2 / 14
二、
しおりを挟む
*
うだるような暑さに耐えきれず、その後も怪談話は続いた。於泉はキャーキャー騒ぐ割には、部屋を出ようとはしない。曰く、「怖いのは嫌いだけど仲間外れにされるのはもっと嫌い」とのことである。
その結果――、
「若、兄上、勝蔵殿、いるー!?」
奇妙丸達3人は、厠の前に立ち尽くすことになった。
「……流石にやり過ぎたか」
奇妙丸は気まずそうに頬を掻いた。勝九郎は「ですねぇ」と遠い目をしている。勝蔵は珍しく黙り込んだままだった。普段はこういう時誰よりも先に「俺は関係ない」と言い張って庭に降りて槍を振り回すのに、今日は珍しく大人しい。不意に吹いた生暖かい風よりも、勝九郎が語る怪談よりも、物静かな勝蔵の方が奇妙丸にとっては恐ろしい存在だった。
「勝蔵、そなたどうした――?」
「……もう1つ俺も話を思い出したんです」
低い声で、勝蔵がぼそぼそと語り出した。厠から「やめろ――――――!」という甲高い声が響いてきたが、誰も勝蔵の話を止めようとはしなかった。
しかし、勝蔵が話しはじめようとした時だった。
「若。こちらにおられましたか」
奇妙丸に話しかけてきたのは、傅役の河尻秀隆だった。
せっかく気分よく話しはじめようとした勝蔵は思い切り腰を折られたことになり、目に見えて不機嫌そうに膨れた。しかし、厠に閉じこもっていた於泉は、嬉々とした顔で出てきた。
「若、御屋形様がお呼びにございます」
「父上が?」
「話があるゆえ、天守まで来られるように、と――」
奇妙丸は訝しく感じながらも、頷いた。勝蔵と池田兄妹に部屋で待つように告げ、河尻とともに天守の方角へ歩きはじめた。
*
「よし、行くか」
「待て」
迷わず奇妙丸の追跡を決行しようとした勝蔵を止めるため、勝九郎は思い切り髷を掴んで引っ張った。
「お前、若と御屋形様の話し合いを覗き見するつもりか?」
「だって気になるだろ」
勝九郎の手を払い除けながら、勝蔵は天守の方角を見た。せっかく怪談話をしようとしていたのに、思い切り出鼻を挫かれたのだ。その要因を知るくらいの権利はあるはずだ。
「いや、そんな権利ないから」
「うるせぇ! お前ばっかり話して若の関心引きやがってずるいんだよ!」
「意味の分からん悋気を起こすんじゃない、めんどくさい奴だな」
「文句あるならついて来なきゃいいだろ」
そう言っても、なんだかんだで勝九郎が来てくれることは見抜いている勝蔵だった。
2人が歩き出しても、なぜか1人ついて来ない者がいた。於泉である。於泉は袖をぎゅっと握り締めながら、その場に立ち尽くしていた。
「来ないのか? それともまだ厠?」
「……御屋形様がいるんでしょ」
於泉は唇を噛みながら、燃えるような蘇芳の瞳を勝蔵に向けた。
於泉はなぜだか、信長に苦手意識を持っている。幼い頃から、ずっとそうだった。
確かに信長が放つ雰囲気は厳かで、気を付けなければのみ込まれてしまいそうなほど怖い。しかし、於泉の恐れ方はどこか尋常でないのだった。
だが、そのことにいちいち気を遣う勝蔵でも、またないのだった。
「厭ならこなきゃいい」
「――仲間外れが一番嫌いだって言ったでしょ!」
於泉は勝蔵の尻を蹴飛ばしながら、結局ついてくることにしたようだった。
うだるような暑さに耐えきれず、その後も怪談話は続いた。於泉はキャーキャー騒ぐ割には、部屋を出ようとはしない。曰く、「怖いのは嫌いだけど仲間外れにされるのはもっと嫌い」とのことである。
その結果――、
「若、兄上、勝蔵殿、いるー!?」
奇妙丸達3人は、厠の前に立ち尽くすことになった。
「……流石にやり過ぎたか」
奇妙丸は気まずそうに頬を掻いた。勝九郎は「ですねぇ」と遠い目をしている。勝蔵は珍しく黙り込んだままだった。普段はこういう時誰よりも先に「俺は関係ない」と言い張って庭に降りて槍を振り回すのに、今日は珍しく大人しい。不意に吹いた生暖かい風よりも、勝九郎が語る怪談よりも、物静かな勝蔵の方が奇妙丸にとっては恐ろしい存在だった。
「勝蔵、そなたどうした――?」
「……もう1つ俺も話を思い出したんです」
低い声で、勝蔵がぼそぼそと語り出した。厠から「やめろ――――――!」という甲高い声が響いてきたが、誰も勝蔵の話を止めようとはしなかった。
しかし、勝蔵が話しはじめようとした時だった。
「若。こちらにおられましたか」
奇妙丸に話しかけてきたのは、傅役の河尻秀隆だった。
せっかく気分よく話しはじめようとした勝蔵は思い切り腰を折られたことになり、目に見えて不機嫌そうに膨れた。しかし、厠に閉じこもっていた於泉は、嬉々とした顔で出てきた。
「若、御屋形様がお呼びにございます」
「父上が?」
「話があるゆえ、天守まで来られるように、と――」
奇妙丸は訝しく感じながらも、頷いた。勝蔵と池田兄妹に部屋で待つように告げ、河尻とともに天守の方角へ歩きはじめた。
*
「よし、行くか」
「待て」
迷わず奇妙丸の追跡を決行しようとした勝蔵を止めるため、勝九郎は思い切り髷を掴んで引っ張った。
「お前、若と御屋形様の話し合いを覗き見するつもりか?」
「だって気になるだろ」
勝九郎の手を払い除けながら、勝蔵は天守の方角を見た。せっかく怪談話をしようとしていたのに、思い切り出鼻を挫かれたのだ。その要因を知るくらいの権利はあるはずだ。
「いや、そんな権利ないから」
「うるせぇ! お前ばっかり話して若の関心引きやがってずるいんだよ!」
「意味の分からん悋気を起こすんじゃない、めんどくさい奴だな」
「文句あるならついて来なきゃいいだろ」
そう言っても、なんだかんだで勝九郎が来てくれることは見抜いている勝蔵だった。
2人が歩き出しても、なぜか1人ついて来ない者がいた。於泉である。於泉は袖をぎゅっと握り締めながら、その場に立ち尽くしていた。
「来ないのか? それともまだ厠?」
「……御屋形様がいるんでしょ」
於泉は唇を噛みながら、燃えるような蘇芳の瞳を勝蔵に向けた。
於泉はなぜだか、信長に苦手意識を持っている。幼い頃から、ずっとそうだった。
確かに信長が放つ雰囲気は厳かで、気を付けなければのみ込まれてしまいそうなほど怖い。しかし、於泉の恐れ方はどこか尋常でないのだった。
だが、そのことにいちいち気を遣う勝蔵でも、またないのだった。
「厭ならこなきゃいい」
「――仲間外れが一番嫌いだって言ったでしょ!」
於泉は勝蔵の尻を蹴飛ばしながら、結局ついてくることにしたようだった。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる