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二、
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*
うだるような暑さに耐えきれず、その後も怪談話は続いた。於泉はキャーキャー騒ぐ割には、部屋を出ようとはしない。曰く、「怖いのは嫌いだけど仲間外れにされるのはもっと嫌い」とのことである。
その結果――、
「若、兄上、勝蔵殿、いるー!?」
奇妙丸達3人は、厠の前に立ち尽くすことになった。
「……流石にやり過ぎたか」
奇妙丸は気まずそうに頬を掻いた。勝九郎は「ですねぇ」と遠い目をしている。勝蔵は珍しく黙り込んだままだった。普段はこういう時誰よりも先に「俺は関係ない」と言い張って庭に降りて槍を振り回すのに、今日は珍しく大人しい。不意に吹いた生暖かい風よりも、勝九郎が語る怪談よりも、物静かな勝蔵の方が奇妙丸にとっては恐ろしい存在だった。
「勝蔵、そなたどうした――?」
「……もう1つ俺も話を思い出したんです」
低い声で、勝蔵がぼそぼそと語り出した。厠から「やめろ――――――!」という甲高い声が響いてきたが、誰も勝蔵の話を止めようとはしなかった。
しかし、勝蔵が話しはじめようとした時だった。
「若。こちらにおられましたか」
奇妙丸に話しかけてきたのは、傅役の河尻秀隆だった。
せっかく気分よく話しはじめようとした勝蔵は思い切り腰を折られたことになり、目に見えて不機嫌そうに膨れた。しかし、厠に閉じこもっていた於泉は、嬉々とした顔で出てきた。
「若、御屋形様がお呼びにございます」
「父上が?」
「話があるゆえ、天守まで来られるように、と――」
奇妙丸は訝しく感じながらも、頷いた。勝蔵と池田兄妹に部屋で待つように告げ、河尻とともに天守の方角へ歩きはじめた。
*
「よし、行くか」
「待て」
迷わず奇妙丸の追跡を決行しようとした勝蔵を止めるため、勝九郎は思い切り髷を掴んで引っ張った。
「お前、若と御屋形様の話し合いを覗き見するつもりか?」
「だって気になるだろ」
勝九郎の手を払い除けながら、勝蔵は天守の方角を見た。せっかく怪談話をしようとしていたのに、思い切り出鼻を挫かれたのだ。その要因を知るくらいの権利はあるはずだ。
「いや、そんな権利ないから」
「うるせぇ! お前ばっかり話して若の関心引きやがってずるいんだよ!」
「意味の分からん悋気を起こすんじゃない、めんどくさい奴だな」
「文句あるならついて来なきゃいいだろ」
そう言っても、なんだかんだで勝九郎が来てくれることは見抜いている勝蔵だった。
2人が歩き出しても、なぜか1人ついて来ない者がいた。於泉である。於泉は袖をぎゅっと握り締めながら、その場に立ち尽くしていた。
「来ないのか? それともまだ厠?」
「……御屋形様がいるんでしょ」
於泉は唇を噛みながら、燃えるような蘇芳の瞳を勝蔵に向けた。
於泉はなぜだか、信長に苦手意識を持っている。幼い頃から、ずっとそうだった。
確かに信長が放つ雰囲気は厳かで、気を付けなければのみ込まれてしまいそうなほど怖い。しかし、於泉の恐れ方はどこか尋常でないのだった。
だが、そのことにいちいち気を遣う勝蔵でも、またないのだった。
「厭ならこなきゃいい」
「――仲間外れが一番嫌いだって言ったでしょ!」
於泉は勝蔵の尻を蹴飛ばしながら、結局ついてくることにしたようだった。
うだるような暑さに耐えきれず、その後も怪談話は続いた。於泉はキャーキャー騒ぐ割には、部屋を出ようとはしない。曰く、「怖いのは嫌いだけど仲間外れにされるのはもっと嫌い」とのことである。
その結果――、
「若、兄上、勝蔵殿、いるー!?」
奇妙丸達3人は、厠の前に立ち尽くすことになった。
「……流石にやり過ぎたか」
奇妙丸は気まずそうに頬を掻いた。勝九郎は「ですねぇ」と遠い目をしている。勝蔵は珍しく黙り込んだままだった。普段はこういう時誰よりも先に「俺は関係ない」と言い張って庭に降りて槍を振り回すのに、今日は珍しく大人しい。不意に吹いた生暖かい風よりも、勝九郎が語る怪談よりも、物静かな勝蔵の方が奇妙丸にとっては恐ろしい存在だった。
「勝蔵、そなたどうした――?」
「……もう1つ俺も話を思い出したんです」
低い声で、勝蔵がぼそぼそと語り出した。厠から「やめろ――――――!」という甲高い声が響いてきたが、誰も勝蔵の話を止めようとはしなかった。
しかし、勝蔵が話しはじめようとした時だった。
「若。こちらにおられましたか」
奇妙丸に話しかけてきたのは、傅役の河尻秀隆だった。
せっかく気分よく話しはじめようとした勝蔵は思い切り腰を折られたことになり、目に見えて不機嫌そうに膨れた。しかし、厠に閉じこもっていた於泉は、嬉々とした顔で出てきた。
「若、御屋形様がお呼びにございます」
「父上が?」
「話があるゆえ、天守まで来られるように、と――」
奇妙丸は訝しく感じながらも、頷いた。勝蔵と池田兄妹に部屋で待つように告げ、河尻とともに天守の方角へ歩きはじめた。
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「よし、行くか」
「待て」
迷わず奇妙丸の追跡を決行しようとした勝蔵を止めるため、勝九郎は思い切り髷を掴んで引っ張った。
「お前、若と御屋形様の話し合いを覗き見するつもりか?」
「だって気になるだろ」
勝九郎の手を払い除けながら、勝蔵は天守の方角を見た。せっかく怪談話をしようとしていたのに、思い切り出鼻を挫かれたのだ。その要因を知るくらいの権利はあるはずだ。
「いや、そんな権利ないから」
「うるせぇ! お前ばっかり話して若の関心引きやがってずるいんだよ!」
「意味の分からん悋気を起こすんじゃない、めんどくさい奴だな」
「文句あるならついて来なきゃいいだろ」
そう言っても、なんだかんだで勝九郎が来てくれることは見抜いている勝蔵だった。
2人が歩き出しても、なぜか1人ついて来ない者がいた。於泉である。於泉は袖をぎゅっと握り締めながら、その場に立ち尽くしていた。
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だが、そのことにいちいち気を遣う勝蔵でも、またないのだった。
「厭ならこなきゃいい」
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