9 / 38
9 夕方には
しおりを挟む「はぁ……なんとか終わった」
教会の鐘が鳴り、今日一日の仕事の終わりを告げる。その中でレイはぐったりとして呟いた。
今日は昨日の一件が忘れられなくて、注意散漫な一日だった。おつりは間違えるし、貸本の予約をしてた人に違った本を渡してしまうし、その他諸々小さな失敗の連続。全く悲惨な一日だったとも言える。
しかし何とか今日を終え、レイはほっと息を吐く。だが仕事が終わったら終わったで、レイの鼓動がドキドキと鳴り始める。
朝起きたら、すでにルークは出かけていたから顔を合わせないでよかったのだが、もうすぐルークも仕事を終えて帰ってくるからだ。その時、どんな顔をすればいいのか。
レイは気恥ずかしさを隠すように頭を掻いた。そして店の外に掛けている営業中の木札を変えに行こうと店先に立った時、自分を覆い隠す人影が。
振り返るとそこには余所行きの格好をしたフェインが立っていた。
「フェイン!」
「はぁーい、昨日ぶりね、レイ」
フェインはにっこりと笑って言った。だがフェインを見たレイは開口一番、怒った。
「フェインッ! 昨日はなんてもの、渡してくれたんだ!」
「あ、ちゃんと飲んでくれたのね。で、どうだった? 私の特製ラブポーション、うふっ」
「どうもこうもあるか! こっちはなぁ……!」
そこまで言いかけるが、その先はさすがに友人にも言えなかった。まさか息子に自慰を手伝ってもらった上に、自分の精液を飲ませてしまった、なんて。
レイはかーっと顔を真っ赤にして言葉に詰まった。それを見たフェインは「あらあら、まあまあ」と楽し気に笑った。
「昨日、何かあったのねぇ。うふふ。やっぱりあげてよかったわぁ~」
「もう二度とあんなもの、よこすな!」
「あら、アレ結構人気なのよ~。大胆になりたい女の子とかうまく出来ない男の子とかに。レイもまた欲しくなったら、いつでも言ってね。じゃ、そろそろ行かなきゃだから」
「いるかッ! 変態魔法師!」
レイは叫ぶように言ったが、フェインは笑いながら去って行った。そんなフェインにレイはぷりぷり怒りながら見送ったが、そこへ入れ違いのようにポールがやってきた。
「おじさん、こんにちは」
「ポール! 平日に来るなんて珍しいな。本、借りに来たのか?」
「いえ、そういう訳じゃ……ルークの帰りが今日はちょっと遅くなるという事を伝えに」
「ルークが?」
レイは首を傾げた。ルークはいつも定刻通りに帰ってくるので、遅くなるのは珍しい事だった。そして不思議に思うレイにポールは説明してくれた。
「実は今朝、竜国からお客様が来られて、ルークがその対応をしているんです」
「ルークが……そういえば今日、竜を見たってみんな騒いでいたな」
レイは道端で人々が話していた事を思い出いた。レイは朝、それどころじゃなかったので、全然気が付かなかったが。
「今回、国交の事で来られたんですけど、竜人同士という事で、ルークに向こうから声がかかったんです。それで、今も話し込んでて」
「へぇ、そうなのか」
レイはルーク以外の竜人を見たことがないので、頭の中でどんな人なんだろう? と考える。
竜人は眉目秀麗というからな。ルーク並みの美形なんだろうか?
「それで帰ることが遅くなる事をおじさんに伝えて欲しいとルークに言われて」
「そっか。ありがとう、ポール」
レイはそうポールにお礼を言った。だがポールは伝え終わった後も、じっとレイを見つめる。
「どうした?」
「……あの、おじさん。昨日ルークに何かされました?」
突然、ポールに聞かれてレイは「へ?」と返したが、昨晩の事を思い出して顔が急速に赤くなる。それを見てポールは、やっぱり何かあったんだ、と確信した。しかし当然レイは真っ赤な顔をしたまま首を横に振って否定する。
「いや、何にもないよ!?」
「……おじさん。嫌な時はちゃんと拒否しないと駄目ですよ!」
ポールにがしっと肩を掴まれて言われ、レイは「だから、何もないって!」と否定したが、ポールは聞いちゃいなかった。ごそごそっポケットから小さな軟膏入れを出し、レイに差し出した。
「これ、おじさんにあげます。俺、剣の稽古で打ち身とか傷作った時によく使うんですけど、この魔草クリーム、魔草が多めに入ってて、傷によく効くんです」
そうポールは言った。魔草は打ち身、切り傷、頭痛、肩こり、なんにでも聞く万能草だ。その万能草をクリームに練り込んだものは薬局で売られ、配合が多ければ多いほど傷の治りが早くその分値段も高くで売られていた。
しかし突然の進呈にレイは驚き、なんで魔草クリーム? と思いつつも断った。
「え、いいよ。魔草が入ってるなら、高いだろ」
「いいんです! あいつ、おじさんに酷いことはしないと思うけど……おじさんのお尻に、もしもの時があったら、これを使って下さい」
ポールはレイの手にぎゅっと押し付けるように渡し「じゃあ、これで俺は失礼します」と言うと励ますようにレイの両肩をぽんっと叩いてからポールは去って行った。
お、俺のお尻にもしもの時があったらって……どういう意味だよッ、ポール!!
レイは無用な気遣いをされて、店先に立ち尽くすばかりだった。
しかしポールの気遣いもレイの気まずさも肩透かしを食らうように、ルークが帰ってきたのは夜遅く。
ガチャッと裏口玄関のドアが開き、ダイニングで待っていたレイは思わず座っていた椅子からシャキーンっとぎこちなく立ち上がった。
「お、おおお、おかえり、ルーク。遅かったな」
レイはついついどもりながら、挙動不審に声をかけた。
帰りが遅くなる、とはポールから聞いていたが、もう夜の帳もすっかり下りた時間だ。あまりにも帰りが遅いので、レイはちょっと心配していた。だが帰ってきたルークの顔を見た途端、昨日の事を思い出して恥ずかしくて、顔を背ける。
だが、レイは恥ずかしいと思っている事を悟られたくなくて、なるべくいつも通りに接する。
「か、帰ってこないから心配したぞ」
声が裏返りそうになりながらレイは言った。しかし、レイの言葉にルークは「ああ、うん。ごめんね」と素っ気ない声で返事をした。その素っ気なさに思わずレイは「ルーク?」と尋ねたが、ルークの態度は変わらなかった。
「僕、疲れたから、もうお風呂に入って寝るね」
思わぬルークの返事にレイは驚く。いつものルークなら遅く帰ってきても、レイとの時間を持とうとするのに。何より、いつものルークならば昨晩の事に絶対触れてくるはずだ。
なのに、ルークはそのまま風呂場に向かおうとする。
「お、おい、ルークッ!」
レイが思わず声をかけると、ルークは振り返り「何?」と聞き返してきた。
「え、あの……夕飯は?」
「ああ、外で食べてきたから今日はいらないよ。レイ、先に休んでて」
ルークはそう言うとそれ以上は何も言わずに、風呂場に入っていった。
ぽつんっと残されたレイはその場に立ち尽くしてしまう。
……なんか、よそよそし過ぎないか? もしかして昨日の一件で、俺の事を嫌いになった?
ルークの態度の急変は、それしかレイには思いつかなかった。
やっぱりどれだけ好きだといっても、男の体を見て幻滅してしまったのかもしれない。なんたって自分は男で、女の子のような柔らかい体も若い肌も持ち合わせていないのだ。
そう思うと、ちりっと胸が痛んだ。でもそれを誤魔化すようにレイは自分を納得させる。
……ルークが俺の事、好きじゃなくなったら、それはそれでいいじゃないか。俺は元々ルークに諦めさせるようにしていたんだから。これできっとよかったんだ。
レイはそう思ったけれど、胸はいつまで経ってももやもやした。
そして今日もまた眠れなかった。
――――一方、風呂場に入ったルークは服も全て脱ぎ、桶に汲んだ熱いお湯をざぱっと頭から被った。ぽたぽたとお湯の雫がルークの銀色の髪から滴り落ちる。その中でぽつりと呟いた。
「なんで今更」
ルークは項垂れ、ため息と共に目元に手を当てた。
153
お気に入りに追加
403
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
専属【ガイド】になりませんか?!〜異世界で溺愛されました
sora
BL
会社員の佐久間 秋都(さくま あきと)は、気がつくと異世界憑依転生していた。名前はアルフィ。その世界には【エスパー】という能力を持った者たちが魔物と戦い、世界を守っていた。エスパーを癒し助けるのが【ガイド】。アルフィにもガイド能力が…!?
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる