竜人息子の溺愛!

神谷レイン

文字の大きさ
上 下
32 / 33
番外編

1 イサールの手紙

しおりを挟む

 ――――初夏の日曜日。
 まだ朝の十時も過ぎてないというのに、外を歩けば、じわじわと暑さで汗が滲み出る季節。

 そんな中、カランカランッとベルの音が鳴り響き、ドアを開けて何かがとことこっと店の中に入った。

「ふぇーちゃん、おっはよー!」

 ぴょいっと片手を上げて元気よく挨拶をしたのはルイだった。

「あら~、いらっしゃい。ルイちゃん、おはよう」

 この店の店主でもあり、王配でもあるフェインが笑顔で出迎えた。

「外は暑かったでしょう?」
「うん。だからね、ルー、あいすココア飲みたい!」
「アイスココアね、わかったわぁ」

 そう答えた後、フェインはドアの前に立つもう一人に優しく声をかけた。

「イサールさんもいらっしゃい」
「おはようございます、フェインさん」

 そうイサールは返事をした。


 ◇◇



「はい、アイスココアね」

 カウンター席に座るイサールの膝の上の乗るルイにフェインは冷たいドリンクを差し出した。

「わぁーい! ありがと、ふぇーちゃん!」

 イサールの膝の上にちょこんっと座るルイはドリンクを貰うなり、ストローをパクッと咥えるとごくごくとおいしそうに飲み始めた。それを微笑ましく見た後、フェインはイサールに尋ねる。

「イサールさんもドリンク、どう?」
「いえ、私は大丈夫です」

 イサールはそう言って断り、顔に付けているマスクに手を伸ばした。
 イサールは昔、顔に酷い怪我を負っており、今は右目辺りしか見えないほどマスクで顔を覆い隠している。飲食をするときは勿論マスクを外すが、できればあまり外したくないと思っていた。
 特に小さな子供の前では。
 そんなイサールの気持ちを汲んでか、フェインはそれ以上は尋ねなかった。

「そう? それにしてもイサールさん、すっかり子守りが板について来たわね~。まあ、どうせ今日もルークちゃんに押し付けられたんでしょう?」

 フェインに図星をさされて、イサールは「はは」と困り顔で笑うしかなかった。



 ◇◇



 ―――――それは小一時間前のことだった。
 イサールはルークから呼びだされ、コールソン書店に足を運んでいた。

 そして呼ばれた理由がわかっていたイサールはやれやれという面持ちでドアの前に立ち、ドアをノックした。するとすぐさまルークが出てくる。その腕にはルイを抱えていた。
 先週の日曜日も見た光景だ。

「やぁ、朝早くに呼んですまないね」
「いえ。ルーク様、ルイ様、おはようございます」

 イサールは護衛官らしく、礼儀正しく挨拶をした。するとルイもすぐに挨拶を返す。

「おはよ! イサちゃん」

 ぴょいっと片手を上げて、ルイは元気よく言った。そんなルイに、ルークは親らしく「ルイ、おはよ。じゃなくて、おはようございます、だろ?」と問いかけると、素直なルイは言い直した。

「おはよーごじゃいます!」

 三歳らしいまだ舌ったらずな言葉が可愛い。
 イサールは思わず手が伸びてルイの頭を撫でた。

「ちゃんと言えて偉いですね、ルイ様」

 イサールが言うとルイは丸いほっぺを両手に当てて、嬉しそうに「へへへ~っ」と微笑んだ。
 でれでれと照れる、とてつもなく可愛い生き物にイサールは胸が痛くなる。
 しかし、そんなルイをゆっくり地面に下ろすとルークはにっこりとイサールに笑顔を見せた。

「イサール、実は今日も一日、ルイを預かって欲しいんだ」

 先週も聞いた同じセリフにイサールは少々呆れた視線を向ける。

「構いませんが……またですか」
「ああ、またレイが寝込んでね」

 そう言ったがルークの顔はツヤツヤと活力に溢れ、笑顔が絶えない。それを見て、レイが病気ではなく、別の理由で寝込んでいるのだとイサールは聞かなくてもわかった。
 なので堪らずイサールはルークに忠告した。

「ルーク様、なにが、とは言いませんが、ほどほどになさってくださいね」

 そうルークに忠告したが「わかってる、わかってる」と軽く返されてしまった。そしてルークはルイに視線を合わせて屈むと、その柔らかいほっぺを撫でた。

「ルイ、今日もイサールの言う事をちゃんと聞いて、一緒にいるんだよ? いいね」
「はーい! ぱぱもれーちゃんと仲良くね!」
「勿論、わかってるよ」

 そんな会話をした後、ルークはちゅっとルイの頬にキスをしてから立ち上がった。

「夕方には迎えに行くから、それまでよろしくお願いします」

 ルークに笑顔で言われ、イサールはやれやれと思いつつ「わかりました」と答えた。

「じゃあ、また後でね。二人共」

 ルークはそう言うと、早々にパタンっとドアを閉めた。
 愛すべき人の元に戻ったのだろう。竜人は力が強い者ほど、大事なものにより執着する。その対象が人でも。

 ……レイ様は大丈夫だろうか。日曜日はお店が定休日だからと、土曜日の夜から貪られてるのでは。

 そう心配になったが、ルークの事だから無理はさせてないだろう、とイサールは思い直し、そして自分も昔はレイと同じ立場にあったことを思い出した。

 ……本当、変なところはあの人に似たな。

 思わずくすりと思い出し笑いをすると、足元にいるルイがくいくいっとズボンの裾を引っ張った。

「イサちゃん、どちたの?」

 ルイに不思議そうな顔で尋ねられ、イサールは笑顔を返した。

「いいえ、何でもありませんよ」
「そぉー?」
「はい。……しかし今日一日、どうしましょうか。とりあえずフェインさんのお店に行って考えましょうか」

 イサールが提案するとルイは「はいはぁーい! ルー、ふぇーちゃんのとこ、いくー!」とぴょいぴょいっと片手を元気に上げ、体もぴょんぴょんっと飛び跳ねさせた。その愛らしい姿にイサールはまた目尻が下がってしまう。

 ……元気の塊みたいだな。ふふ。

「はい。じゃあ、行きましょうか」

 イサールが言うと、ルイはにっこり笑顔で返事をした。

「うんっ!」







 ――――――そうしてイサールはルイと共にフェインの元に来たのだが……。

「ルークちゃんも飽きないわねぇ」

 フェインは呆れたように言った。だが、その言葉にはイサールも同感だ。

「でもルイちゃん、もしかしたらこれは本当にすぐ弟か妹ができるかもしれないわよ~!」
「えー! ほんとーっ?!」

 フェインの言葉にルイは嬉しそうに目を輝かせた。意味を分かっているのだろうか、とイサークは思ったが、何も言わずに口を噤んだ。

「ところで、二人はこの後どうするの?」

 フェインに尋ねられ、イサークは顎に手を当てる。
 いつもは公園に行って遊ぶのだが、ちらりとルイを見ると『また公園?』という視線を向けてくる。確かに公園は楽しいが、毎回だと飽きるだろう。
 かと言って、まだ土地勘がないイサールにはどこに行けばいいかわからない。

「そうですね……」

 イサールは顎に手を当てて考え込む。
 しかしそんな折、カランカランッとドアのベルが鳴り、誰かが入ってきた。

 イサールが振り向くとそこには二人の青年がいて、ルイはその青年達を見るなりパァッと目を輝かせた。


「ぽーる! しおちゃん!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

【完結】消えた一族

華抹茶
BL
この世界は誰しもが魔法を使える世界。だがその中でただ一人、魔法が使えない役立たずの少年がいた。 魔法が使えないということがあり得ないと、少年は家族から虐げられ、とうとう父親に奴隷商へと売られることに。その道中、魔法騎士であるシモンが通りかかりその少年を助けることになった。 シモンは少年を養子として迎え、古代語で輝く星という意味を持つ『リューク』という名前を与えた。 なぜリュークは魔法が使えないのか。養父であるシモンと出会い、自らの運命に振り回されることになる。 ◎R18シーンはありません。 ◎長編なので気長に読んでください。 ◎安定のハッピーエンドです。 ◎伏線をいろいろと散りばめました。完結に向かって徐々に回収します。 ◎最終話まで執筆済み

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

実の弟が、運命の番だった。

いちの瀬
BL
「おれ、おっきくなったら、兄様と結婚する!」 ウィルとあの約束をしてから、 もう10年も経ってしまった。 約束は、もう3年も前に時効がきれている。 ウィルは、あの約束を覚えているだろうか? 覚えてるわけないか。 約束に縛られているのは、 僕だけだ。 ひたすら片思いの話です。 ハッピーエンドですが、エロ少なめなのでご注意ください 無理やり、暴力がちょこっとあります。苦手な方はご遠慮下さい 取り敢えず完結しましたが、気が向いたら番外編書きます。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

処理中です...