮があつくなったような気のする頬を撫でたくなりながら、松明を握る手に力を込めた。武家の男児として、池田家の嫡男として、末代まで隠さなければ……と強く思いながら。
(しかし、本当に「呪姫様」とやらはいるんだろうか……)
無念の死を遂げ、今も現世をさまよっている女。
その哀れな女の名を騙った人攫いが横行しているのは、許せないことだ。早く解決し、一刻も早く子ども達が安全に暮らせるようにしてやらなければ。――と、他国のことながら強く思う。
(とは言っても、肝心の「呪姫様」が現れないなら、どうしようもないな)
一旦見回りを中断し、城に戻るべきだろうか。
勝九朗が思案した時だった。
「ぴゃぁん」
甲高い音に足を止める。音の方角に目を向けると、白い子猫がいた。確か、松野屋の娘・万里が飼っている子猫である。
「確か……寒花?」
勝九朗が呼ぶと、寒花は「ぴゃう」とひと鳴きして駆け出した。茂みの間に紛れ込む。勝九朗が眺めていると、茂みから頭を出してまた「ぴゃ」と鳴いた。
「え、ええっと……ついて来いっていうことか?」
勝九朗が動けずにいると、寒花は早くしろ、と急かすように茂みから威嚇した。
ちらりと後ろを伺う。近くに奇妙丸と勝蔵が待機しているはずだった。
(ええい、ままよ!)
勝九朗は松明の火が茂みに移らないように細心の注意を払いながら、寒花の後を追い駆けた。
***
「あいつは何をしてんだ」
勝九朗の後を追い駆けていた勝蔵は首を傾げた。
「勝九朗のことじゃ。何やら理由があるはず。お前と違うてな」
「え、なんて?」
「それはそうと――勝蔵。そなた、『呪姫さま』とやらは本当にいると思うか」
「うーん」
そもそもその伝説は真新しい。信憑性が全くないとは言えないし、元になった女の悲劇自体はありえるのだろう。だが、こんな時代だ。不遇な死に方をしたからといっていちいち怨霊になっていては、地獄の獄吏も大忙しだろうし、陰陽師も廃れていないだろう。
「『呪姫さま』はこの世のものとは思えぬほど美しい娘であったらしいな」
「……何すか、若。まさかと思うけど、呪姫様を側室に迎えたいって言ったりは」
「そうではない。もし『呪姫様』の娘が今も生きているのなら――その娘も絶世の佳人になっていくのだろうな、と思うただけよ。たとえば、松――」
「うわああああ!」
暗闇の中に響き渡る声。
奇妙丸と勝蔵は顔を見合わせた。
「今の声って、勝九朗――?」
「行くぞ、勝蔵」
奇妙丸が先に駆け出す。勝蔵も肩に背負った槍を握りなおしながら、主の背中を追い駆けた。
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