6 / 38
6 フェインがくれた小瓶
しおりを挟む「……それでー? 夜這いされるんじゃないかって怯えて、ここ最近寝不足で目の下にくま作ってるってわーけー?」
腕を組み、顎に手を当てたフェインは目の前のカウンターでぐったり伸びているレイを見て、呆れながら言った。
「だって、あいつ俺にき、キス、したんだぞっ」
「何どもってんのよ、四十手前のおっさんが」
「ぐっ……そう、だけど」
ルークに衝撃的なキスをされてから、意識しまくりでレイはルークの顔をここ数日、まともに見れていなかった。夜中も宣言通り夜這いに来るんじゃないかと思うと、色んな意味でベッドに入ってもドキドキして眠れない。おかげで目の下に隈を作る始末だ。恋人なんて作る余裕もない。
「でも、キスなんて。ルークちゃんもやるわねぇー! どうだった? キスのお味は」
からかうように言われてレイは怒りよりも先に顔をぽんっと赤くさせた。あの情熱的なキスの感覚がまざまざと蘇ってくる。
執拗に責めてきたルークの舌の感触。息遣い。ルークの、男の匂い。
「あ、味って! からかうなよ、フェイン!」
レイは怒って言い、恥ずかしいのを誤魔化すようにフェインが淹れてくれた紅茶を飲んだ。そんなレイにフェインは「あら、ごめんなさい」とくすくすっと笑った。
「……でも、やっと自覚したみたいね~。ルークちゃんがどんだけあんたの事を好きか」
フェインの言葉にレイは思わず口を閉ざす。さすがのレイも、ルークの本気があのキスでわかったからだ。だけど、納得はできない。
そんなレイにフェインは笑いかけた。
「あの子、本当に昔からあんたを好きだったのよ」
「……でも、あいつは俺の息子で」
食い下がるようにレイが言うとフェインは大きくため息を吐いた。
「息子、息子って……ほんと、頑固なんだから。ルークちゃんが可哀想よ!」
フェインに責められるように言われてレイは少しむっとした。
「何が可哀想なもんか。それは息子に迫られてる俺の方だ」
「そう思ってるのは、あんただけよ。そろそろ、認めたら? 家族ごっこをしていたのは、あんただけ。ルークちゃんはずっとあんたの事、親じゃなくて好きな人としてみてたの。でも、あんたはずっと家族ごっこをしたいから、あの子はそれを成人するまで付き合ってあげてたのよ? レイだって本当はうすうす気が付いてたんじゃないの?」
フェインに確信を突かれてレイはまた口を閉ざす。
フェインの言う通り、ルークに告白される前から時々自分に見せる視線の熱さに本当は気が付いていた。でも気が付かないフリをしていたのだ。今の関係を壊したくなくて。
「ルークの事は愛している。だが、それは親としてだ」
レイは頑なな声でフェインに言った。そんなレイにフェインはまた小さく息を吐く。
「本当、頑固なんだから。あんた、もう夜這いされたらいいんじゃない? そうすれば、悩まなくて済むわよ」
フェインににっこり笑顔で言われてレイは「バカ言うなよ」と返すしかなかった。でも、ルークに夜這いされても嫌だと思わない自分がいることを、レイはまだ自覚していなかった。
「しょうがないわねぇ……。あ、そうだ! レイ、いいものがあったわ」
フェインはパンっと手を叩き、レイは首を傾げた。
「いいもの?」
「そう、これ! 私が作ったの」
フェインがそう言って、カウンターから取り出したのは小さな小瓶だった。
「寝不足解消にいい薬よぉ。寝る前にこれ飲んで、スッキリしてから考えたら?」
「寝不足解消か……」
レイは何気なく小瓶を手に取った。それは細工がされている綺麗な小瓶で、中に液体が入っていた。
「これ貰っていいのか?」
「ええ、これを飲んでスッキリしなさい」
フェインはにーっこりと笑顔でレイに言った。
◇◇◇◇
その頃、ルークと言えばポールと一緒に昼ご飯を食堂で摂っていた。
「お前、最近何かあっただろ」
「なんで、そう思う?」
ルークは昼食の定食を食べながら目の前にいるポールに尋ねた。
「あのな。お前とはガキの頃から一緒なんだぞ。お前に何かあったのぐらいわかる」
「……お前の目は節穴じゃないようだな」
「お前ね、褒めてんのか、貶してんのか」
ポールがちょっと怒りながら言うと、ルークはご飯を頬張った。
「これでも褒めているつもりだ」
「あー、そうですか。それで? 何があったんだ? 今日のお前、なんか変だぞ。ま、十中八九おじさんの事だろうけど」
ポールが尋ねるとルークはコップに入った水を、ごくりと飲んでから答えた。
「……レイが恋人を作ると言い出した」
ルークが告白するとポールは驚いた顔を見せた。
「え? おじさんが?! なんでまた。というか、お前がよく許したな」
「僕は許したつもりはない」
ルークはギロッと睨みつけると、ポールは小さく息を吐いた。
「俺を睨みつけるなよ。でも、どうしてそんな事になったんだ?」
「……僕がレイに求婚したからだ」
ルークがあまりにあっさりと言ったものだから、ポールは「え?」と思わず聞き返した。しかしルークが「お前の耳はお飾りか?」とまた睨んできたので、ポールは慌てて首を横に振る。
「いや、聞こえてたけど! え、求婚って、お前、本当にしたのか!?」
「そうだ」
「……お前がおじさんを好きなのはわかっていたけど、とうとう求婚まで。いや、いつかするだろうとは思っていたけど」
ポールはちらりとルークを見る。
幼い頃から一緒に育ってきたポールは当然、レイよりも先にルークの気持ちに気が付いていた。ルークのレイを見る目が父親を見る眼差しじゃない事は。
だからポールもルークがいつか、レイに告白するだろうとは思っていた。
だがさすがに、いきなり求婚するとまでは思っていなかった。
「お前の事だから、突然求婚でもしたんだろう」
「そうだ。別に問題ないだろ?」
しれッとした顔でいう年下の幼馴染にポールは呆れた顔を見せた。
「あのね……問題とか、そういう事じゃないだろ。物事には順序ってものがあるんだ。いきなり求婚されてもおじさんが困るだろ。まずはな、告白をしてから恋人になって、お付き合いとかしてだな」
「まどろっこしい。それに僕はレイ以外と付き合う気はないんだ。求婚した方が早い」
「だからってなぁ。……でも、それでおじさんが恋人作る宣言しちまったんだろ?」
ポールに言われて、ルークはむっと口を噤む。
「お前がおじさんを大好きなのはわかるけど、おじさんの気持ちも考えてやれよ。息子から求婚なんて複雑だろ……もうちょっと時間をかけてさぁ」
ポールが言うとルークは問答無用でテーブルの下で、ぐりっとポールの足の甲を靴の上から踏んだ。
「い゛っ! なにすんだ!」
ルークに踏まれたポールは少し涙目で言ったが、ルークは涼し気な顔だ。
「うるさいぞ、ポール。騒ぐな」
「お前ぇ~っ」
今度はポールがルークを睨むが、ルークはフンッと鼻を鳴らした。
「……お前はレイの事ばかり言うが、僕の気持ちは考えてない」
「お前の気持ち?」
「考えてみろ。毎日好きな人が家にいるのに、触れない。なのに相手はこっちに気を許してくるし、笑顔でご飯を作ってくれる。それがどういう状況か」
ポールはルークに言われて、初めてルークの立場で物事を考えてみた。
確かに好きな人が傍にいるのに、触れないのは辛い。しかも、こちらは体力も気力も性欲も漲っているお年頃なのだ。本来ならべったりとくっつきたいところだろう。
だが、相手は恋人ではなく保護者として自分を見ている。つまり、一歩こちらが間違って踏み越えてしまえば、嫌われてしまうかもしれない危険性を孕んでいるという事だ。
「確かに、きついな。というかお前がよく我慢できてるな」
「ようやくわかったか。お前はいつも考えが浅いんだ。僕がどれだけ毎日毎日、我慢しているか……! 一方だけじゃなく、双方の視点から物事を考えろ」
「う、……すみません」
ルークの正論にポールは素直に謝った。そんなポールにルークはふぅっと小さく息を吐いた。
「……レイが戸惑うのもわかっている。だけど僕はもう十分に待ったつもりだ」
ルークははっきりと告げた。そしてルークの気持ちを子供の頃から知っていたポールは何も言えなかった。拾われてから十三年、ルークはずっとずっとレイだけを想ってきた。
それはルークにとっては長いものだっただろう。
「そうだな……」
「大体、お前に僕の苦労がわかるか? こんなに僕が我慢しているのに、レイはちっとも気が付きやしないんだ」
……その上、僕にキスができるか? なんて聞いてきて。まあ、おかげでキスが出来たけど。……あそこでよくキスだけで耐えたものだ。我ながら自分の忍耐力は大したものだ。
レイはこの前のキスを思い出し、一人心の中で頷きながら思った。
あの時、できるならそのままレイを抱き上げて寝室に連れて行き、体をそのまま繋げて愛を証明したいぐらいだった。でもそんな事をすればレイが困惑するのはわかっている。何だったら怒るだろう。ルークが一番恐れるのはレイからの拒絶、それだけはしたくない。
だからルークは必死に理性をかき集めて、レイから離れた。最後に意地悪な事を言ったのは、自分の我慢を全然わかってくれないレイに対するちょっとした意趣返しだった。
「そもそも、レイはいつも隙がありすぎる。酒を飲むと服を脱ぎだすし、夏になれば下着とTシャツ一枚でソファに寝ころぶし、この前だってタオル一枚で風呂から出てくるし」
わなわなといった様子でルークが言うと、ポールはあの時の事を思い出した。
「ああ~、確かにおじさん、タオル一枚で出てきてたな」
思わずポールが言うと、ルークは目をキラリと光らせた。
「お前、見てないって言ったよな?」
「え、あっ! いや、見てない! 見てないよッ!?」
口を滑らした事に気が付いたポールは慌てて言い直したが、ルークの目は信じていない。いや、むしろ『その目を差し出せ』とその顔が言っている。
「見てないから!」
「……あとで剣の稽古に付き合え。それで許してやる」
ルークは拒否権なしで言い、ポールは顔を顰めた。何せ竜人であるルークは強いし、体力自体が違うのだ。でも、ポールに断ることはできなかった。
「喜んで付き合わせていただきます」
この後、ルークにポールがへとへとになるまで稽古に付き合わされたのは言うまでもない。
◇◇◇◇
一方レイと言えば。
喫茶店『フローラ』から帰ったレイは買い物をして、夕食も作って風呂に入って、まだ夕暮れ前だというのに寝る態勢に入っていた。
飯も作ったし、寝るって書置きも書いておいた。洗濯も入れたし……あとは寝るだけだな!
レイは寝不足からくる疲れを取りたくて、今日はもう早く寝ようとしていた。そして寝る前に手を伸ばしたのは、フェインから貰った小瓶だ。
キュポンッと小瓶を開け、中をくんくんっと嗅いでみる。中からは甘い、いい匂いがした。
睡眠に良さそうだ、とレイは何の疑いもなく小瓶を口に付けて、ぐいっと一滴残らず飲んだ。液体は甘くて、シロップのようだった。
「ん、結構うまいな、これ」
これなら何本でも飲みたいな、とレイは思いつつ、ぺろっと唇を舐め、空になった小瓶をテーブルの上に置いた。
だが、しばらくするとなんだか体がポカポカしてきた。
もう効いてきたのかー、とレイは思い、そのまま二階の自室に上がった。そして、ベッドに潜り込む。するとすぐにうとうとっとしてきたが、レイは知らなかった。
……薬の本当の正体を……。
156
お気に入りに追加
403
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
専属【ガイド】になりませんか?!〜異世界で溺愛されました
sora
BL
会社員の佐久間 秋都(さくま あきと)は、気がつくと異世界憑依転生していた。名前はアルフィ。その世界には【エスパー】という能力を持った者たちが魔物と戦い、世界を守っていた。エスパーを癒し助けるのが【ガイド】。アルフィにもガイド能力が…!?
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる