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最終話
しおりを挟む――――それから時が経ち、竜国に新王が立って四年後。
花々が美しく咲く春の時期、朝ご飯のいい匂いがダイニングに漂っていた。
そして、ダイニングにはさっぱりと髪を短く切り、眼鏡を外したレイが立っていた。
「よし、これでいいか」
レイはテーブルにマグカップを置き、満足げに一言呟いた。しかし、テーブルに置かれたマグカップは二つ。
「おーい! 朝ごはん、できたぞー!」
朝食の準備を終えたレイは二階に向かって声を上げた。だが返事がない。
どうやら同居人はまだ寝ているようだ。レイはつけていたエプロンを外し、二階に上がった。そして自室のドアを開けると、ベッドの枕元にはちょこんっと黒髪が見えた。どうやら同居人は、まだまだ夢の中にいるみたいだ。
レイはやれやれ、と思いつつベッドに腰かけ、優しく声をかけた。
「おはよう、朝ごはんできたぞ。そろそろ起きて」
レイが声をかけると、ベッドの上に寝ころんでいた主はゴロンと仰向けになり、目を覚ました。
「うーん。れーちゃん?」
「おはよう、ルイ。もう朝だぞ」
レイはまるまるとした柔らかいほっぺにおはようのキスをした。すると零れ落ちんばかりの大きな水色の瞳がレイを見る。
「おはょ。ふわあぁあ」
大きなあくびをして、小さな紅葉手で目を擦りながら言ったのは、三歳のレイの息子・ルイだった。寝癖がついた黒髪がぴょんっと跳ねている。
「ほら、起きて朝ご飯だ。今日はルイの好きな卵焼きを作ったんだぞ?」
寝癖を直すように撫でて言うとルイの目が嬉しそうに見開いた。
「たーまやき! ルー、だいすき!」
ルイは声を上げると、さっきまで眠たそうだったのにそのままぽんっと小さな黒竜に変化して、パタパタと小さな羽を動かすと開けっぱなしのドアから一人で一階に飛んで行った。
大好物には目がないらしい。やれやれ、どっかの誰かさんに似たようだ。
そう思いつつもレイはルイを追いかけるように一階に下りた。ダイニングに戻ると、ルイはもう人の姿に戻って自分の子供用の椅子に座っていた。
「れーちゃん、はやく、おいのり!」
「はいはい、待って待って」
レイはそう答え、自分の席に着くとルイと一緒にお祈りをした。そうして二人だけの食事をする。
ルイは竜人の子らしく、普通の子供の三倍の量を朝からパクパクと食べる。豪快な食べっぷりに成長を感じてレイは思わず微笑むが、不意に壁に掛けているカレンダーがちらりと目に入った。
今日はレイがファウント王国に戻り、ルークと別れた日からちょうど四年目の日だった。
……色々この四年にあったもんだな。ま、一番変わった事と言えばルイだけど。
そうレイは思いつつ目の前にいる我が子を見た。ルイは紛れもなくレイが産んだ子だ。
それはファウント王国に戻ってきた後のお話。
レイは帰ってきて一ヶ月も過ぎた頃、少しお腹が張るなぁ、と何も気が付かずにそう思っていた。
フェインや二コラから竜人の王族は同性でも子を孕ませられると聞いていたが、まさか自分もそうであるとは露にも思っていなかったのだ。
そもそもルークと抱き合ったのも二回だけ。その内、一回は治療の為だった。
だから違うだろう、とレイは勝手に思い込んでいた。だが、月日が経つほどにお腹は張っていき、とうとう五カ月も経った頃、フェインがレイの妊娠に気が付いた。
『ねぇ、ちょっと……レイ、あんた妊娠してるんじゃない?』
『は? ……そんな訳ないだろ。……たぶん?』
そう言ったが、レイは半ば強制的にフェインに病院に連れて行かれ、検査をしてみれば結果は陽性。悩む暇もなくバタバタとしている内に、国に帰ってきて七ヵ月目、レイは大きな卵をぽろりと産んだ。
出産は男の身で簡単にはいかなかったし、レイは出産時あまりの苦しさに正直死ぬかと思ったが、それでも産んだ竜の卵は可愛くて。
卵で産まれてきた竜の子に違和感さえも覚えず、レイは孵るまでつきっきりで傍にいた。そして産んでから三カ月後、卵は割れてルイが孵った。
そこにいたのは黒い髪に水色の瞳を持つ可愛らしい赤ん坊だった。
「れーちゃん、みるく、ちょーらいっ」
ルイは空になったマグカップをレイに差し出した。
「ミルクな」
レイはマグカップを受け取ると、ミルクのおかわりを注いだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとっ」
ルイはそう言うと、ぐぐぐぅーっと豪快に飲み、残っているご飯を食べ始めた。
それを見ながら我が子の成長をレイは微笑ましく思った。
最近は言葉もわかってきて、何でも食べれるようになり、今は大分世話が楽になっていた。
生まれたばかりは、力は並みの子供よりも強いわ、言う事は聞かないわ、家の物やシーツを何度壊され、破られた事か。眼鏡だって壊され過ぎて、もう掛けるのを止めたぐらいだ。
その上一歳も過ぎた頃から竜に変化できるようになって、歩くよりも先に飛ぶことを覚えた。目を離した隙に小竜になってどこにでも飛んでいく始末で。
今ではいう事を聞くようになり、幾分かはマシになったが、それでもレイは大変だった。
自分の事なんか二の次で、おかげで長髪も面倒になってさっぱりと切ってしまった。
でも大きな水色の瞳と無邪気な笑顔で微笑まれたら憎めない。
「れーちゃ、ルーね、れーちゃんのごはん、だいすきぃ」
へへっとはにかんで笑われたら、どんなに疲れていても全て吹っ飛んでいく。この笑顔を守る為なら、自分の命だってかけてもいいと思える。
「そうか、いっぱい食べて大きくなれよ」
レイはルイの頭を撫でた。
レイはルイと一緒に暮らせて毎日が幸せだった。キラキラな水色の瞳で見つめられて。
でもあの別れから四年、レイはもう一人の、大好きな水色の瞳を見ていなかった。
ルークは忙しいのか、会いに来ることも、レイを呼び寄せる事も、この四年なかった。
竜国を離れてから、手紙のやり取りだけはずっとしているが、それだけだ。勿論手紙には、ルイの事も書いている。それなのに未だに手紙のやり取りだけ。
その上、ここ数カ月はルークからの手紙が途切れていた。
送っても送っても返ってこない返事。レイは四年という歳月と、返ってこない手紙に不安を覚えていた。
……ルークはあの約束を忘れてしまったのだろうか?
レイは朝ご飯を食べながら、左手に光る指輪に視線を向ける。
『絶対早く行くから!』
その言葉が蘇るが、時が経つにつれて不安ばかりが大きくなる。
もしかしてあちらでの生活が良くなって、自分の事なんかどうでもよくなったのでは? と。
……ルーク、もう四年目だぞ。いつになったら会いに来てくれるんだ。ルイもお前に会いたがってる。忙しくても一目ぐらい会いに来いよ、ばか。
レイは本人に言えない文句を心の中で呟くしかなかった。だってそれは手紙にも書けなかったから。
ルークが竜国で頑張っているのは遠い地にいるレイの耳にも届いていた。
閉鎖的だった竜国の物流を盛んにし、竜国の国交は今、最盛期を迎えている。そして貴族達の覇権争いも鎮火し、今は王家の統制の元、政《まつりごと》は上手く行っているという話だ。
ルークはこのファウント王国で育った異例の王だ。外の文化を取り入れるべきは取り入れたのだろう。竜国は今、変わろうとしている。
だからルークが会いに来れないのも、レイにはわかっていた。
それに国を動かすことが簡単じゃない事は、王族として幼い頃から育ってきたレイにも痛いほどわかる。むしろ自分が竜人だったのならルークの傍にいて支えるのに、とさえ思う。だけどレイは人間で竜国にいてもルークのお荷物になるだけ。
だからこそ、こうしてぐっと堪えてルイを一人で育てていた。
それでも……頭でどれだけわかっていても。ただただ、胸に寂しいって感情だけが渦巻く。それはルイでもかき消せなかった、たった一人、ルークでなければ。
「はぁ……」
「れーちゃん、どしたの? どっか、いたい?」
ルイは首を傾げて心配そうに言い、レイは慌てて笑顔を作って「何でもないよ」と答えた。だが、ルイはじっと心配そうな目でレイを見てくる。まだ幼いのに聡い子だ。
「大丈夫だから。ほら、飯が終わったら歯磨きして、今日はフェインのとこに行くぞ。ルイは行きたくないのか?」
「ルーもフェイちゃんのとこ、行くっ!」
ルイははーいっ! と片手を上げて、元気よく返事をした。
「じゃあ、準備しないとな?」
そうレイが声をかけた時だった。
ルイがぴくっと動きを止め、そして何かを探るように鼻をクンクンと嗅ぎ始めた。
「ルイ? どうした?」
レイが声をかけてもルイは答えない。何かを探っている。こんなのは初めてだった。
「ルイ?」
レイがもう一度声をかけると、ルイは何も言わずにぽんっと小さな竜に変化した。そしてパタパタっと羽を動かすと椅子から浮かび、フイッと店の方に飛んでいった。
「え?! ルイ?! お、おいちょっと待て!」
今までちゃんと躾てきたおかげで、ルイはレイの言う事をよく聞くようになった。飛ぶことはあっても、レイが”待て”と言ったらちゃんと待つぐらいには。
それが何も言わずに飛んでいくなんて。
レイは慌てて席を立ち、ルイの後を追った。今日は朝から新刊の入荷で店先のドアを開けっぱなしにしている。もし店の外に出たら危ない。
「ルイ! 待ちなさい!」
レイは声を荒げて言うがルイはレイの声を無視して、店外に飛んで行った。
「ルイッ!」
レイもすぐにその後を追って店先に出る。だが、ルイはパタパタと翼をはためかせると店先で留まった。
そしてレイの足も、その場に留まってしまう。
店先には、まだ開店していないのに一人の男が立っていたからだ。
朝日に背を向け、伸びた銀色の髪が輝いている。
すらりとした高身長の持ち主で、綺麗な顔立ちの水色の瞳を持つ男。
少し大人びた顔に、レイは見つめるばかりで言葉を失う。でも彼はレイに声をかけた。
「ただいま、レイ」
そう綺麗な笑顔で、綺麗な声で、綺麗な瞳をレイに向けて言ったのは、他でもない夢にまで見たルークだった。
「ルークッ! どうして……こっちに来るなんて!」
「レイを驚かせようと思って」
ルークはフフッと笑った。悪戯っぽい笑顔。四年ぶりにみる笑顔に、レイは息の仕方も忘れそうになる。
でもレイは足をどうにか動かしてルークに一歩ずつ歩み寄った。
「本当に……会いにきてくれたのか? ルーク」
レイが言うと、ルークは首を横に振った。
「いや、会いに来たんじゃないよ」
その言葉にレイは身を固め、その場に足を縫い付ける。
……会いに来たんじゃない? なら、なんで……もしかして別れを?
不安が一気に広がるが、そんなレイにルークは「あ、もしかして変な事、考えてる? 僕が別れを言いに来たとか」とまるで心を読んだかのように言った。
「だ、だって会いに来たんじゃないんだろう?」
レイが再確認するように言うと、ルークはこくりと頷いた。
「そうだよ。会いに来たんじゃない。レイは忘れちゃったの?」
ルークに尋ね返されて、レイは「え?」と首を傾げた。そんなレイにルークは優しく微笑んだ。
「レイの傍に戻るって言ったでしょ。随分遅くなっちゃったけど、ただいま。もう二コラに、王位を任せてきたよ。だから、もう……僕の全部、レイのものだ。僕は竜国には戻らない。帰ってきたんだ!」
思いもよらない告白にレイは驚いてしまって、呼吸が止まるかと思った。それでも、レイはなんとかルークに尋ねた。
「ほ……ほんとに?」
「うん、本当。ただいま、レイ……だから、おかえりって言って」
眩しい笑顔で言われ、レイは居ても立っても居られなくなった。
嬉しさに体が勝手に動いて、ルークに抱き着いた。懐かしい体、懐かしい匂い、懐かしい体温が、そこにある。
レイは胸が弾けて、涙を滲ませながら駆け寄った。
「おかえり、ルーク!」
「待たせてごめんね。レイ……もうこれからはずっと一緒だ」
ルークは駆け寄ってきたレイの体をぎゅっと抱きしめ、目元に優しいキスをした。
そしてレイの顎に手を当て、ゆっくりと唇を重ねようとした、その時。
『れーちゃん?』
不思議そうな小さな声が聞こえた。
レイがハッとして見ると、小竜のルイがパタパタと翼をはためかせながらじぃっと二人を見ている。
「ル、ルイッ!」
ルイの前だった! とレイは顔を赤くし、パッと身を離した。
そしてルークの存在で気が付かなったが、周りを見ればいつの間にか店の外には人だかりというなのギャラリーが……。しかも、その中にはフェインやポール、そしてなんとイサールまでいた。
「よかったわねぇ、レイ」
フェインはハンカチで目元を拭いながら言い、その隣でポールとイサールが微笑ましそうに見ていた。どうやら今のやり取りは全部見られていたようだ。
その事に気が付いて、レイはぼっと顔を赤くさせた。
「ふぇ、フェインにポール! イサールさんまで、どうしてここに!?」
ルークに抱き着かれたままレイが尋ねると、ポールが教えてくれた。
「俺達は朝一でルークが戻るのを知っていたんです。それで様子を見に」
「え?! そうなのか?!」
レイが驚いて声を上げると、ルークは人のいい顔でにこりと笑った。
「レイを驚かせたくて黙ってて貰ったんだ。いやぁ、レイの反応、最高だったよ。やっぱりレイは可愛いなぁぁ」
ルークはにこにこしながらレイにキスをしようとしたが、レイはルークの顔を手でよけた。
「バカっ、みんながいるところで止めろっ」
「恥ずかしがる姿もかわいぃなぁ、もう」
ルークは久しぶりに会ったせいか、前にも増してレイにデレデレだ。そんなルークの姿にイサールも少し呆れていた。イサールと会うのも四年ぶりだが、久しぶりの再会はなんとも恥ずかしいものになってしまった。
レイはただただ顔を赤くするしかなかった。
「ルーク様、そこらへんにしておかないとレイ様に嫌われてしまいますよ?」
イサールに忠告され、ルークは仕方なく抱き着いていたレイから離れた。そしてイサールはレイに声をかけた。
「お久しぶりです、レイ様」
「お久しぶりです、イサールさん。今回はルークと共に?」
レイが尋ねると「はい」と答え、詳しく教えてくれた。
「ルーク様が王を退位されまして、かといって元王を護衛も付けずにファウント王国に帰すこともできなかったので、宰相閣下が私をルーク様の今後の護衛にと。これからは近くで護衛をさせていただきます」
イサールはそう答えた。でもそんなイサールにパタパタと宙を飛んでいたルイが近寄り、興味深そうにじぃっと視線を向けた。
『おじちゃん、だぁれ?』
ルイが尋ねると、イサールはにこっと笑った。
「初めましてルイ様。私はイサール。貴方のお父様の護衛です」
『イサちゃん? はじめまして!』
ルイはパタパタと翼を動かしながらイサールを見た。初めて見る相手に興奮しているのか、尻尾がふりふりと動いている。
ルイは人見知りしない方だが、自分の血と繋がっているとわかっているのか、いつもよりずっとイサールに好意的だった。そしてパタパタと宙を飛ぶルイを、ルークは後ろからひょいっと持ち上げた。
『ひょ? ……なぁに?』
突然抱きかかえられ、ルイはぽんっと人の子の姿に変わるとルークを見上げた。そんな息子にルークは笑みを零した。
「初めまして、ルイ。僕はルイのパパのルーク。よろしくね」
ルークは優しくルイに声をかけた。ルイは大きな瞳で、じっとルークを品定めするように見た。
「ほんとに、ルーのぱぱ?」
「そうだよ。今まで一緒にいられなくてごめんね。レイを守ってくれてありがとう」
ルークがもう一度言うと、ルイはレイをきょろっと見た。その瞳が、ほんと? と尋ねている。だからレイはこくりと頷いた。
すると、ルイはパァァァッと笑顔を見せ、ルークにぎゅっと抱き着いた。今まで何も言わなかったが、やはり父親の存在が恋しかったのだろう。
「ぱぱぁっ!」
ルイは嬉しそうに声を上げて抱き着き、ルークも同じように微笑んで抱き返した。
「あー、本当、人の子の姿はレイにそっくり! あー、可愛いなぁー!」
ルークはデレデレの顔で言い、ルイのぷっくりとした柔肌に頬ずりした。そのくすぐったさにルイはきゃっきゃっと声を上げた。
それは今までずっと見たかった親子の姿で、レイは胸の奥にあった寂しさなんて、いつの間にかどこかにすっ飛んでいた。
もうこれからは一緒にいられるんだと思ったら、レイは嬉しくてまた涙が滲んできた。
けどそんな感動的なシーンもつかの間。
「さて、じゃあサプライズも、親子の抱擁も終わったことだし」と言うと、ルークはルイを傍にいたイサールに預けると、レイの手をぎゅっと握った。
「レイ、あの時の言葉を実行してもらおうか?」
ルークはニコニコしながらレイに言ったが、涙ぐみながら感動していたレイは一瞬何のことかわからなかった。
「実行? 何をだ?」
目尻を拭いながらレイが思わず聞くと、ルークはこそっとレイの耳元で囁いた。
「レイの傍に戻れたら、もっといろんなことを一緒にしようって言ってくれたのは、レイだよ?」
色っぽい声で囁かれてレイはぞくっと背筋に鳥肌が立った。
「お、おまっ!」
「さーて、そう言う事だからイサールさん、ルイの面倒をよろしく。ルイ、またあとでね。ポールは陛下に伝えておいて。フェインさん、これ、ありがとう。これからじっくりレイに使わせてもらうね」
ルークは振り返っていい、その手にはいつの日かの媚薬入りの小瓶を持っていた。そして、くるりとルークはレイに向き合い直した。そんなルークにレイはひくひくっと顔を引きつらせた。けれどルークは怖いほどにっこり笑顔だ。
「じゃあ、寝室に行こうか? レイ」
「ばっ、何言ってんだ! こんな朝っぱらから! って、おい、手を放せぇー! やめろぉぉぉーーーーッ!」
レイは叫んだが、誰一人助けず、ルークはレイの手をがっちりと掴んで店の中に消えて行った。
そして、見送った面々と言えば。
「帰って早々、ルークちゃんもやるわねぇ」
「はぁ、俺は城に戻って陛下に報告します。全く、あいつはちっとも変わらないな」
そうフェインは淡々と、ポールはため息混じりに、でもどこか嬉しそうに言ったが、ルイを任されたイサールは心配気に二人に声をかけた。
「あの、レイ様は大丈夫なんでしょうか?」
イサールが尋ねるとフェインとポールは顔を見合わせた。
「まあ大丈夫じゃない事は確かね」
「俺達には祈ることしかできません」
「……止めないんですか?」
尋ねるイサールに二人は声を合わせた。
「ルークちゃんに殺されたくないもの」
「ルークに殺されかねないですから」
二人はそう言い、イサールは「は、はぁ」と困惑しながら返事をした。
「まあ、気にしないで、イサールさん。あの二人はほっといて、うちでお茶でもしてればいいのよ。ルイちゃんも来るわよねー? あ、パンケーキ出してあげるわぁ」
フェインが言うとルイは「ルー、いくぅ!」と片手を上げて、元気よく答えた。
一方、寝室につれこまれたレイと言えば、ベッドに押し倒されていた。
「ルーク、どけよ。ルイの面倒があるし、まだ朝だしっ! というか、朝になったばっかだし!」
レイはルークの下で声を上げたが、ルークは人の話を聞いていなかった。
「大丈夫、心配いらないよ。それに朝でもなんでもいいじゃない。大体この四年、一目でも会うと絶対離れられないって思って、会わないですっごく我慢してきたんだから、ご褒美貰ってもいいぐらいだよね?」
そういうルークの目は滾っていた。それはもうメラメラと。それはもう獲物を前にした、腹を空かせた獣……いや野獣のよう。そしてルークの御馳走は、レイに他ならない。
「あ、あの……ルーク? ちょ、落ち着け?」
「レイ、いっぱい愛し合おうね。レイの中を僕でいーっぱい満たしてあげる。レイが嫌だって言うほど、うんっとね。レイ、愛してるよ」
恥ずかしいルークの言葉にレイが顔をぼんっと真っ赤にさせた。
「ば、ばかっ!」
そして、一日中ルークにベッドの上で溺愛され、翌日レイは寝込むことになったのだった。
――――それから後に。
戻ってきた年にレイとルークは正式にファウント王国で結婚し、ルークはレイに宣言した通り、竜国に再び戻る事はなかった。
そして『コールソン書店』は王族が営む本屋として有名だったが、”竜国の元国王”もいる本屋としてさらに有名になり、美形な元国王と王弟の営む本屋は数十年経っても、いつまでも人気を誇った。
それから本屋に遊びに来た二コラがポールの弟リックと出会って竜国で結婚したり、レイの甥であるシオンがポールに本屋の中で求婚したり、レイの両親やレイ達自身の事もあって『コールソン書店』はいつの間にか、ある別の名前で囁かれるようになった。
それは『運命が見つかる書店』
その別名で『コールソン書店』は後々もファウント王国一の観光名所になる。
そして『コールソン書店』で一番売れる本と言えば、勿論恋愛小説。
それも誰かが書いたレイとルークの恋物語の本だったとは、レイのあずかり知らぬ所だった。
おわり
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